先日の夏のような暑さはその後やわらいで、春らしい陽気に落ち着いている。一年でもいちばん過ごしやすい時期ではないかと思う。夜、ベッドにニェネントくんがやって来ることはなくなってしまったけれども、夜明けどきになると、わたしの枕元に跳び乗ってくる。「ドサッ」という気配で目覚め、「ああ、ニェネントくんが来たな」と思っていると、わたしの顔にニェネントくんの息がかかってくる。ちょっと温かい、くすぐったいような感覚だ。「起きてごはんをちょうだいよ」というおねだりなんだろうけれども、時間はまだ5時とかでわたしが起きるには早すぎるし、ニェネントくんもすぐにベッドから降りて行ってしまうので、わたしはそのまま寝つづけるのだ。

この日の昼食は、先日買ってあった「マルタイラーメン」をつくった。いわゆる「棒ラーメン」というヤツで、食べるのはずいぶんと久しぶりのことだったけれども、昔から変わらない、他社のインスタントラーメンとはちがう、独特の旨さがあると思った。「マルタイラーメン」はわたしがガキンチョの頃から今と同じデザインの袋で売られていて、味も変わってないと思う。このラーメン、2食で税込み140円ぐらいで買ったのだが、考えてみたら、普通のインスタントラーメンよりもちょっと安い。今までなぜか「マルタイラーメンはおいしいけれどもちょびっと高いからなあ」などと勘違いをしていた。これからもっと「マルタイラーメン」にハマろうか、とは思うのだった(つづけて食べると飽きてしまうのかもしれないが、それはどんなインスタント麺でも同じことであろう。
昼食後は朝ドラの『カムカムエヴリバディ』と『あんぱん』をつづけて見るが、『カムカムエヴリバディ』もあと数回でおしまいで、いよいよ終幕に向けて盛り上がってきたか。『カムカムエヴリバディ』のあとは何を再放送するのか、と思ったら、『とと姉ちゃん』だということ。「暮しの手帳」の花森安治とその妻との物語か。ちょっと今の『あんぱん』とかぶるな、とか思ったが、この朝ドラは、そういう文化人であった「夫婦もの」というのは定番なのだな。じっさい、『あんぱん』の次は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻との話なのだ。
その『あんぱん』、この日は自信をなくした嵩が汽車がくる直前まで線路に横たわっていた、などという場面があったけれども、モデルになったやなせたかしのじっさいの話がもとになっていたようだ。どうやら嵩の方は伝記的にけっこう忠実にドラマ化しているようだけれども(お母さんの話は創作なのかもしれないが)、のぶの方はじっさいのところはいろいろと不明なわけで、すっかり「創作」にしているようだ。
ニュースで、ローマ教皇のフランシスコ氏が亡くなられたとのこと。この教皇はまさに、「宗教人」として世界の平和のために尽力されたお方だったと思う。その死を、世界中の人が追悼している。その晩年には、アメリカのトランプ大統領の「不法移民の強制送還政策」に反対し、対立してもいて、トランプ氏を「キリスト教徒ではない」とまで批判していたという。
フランシスコ氏は、先日の「復活祭」で信者らの前に姿をみせ、そのあとにお亡くなりになった。虐げられた人たちに向けられていたフランシスコ氏の敬虔な宗教心が、ふたたび復活されることを願いたくなる。
「タイミング良く」などと語ってはいかにも不謹慎だが、ちょうど今、『教皇選挙』という映画が公開されているところで、うちのとなり駅の映画館でも来月には公開される予定になっている。「ちょっと観てみたいなあ」、という気もちにはなった。
今日はとつぜんにルイス・ブニュエルの作品が観たくなってしまい、「Amazon Prime Video」でどんな作品が配信されているのかチェックしてみたら、意外と、ブニュエルのメキシコ時代の作品がけっこうな数観ることができるのだった。「だったら、順番に観ていこうか」などと思い、この日は彼の第一作の『アンダルシアの犬』と、次の『黄金時代』とを観た。
『アンダルシアの犬』は「Amazon Prime Video」では観られないので、「YouTube」で観たのだった。ずいぶん昔に観た作品だけれども、もちろんほとんど記憶していなかった。『黄金時代』は、おそらく今まで観たことはなかったと思う。「観る人の心を揺さぶる作品」として、挑戦的なことをやっているなあ、という印象。心揺さぶられました。