ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ノマドランド』ジェシカ・ブルーダー:原作 クロエ・ジャオ:脚本・編集・監督

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 フランシス・マクドーマンドが主演してまたまた今年のアカデミー賞の「主演女優賞」を受賞したということ(これで3回目?)、そのアカデミー賞で「作品賞」と「監督賞」を受賞した作品だということ、監督のクロエ・ジャオは中国生まれの中国人だということ。これだけの予備知識で、どんな映画だかまったく知らないでこの映画を観た。
 わたしはアカデミー賞を受賞したからといって「観たい!」と思う人種ではないので、この映画を観たのはフランシス・マクドーマンドが出ているからということ、そして監督のクロエ・ジャオが中国の出身だということから、この映画を観たのだ。

 フランシス・マクドーマンドは主人公ファーンという女性を演じている。リーマン・ショックの影響で、ファーンの住んでいた町の経済を支えていた工場が閉鎖され、町は消滅してしまう(町の郵便番号が消えてなくなったのだというナレーションがあった)。
 ファーンの夫はすでに亡くなっていて、一人暮らしのファーンは町で学校の教員をやっていたらしい。町に住む人がいなくなり、ファーンもわずかな夫との思い出の品(お皿)と生活用品と共にバン(キャンピングカー)で町を出て、「定住」を求めるのではなく、短期の仕事を移り変わりしながら、各地を流浪するのである。そんな流浪の過程で、ファーンはさまざまな自分と同じような人々と出会い、交流するのだった。

 映画が終わり、流れるテロップをみていると、たいていの出演者が、その名前と映画の中での役名とが同じなことに気づいた。ああ、これは出演者らは「当人自身」として出演しているわけだな、と想像した。
 映画のパンフレットは買わなかったけれども、帰宅して調べるとまさに、出演者らはその当人として出演していたのだった。

 さてわたしは、こういう「キャンピングカー」を住まいとしてアメリカ中を移動して暮らしている人々というのは、けっこう昔からいたのではないかと思い、調べてみた(『ロリータ』のハンバート・ハンバートはちがうな)。
 こういう「キャンピングカー生活者」のことを「ワーキャンパー(キャンプする労働者?)」というらしいけれども、検索して映画の原作『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』を基にするコラムにぶち当たった。映画にも登場するボブ・ウェルズやリンダ・メイらの話も書かれ、「なぜワーキャンパーは白人しかいないのか」「なぜAmazonが彼ら、彼女らの一時的な勤務先になるのか?」という理由も書かれ、刺激的だった。
 いつまでそのコラムが閲覧できるかどうかわからないが、ここにリンクさせておきます。

アメリカの知られざる下級国民「ワーキャンパー」の増加が意味するものとは?

 このコラムに書かれているようなことは、ひょっとしたら映画のパンフレットに掲載されているようなことなのかもしれないけれども、今まで知らなかったアメリカの「貧困」を知ったわけで、それこそ「目からウロコ」だった。
 「ワーキャンパー」らはアフリカ系の人たちのように最下層ではないとはいえ、やはり「下級国民」なのだ。そしてその背景には、日本でいえば「生活保護受給バッシング」のような、アメリカでの「年金受給バッシング」の問題もあるようだ。

 これはこの映画の「背後」にある社会的現実を知らしめられるものだったが、実は映画にはそのようなことを説明しようとしたり、登場人物らの社会への呪詛などが聞かれるようなことはない。それがこの作品の演出のいいところでもあり、登場人物らが自分自身の役で出演していることからも、一種ファーン役のフランシス・マクドーマンドを「案内人」としてのドキュメンタリー的な作品ではあるのだ(だからこそ、まったく演技経験のない人たちが生き生きと画面に定着されているのだ)。
 そんな中で、フランシス・マクドーマンドの「演技を感じさせない演技」は見事なもので、この「ワーキャンパー」らの世界へ、自らも「ワーキャンパー」となって潜入したように感じさせられる。

