去年2024年は、アンドレ・ブルトンが『シュルレアリスム宣言』を刊行してから、100年になる年だった。記念すべき年だったはずだし、わたしも昔はけっこうシュルレアリスムに夢中になっていたというのに、すっかり失念してしまっていた。実はこうやってブニュエルの『アンダルシアの犬』を観て、今ごろそのことを知ったのだった。
調べてみると、その去年には「シュルレアリスム100年」を記念する展覧会も複数開かれていたことがわかるのだけれども、「引きこもり」のわたしは、そのことを知っていても行くことはなかっただろうけれども。
むかしは「これがシュルレアリスム映画」というような上映会もけっこう開かれていて、マン・レイの映画やハンス・リヒターの映画を観たような記憶があるが、『アンダルシアの犬』は「シュルレアリスム映画の代表作」だろうに、わたしの行った上映会では上映されなかったと思う。メジャーすぎて、フィルムのレンタルが難しかったのだろうか。
別の機会にこの『アンダルシアの犬』は観ているが、冒頭の「眼」のシーンとか、「ピアノを引きずる」シーンとかを断片的に記憶しているだけ。
今日、実に久しぶりにこの『アンダルシアの犬』を観て、ようやくその「全体像」とでもいうものを了解した。まあ映画として「断片」の積み重ねなわけで、「全体像」も何もないといえるのだけれども。
ブニュエルは1925年にスペインからパリに出てきていて、映画撮影所に出入りして助監督などをやっていたらしい。そのときにシュルレアリスム運動のことは知っていたが、いちどスペインに戻った1929年に、以前から知っていたサルバドール・ダリの家でこの『アンダルシアの犬』の脚本を書き上げた。
その脚本に関してブニュエルは、「わたしたちの唯一のルールは非常に単純だった。いかなる種類の合理的な説明にもなりそうなアイデアやイメージも受け入れられないということだ。私たちは非合理的なものに対してあらゆる扉を開き、なぜそうなのかを説明しようとすることなく、私たちを驚かせるイメージだけを残していかなければならなかった」と語っている。
2人はお互いに見た夢のことを語り合い、その夢を映画のなかに盛り込んだ。「蟻が手のひらに群がる」のはダリの見た夢だし、「誰かの眼を切り裂く夢」はブニュエルの見た夢だった。
映画化の費用はブニュエルの母親が負担し、つまりはブニュエルの「第一作監督作品」となった。
完成した映画はブルトンらシュルレアリスト、そしてパリの芸術家たちの出席した上映会で上映され、ブニュエルの予想に反して熱狂的に歓迎され、ブニュエルとダリはシュルレアリストの一団に加わることになったのだった。
ブニュエルとしてはこのとき、「芸術的前衛」を気取る若者たちを怒らせる意図も持っていたのだが、けっきょく、彼が侮蔑しようとした連中のあいだで大成功を収めてしまったのだ。
けっきょく、100年近く経った今この作品を観てみると、冒頭のあまりに有名な「眼球カット」のショットはショッキングで残酷だけれども、「詩的で美しい」ともいえると感じた。以後の「ナンセンス」とも思える展開も、シュルレアリスムには先行する「ダダイズム」という時代を経てもいたわけで、その「不合理さ」は「ダダ」の精神を受け継ぐものとして、受け入れられやすかったのではないだろうか。
そしてわたしが受け止めたのは、デヴィッド・リンチの作品との親和性ということで、まさにデヴィッド・リンチとは「シュルレアリスムの落とし子」ではないか、とも思ってしまう。
例えば、この『アンダルシアの犬』の中盤での「道路のまん中に転がっている手首」という展開など、「手首」が「耳」になればそのまま『ブルー・ベルベット』のイメージではないか、とは思うのだ。また、「不合理~不可思議」なイメージはやはり『イレイザーヘッド』のなかに取り入れられても違和感がないように思う。
今でもなお、この映画は「アートとは心地よいものである」ということへの強烈な「アンチテーゼ」として、若い人たちに「アヴァンギャルド」への入り口としての役割を果たし得るのではないか、などとは思うのだった。
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