ブニュエルは1950年代の半ばに、ようやく国際共同製作作品にたずさわる機会を得るけれども、それまでは1950年の『忘れられた人々』でカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したといえども、どうやら自分の企画を通すこともできなかったようで、この時期の作品の大部分はメキシコの映画産業の規範に適応した、地元の嗜好に訴えるメロドラマ的な手法を頻繁に取り入れた、ありきたりな作品だったと見られているし、ブニュエル自身もこの『愛なき女』についてはのちに、「完全な注文映画。この作品についてはコメントしたくない」と語っているという。
しかしブニュエルは、このメキシコ時代のキャリアについて、1963年のインタヴューで以下のようにも語っている。
ここメキシコで、私は映画界のプロになりました。ここに来るまでは、作家が本を書くように、しかも友人のお金で映画を作っていました。メキシコに住んだことをとても感謝し、幸せに思っています。世界の他のどの国でもできなかった方法で、ここで映画を作ることができました。確かに、最初は必要に迫られて、安っぽい映画を作らざるを得なかったのは事実です。しかし、私は自分の良心や信念に反する映画を作ったことはありません。表面的で面白みのない映画を作ったことはありません
この『愛なき女』、いちおう、ギ・ド・モーパッサンの長編小説『ピエールとジャン』の映画化、ではある。その『ピエールとジャン』のあらすじを確認してみると、舞台をメキシコに移しているほかは、けっこうこの映画と同じ設定、重なるところは大きい。しかし、その結末は大きく書き換えられているようだ。
古美術商を営む資産家のドン・カルロス・モンテロは権威主義的な男で、妻のロサリオにも幼い息子のカルリトスにも冷酷で厳しかった。ある日カルロスはカルリトスを強く叱責し、部屋に閉じ込めるのだったが、カルリトスは窓から抜け出して森に逃げてしまう。
ドン・カルロスもロサリオもカルリトスの行方を探すが、森でカルリトスは技師のフリオに見つかって、両親のもとに戻される。
ドン・カルロスはフリオに大変感謝し、以後フリオと友人として親しく接することになる。
あるとき、カルリトスとロサリオは森にいるフリオを訪ね、楽しい休日を過ごす。そのときフリオはロサリオと二人きりで話し、ロサリオは愛もなくドン・カルロスと結婚したわが身の不幸を打ち明ける。フリオは彼女に同情し、二人は恋に落ちるのだった。
その後フリオは「自分はブラジルに移住するので、カルリトスもつれて3人いっしょに行こう」と誘う。
しかし決行当日、ドン・カルロスが心臓疾患で倒れてしまい、看護するロサリオは出立できないのだった。
ドン・カルロスは一命をとりとめ、以後性格も丸くなったようで、カルリトスとも親しく接するようになる。
映画は約20年後になり、カルリトス(今はカルロス)とその後産まれたミゲルは成人し、共に医者を目指している。そんなときブラジルからの知らせが届き、現地でフリオが亡くなり、身寄りのない彼は全財産をミゲルに贈るという遺言を残していたのだった。しかしミゲルとフリオは顔を合わせたこともないのになぜ?
そのとき、カルロスとミゲルは同じ女性のことが好きだったし、二人とも自分の診療所を開きたいと考えていた。
カルロスは想像をめぐらし、ミゲルは母のロサリオとフリオとの不義の子なのだろうと推測し、それが真実だと確信する。そして母とミゲルへの怒りを抱くことになる。さらにカルロスが好きだった女性もミゲルを選ぶこととなり、「あの女も金が目当てか」と憤慨するし、ミゲルの「診療所を建設する資金を融通する」という申し出も断り、海を越えた熱帯に渡ることを考える。
ミゲルの結婚式の当日、ドン・カルロスは倒れ、心臓発作で亡くなる。カルロスはミゲルに「相続に関する真実」を話し、大げんかになる。ロサリオが割って入り、カルロスの言葉を肯定し、フリオは自分が愛したただ一人の男だったと語る。
カルロスもミゲルも、人間としてロサリオのことを認め、互いに和解。ミゲルは新婦と新しい診療所へ移り、カルロスは熱帯に旅立ち、ひとり残ったロサリオはフリオの写真をマントルピースの上に置くのだった。
‥‥「いかにも」というメロドラマ的演出だし、さいしょの病気のあとにコロッと性格が変わってしまったようなドン・カルロスのことはやっぱり解せない。とにかく、「これがルイス・ブニュエルの映画か?」という、「あまりの普通さ」には期待外れ感が大きい。シュルレアリスム的な演出はどこにも見られない。
それでも、ロサリオという女性のことを考えたとき、ラストの「告白」の力強さはやはりすばらしいし、夫のドン・カルロスの男性優位的な考えのもとで抑圧された女性の、自己解放の「生」の自己主張の物語としてみると、とっても面白いではないか、そういうところは「さすがルイス・ブニュエル」、などとは思うのだった。
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