 主人公ファーンは、わたしの眼には「意識的なアウトサイダー(離脱者)=自ら望んで<社会>から外に出た存在」のように映ったが、彼女の眼に映るものと他の登場人物らが見ていたものとは同じなのだろうか。
 何度も繰り返される、夕暮れ(朝焼け)の大きな空の手前で歩むファーンの姿が印象に残る。シンプルな音楽もいいのだが、この独特の作劇をけん引する「編集」が、演出と一体になってとってもいいなあと思って観ていたのだが、この編集もまた、クロエ・ジャオ監督によるものだった。実はフランシス・マクドーマンドはこの作品のプロデューサーでもあり、この作品にクロエ・ジャオを指名したのはそのフランシス・マクドーマンドだったのだという。素晴らしい!

 「クロエ・ジャオ」という監督の名は憶えたので、きっと次回作も観てみたいと思うのだった。
 

2021-05-04(Tue)

 連休もあと、今日と明日の2日間だけになった。計画としては今日の昼前にとなり駅の映画館で『ノマドランド』を観て、明日はまたもっと早い時間にやはり同じ映画館で『マンク』を観ようか、とは考えている。
 とりあえず今日は『ノマドランド』。11時半から1時半までの上映なので、「昼食をどうしようか?」ということを考える。やはり映画を観る前に食べてしまうと、映画を観ていて眠くなる恐れもあるし、昼食は観終わったあとにしよう。どうせこのあたりの飲食店は酒類は提供しないのだから、近くのデパートの「デパ地下」でお弁当を買うのがいい。そう決めて電車に乗って映画館へ行く。

 映画館も今は座席は一つ置きで「全席指定」なのだけれども、けっこう混み合っているみたいだ。わたしは前に観た『アウトブレイク』の悪夢から、「もう映画館で映画を観るのはいちばん後ろの席にしよう」と決めたのだが、幸いに最後尾列にまだひとつ席が空いていた。

 実は映画の内容はこれっぽっちも知らず、ただ「フランシス・マクドーマンドが出ているから」と観に来たのだが、実は「アメリカの知られざる一面」を捉えた作品で、その演出法もまたユニークだった。けっこう堪能して映画館を出た。

 このあと、デパートの中の書店に行って、5月末についに発売されるトマス・ピンチョンの『ブリーディング・エッジ』を予約注文した。中古書ならば古本屋で探すよりもAmazonマーケットプレイスで買う方がかんたんに見つけられるし安価なのだが、新刊書を買うのはできるだけリアルに店舗のある書店で買いたい。やはり新刊書店には生き残ってもらわないと。
 そのデパートの地下へ移動し、ハンバーグ弁当とローストチキンとを買って駅へと戻った。
 思ったのだが、このわたしの住まいからの「となり駅」もデパートはあるし(小さいながらも)映画館はあるしと、けっこう繁華街なわけで、今こうやって駅の改札口の前を歩いてみると、それは連休中ということもあって、やたらと人出が多い。普通に歩いても周囲の人との距離を取るのも困難だし、歩きながら大きな声でしゃべっている人はいるし、これはいくらわたしが「これからはもうちょっと外出をしよう」と決めたといっても、やはり多少は恐れをなしてしまう。
 そういう意味では、先週末には東京の某美術館へ行ったし、一昨日にも曳舟周辺を歩き回ったのだけれども、今この駅前にいて「うわあ、人が多いなあ」と感じたような体験はなかった。乗った電車も空いていた。まあ新宿や渋谷のような「盛り場」でなかったことが大きいだろうけれども、これではいちがいに「東京に出ないで」と言われても、こういう自宅そばの駅周辺の方がわたしが行った東京よりずっと人が多い。ついでにいえば、ウチのそばのスーパーマーケットも買い物客が多いわけだし、まわりの人との距離を取るのもむずかしかったりする。
 まあ「東京に出ないで」という理由もさまざまあるだろうけれども、「では<お出かけ>は近場を出歩いてすまそう」とすると、かえって「密」の危険を冒すようなところがある。

 駅からひと駅だけ電車に乗って自宅駅に戻ると、人混みから逃れたという思いでホッとする。こういうとき、人の少ない(利用客の少ない)駅を利用しているというのはいいものだ。
 ウチへの道を歩いていると、駅前の「これから工事が始まるのかも」という草ぼうぼうの空き地に、ムラサキツメクサがいっぱい咲いていた。この草は、薬用ハーブとしても愛用されるという(わたしは飲んだことはないけれども)。

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 帰宅してニェネントくんのお出迎えを受け(ニェネントへの「おみやげ」を買い忘れた)、遅くなってしまった昼食のお弁当を食べ、観てきた映画のことをいろいろ考えたり、ネットを見たりしているとすぐに夕食の時間になり、買ってきたローストチキンとストックの野菜を盛り合わせたサラダとで夕食にした。

 予想していたことではあるけれども、けっきょくスカ内閣は今回の<緊急事態>を延長するようである。それでいつまで、どのくらい延長するつもりかというと、2週間とか5月いっぱいとかいうつもりらしい。
 今は連休中ということでPCR検査数もぐっと少なくなっていて、結果として新規感染者数も減少しているのだけれども、これを早急に「<緊急事態宣言>の効果があった」と思い込む連中もいるようだ。しかし連休前までは毎日のように新規感染者数が増加しつづけていたわけだし、「変異ウィルス」の問題もあるし、インドでの大きなパンデミックの情況もある。2週間ぽっちの延長で効果が目に見えるかたちであらわれるとはとても思えないし、5月いっぱい延長でもむずかしいだろう。わたしは少なくとも6月いっぱい継続しないとならないだろうとは思うが、そうすると国民への経済的ダメージはさらに大きくなり、「休業補償」の問題を避けられなくなるだろう。いや、国民全体への「給付金」のことも考えてもらわないといけない。
 どうも、この無為無策で姑息なだけのスカ内閣、単にオリンピックを死んでもやりたいというだけでなく、「休業補償」を出したくないばかりに、<緊急事態宣言>をちょびっとずつ、小出しに延長しているのではないかとも思えてしまう。

 明日はまたとなり駅の映画館に行って、『マンク』を観ようかとは考えていたのだけれども、やっぱり明後日からはまた仕事だし、ウチでゆっくり休息しようか、ということにした。
 考えてみたらこの連休、ずっと一日おきの「お出かけ」になったわけだ。そういうのが、疲れもたまらなくっていいのだろう。
 

『ナボコフ伝 ロシア時代』ブライアン・ボイド:著 諫早勇一:訳

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(Amazonで検索するとこの下巻は探し出すことが出来ず、もはや「入手困難」になっている気配ではある?)

 著者のブライアン・ボイドはウラジーミル・ナボコフの研究の第一人者ではあるけれども、それはナボコフ没後、ナボコフ未亡人のヴェーラの全面的な協力を得てナボコフアーカイブを作成したことから始まり、その後やはりヴェーラ未亡人、そして息子のドミトリイの協力を得て、この大部の『ナボコフ伝』(1990~1991)を上梓する。この書でナボコフ研究者としての地位は決定的になったのではないかと思う。
 日本で翻訳されたのはその伝記のうち「ロシア時代」の部分だけで、残念ながら続く「アメリカ時代」は翻訳されていない。何ということだ。出版したのは「みすず書房」だから、そこまでに「売れた・売れなかった」ということは出版事情に影響しないだろうにとは思うのだが。この「ロシア時代」を読んでしまって、つづく「アメリカ時代」を読まずにすませることは「苦痛」なのだが。
 このあとブライアン・ボイドは1999年にナボコフの『淡い焔』に関する研究書を出し、それはかなりのセンセーショナルな受け入れ方をされたともいう。

 この「伝記」~「評伝」は、ナボコフの詩作品以外のほぼすべての作品の分析にも多くのページが割かれ、そのことがこの評伝に独特の色彩を与えていると思う。基本的にブライアン・ボイドはナボコフを「20世紀の大作家」と捉え(わたしもそう思う)、けっこうナボコフの作品に「好意的」というか、「べた褒め」に近いところも感じさせられるのだけれども、さすがに何でもかんでも褒めちぎるというわけではなく、「失敗作」だと思うものはズバリと「失敗」と断じたりはしている。

 ナボコフの幼年期~少年期に関してはナボコフ自身が書いた自伝『記憶よ、語れ』があり、そんな著作を通じてわたしも「幼き日のナボコフ」のことは知っていたのだけれども、それ以降、つまり「ロシア革命」以降のナボコフの歩み、例えばナボコフ家はどうやって革命下のロシアから脱出したのか、多くの月日を過ごしたベルリンでの生活はどうだったのか、最終的にどうやってアメリカに渡ることになったのか、などということはほぼ知ることもなかったので、ナボコフの書いた作品の背景としても興味深く読んだ。
 特にロシア革命下のロシア国内の状況については、これがナボコフの「伝記」だということを離れ、「内部から見たロシア革命」として貴重な知識を得ることができたと思う。

 ここで、ブライアン・ボイドが(短編作品を除いて)この時代の作品で「傑作」とするのは『ディフェンス』、そして『賜物』で、特に『賜物』は20世紀にロシア語で書かれた文学作品の最高傑作と位置付けている。
 この評伝、先に書いたようにナボコフの作品の分析、あらすじ紹介にもページが割かれ、それは短編作品などでわたしも内容を忘れているような作品では「その作品ってどういう作品だっけ?」と頭を悩ませる必要がなかったのはありがたかったのだけれども、ブライアン・ボイドが「大傑作」ともする『賜物』では、その内容を冒頭から順繰りに要約しながら分析して行くわけで、むむむ、これはちょっとばかし冗長すぎるというか、『ディフェンス』程度の分析に抑えられなかったのだろうかとは思ってしまうし、わたしなんかはけっこう「傑作」ではないかと思っている、ナボコフの最初の英語による長編小説『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』に関して、『賜物』くらいではなくっても、もうちょっと詳しく分析していただきたかった、とは思ったのだった。
 でもやはり、1930年代以降のナボコフ家の困窮、ヒトラーの台頭するヨーロッパの情勢などからナボコフがヨーロッパを脱出することを模索し、そのことが同時にナボコフを「英語で書くこと」へと導く過程の分析など、面白く読んだ。

 読み終えて、「伝記的な事実」で意外だったのは、ナボコフの自作の朗読会にジェイムズ・ジョイスが聴衆として来ていたということ、そのあとにじっさいにナボコフは(他の人たちといっしょに)ジョイスと会って会食もしていたらしいということだった。
 この評伝には書かれていなかったが、別の本の記述からナボコフは『ユリシーズ』に感銘を受け、自らロシア語に翻訳しようとも考えていたということだし、この本にも1930年代にナボコフチューリヒだかを訪れた際、『ユリシーズ』の本を買おうとしたことも書かれていた(本は見つからなかったらしいが)。
 ではいったい、ナボコフジョイスとじっさいに会ってどんな話をしたのか、どんなことを考えたのかとかとっても興味があったのだが、この評伝によると、ジョイスの友人がナボコフに「こういう話はしてはいけない」とか先にいろいろと耳に入れられ、話をするのが面倒になったとナボコフは後に語ったというのだが、他のナボコフの知人は「あれはナボコフがじっさいはシャイだったから、ジョイス本人を間近にして何も話を出来なかったのさ」ということを語っているらしい。これではじっさいにどうだったのか、まるでわからない。
 もしかしたらこのあたりの経緯、これから読もうと考えている『ジェイムズ・ジョイス伝』の中に書かれている可能性もある。‥‥どうだろうか?
 

2021-05-03(Mon)

 ニェネントが元気になった。昨日の夕食はきれいに完食していたし、何よりも夜にわたしが寝ているときベッドに跳び乗ってきて、自分からわたしの上にきてずっとまどろんでいたのがうれしかった。夜中にわたしがトイレで目覚めたときはニェネントはベッドの上にいなかったが、ベッドに戻るとまたベッドの上にやって来て、わたしの上をうろうろするのである。重たい。動き回るのでわたしも眠れない。そのうちにわたしの脇で丸くなってまどろみはじめたようだった。けっこう長い時間、ベッドの上でまどろんでいたようだった。
 今朝は最近はあまり来なかったリヴィングでのんびりし、窓際の爪とぎの段ボールや椅子の上で丸くなっていたりする。もう心配することもないだろうと思う。よかった。

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 今日は映画でも観に行こうかと考えていた。連休前には電車で4つほど先の駅の近くにシネコンがあることを知り、そこに行ってみようかと思ったが、観ようかと思った『ノマドランド』という作品は、となり駅の映画館でもやっているのがわかった。そのとなり駅の映画館ではデヴィッド・フィンチャー監督の『マンク』も上映されている。「両方とも観たいな」と思う。
 上映時間的に一日に両方観るのは無理があるので、連休の今日を含めて残り3日間のうち、2日使って観ようかと考え、まず今日出かけてみようとは思っていたのだけれども、「あららら」という間に時間が過ぎてしまい、残りは夕方6時からの『ノマドランド』の上映だけになったけれど、終映時間が8時になるし、また午後には天候が崩れるかもという予報もあり、それにやはり、昨日出かけた疲れというのも残っている(何だか最近疲れやすくなっている気がするが、ヤバいだろうか?)。今日はもう出かけるのをやめてニェネントとまったりと過ごそうということにした。

 ぼちぼちゆっくりと読んでいた『ナボコフ伝(ロシア時代)』を、ついにようやっと読み終えた。次はついに『ジェイムズ・ジョイス伝』に取り掛かるわけだけれども、その前にちょっと、別分野の薄い本を2冊ほど読んでみたい。
 

2021-05-02(Sun)

 5連休2日目。いろいろやりたいこと、お出かけしたいことも考えた一日だったが、午前中は買い物に出たり洗濯をしたりしていたらあっという間に時が過ぎてしまった。ニェネントは今日も「ぐて~」っとしていて、昨夕の食事も残している。まだまだ健康状態が心配ではある。

 午前中は陽が射していたとはいえ、けっこう雲の量も多かったのだが、昼になるとウチのあたりの空はすっかり黒い雲に覆われてしまった。南の方には青空も見えているのに、こういうときには「集中豪雨」になるだろう(写真は露出を絞ってじっさいよりも暗くしてあるが~そういうカメラ操作も出来るようになったぜ!~)。外に干していた洗濯物を室内に移した。

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 予想通り、このあとは激しい雨が降り始めた。しかしこういう雨は早くにやんでしまい、あとはまた青空が出てくるのではないだろうか。
 ネットを見ていたら、この日は曳舟のギャラリーでの清水真理さんの人形展の最終日なのだった。曳舟はそんなに遠くもないので、このあと雨がやんだら行ってみようと考える。せめて2時ぐらいで雨が上がってくれればいいのだけれども、雨が長引くようならあきらめなければならないか。

 そう思っていたらまさに2時に雨がやみ、空から陽が射し始めた。「グッドタイミング!」と、出かける支度をして外に出た。
 「曳舟」というところに行ったことはないが、北千住から「東武スカイツリーライン」というのに乗り換えるのだ。「東武スカイツリーライン」というのも乗ったことはない。「新しくつくられた路線なのだろうか?」と思ったが、北千住で乗り換えてみるとどうということはない、昔の「東武浅草線」が名前を変えただけなのだった。
 曳舟駅で降りて外に出ると、たしかに目の前に「東京スカイツリー」がで~んと建っていたのだった(ほとんど興味はないが)。

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 しばらく歩いて清水さんの個展開催中のギャラリーに到着。おっと、この日が会期最終日ということもあり、そんなに広くはないギャラリー内はけっこうお客さんで密・密な状態。清水さんもいらっしゃって、どなたかお客さんと話しこまれている。
 清水さんの人形は、その少女たちの表情の「あどけなさ」の奥に垣間見える「不気味さ」とでもいったものが素晴らしく、かつて「球体関節人形」からスタートされた彼女の人形は今、「バロック的」とも言える独自独特の美しさをみせてくれる。

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 会場で販売されていた美しいパンフレットを買おうとし、そのときギャラリーの奥にいらっした清水さんに挨拶をし、しばらく話をした。そう、書いておかなければわからないだろうが、清水真理さんはわたしが主宰したイヴェント"crosstalk"に、毎回出品していただいた作家さんではあったのだ。
 先日はネットで四半世紀前のDumb Typeの『S/N』を観、東京の美術館で観た展示もまた、四半世紀前の展覧会を引き継ぐものではあった。わたしの"crosstalk"もまた、開催していたのは四半世紀前が中心のイヴェントではあった。どうもこの連休、そんな四半世紀前にわたしの心を連れて行こうとされているようだ。

 帰りの曳舟駅への道は、時間もあることだし来た時の道はたどらず、裏道を歩くことにした。連休の当初は「浅草橋」界隈を歩いてみたいという計画も立てていたのだけれども、このあたりだって充分に「下町らしさ」を満喫できるであろう。このあたりの町名は「東向島」。東京大空襲の被害の大きかったところだ。あとで知ったことだがここからもう少し北に行くとそのあたりは旧「寺島町」で、いわゆる「銘酒屋」や「玉ノ井」として知られた「私娼窟」が多く立ち並んでいた地域。永井荷風の『墨東奇譚』(読んでない)や、滝田ゆうの『寺島町奇譚』(愛読書だった)の舞台だったのだ。

 そんな裏道を少し歩くと小さな公園があり、手前に「かたつむり」像が二つ並んでいた。公園には大きな碑があり、ここは「露伴児童公園」というネーミング。かつてこの場所は幸田露伴の旧宅「蝸牛庵」があったということで、その地が今は児童公園になっているのだった。

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 しばらく、その広くはない公園の中を歩き、やはり露伴の作品からの碑があるのなど眺めたりする。幸田露伴、ずいぶん昔に彼の短編(『五重塔』ではなかった)を読み、そのときにはずいぶんと気に入った記憶もあるが、今は何も記憶していない。

 ちょっとした空き地のような区画に、古い手押し式の井戸用のポンプが置かれていた。はたして今でも押せば井戸水が出てくるのか、ロケーションからそういうこともないように思うし、特にこのポンプの由来を書いた銘板とかもないのでわからないが、ある種のモニュメントとして残されているものではないかと思った。

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 歩いたあたりには古い居酒屋の姿は見られなかったが、下の写真のような「古民家カフェ」があった。手彫りの木製の看板がいい。

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 このほか、歩いていろいろと面白いスポットも見たのだが、書いていてもキリがないので帰路に着く。一時間ほど町中を散策していたが、ほとんど歩く人とすれ違うこともなかったし、駅も電車も空いていた。まああまりCOVID-19感染の危険もなかったろうとは(勝手に)思っている(これならスーパーへの買い物の方が何十倍も危険だ)。

 この日はもうひとつ、せっかくこうやって外出して夕方になったのだから、自宅駅のそばの蕎麦屋で外食して帰ろうと。
 ちょうど自宅駅に到着すると5時になったところで、時間もちょうどいい。しかし駅からその蕎麦屋へと降りて行く坂道を歩くと、また空には不気味な雲が拡がっていた。まるで昔の画家が聖書の中の黙示録的情景を描いたような、まさに「空恐ろしさ」を感じさせられるような空だ。また大雨が来るのだろうか。

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 さて、わたしは<緊急事態宣言>でもって、都内の飲食店が酒類を提供しないことは承知していたのだけれども、ここ千葉県は<緊急事態宣言>の対象地域からは外れているわけだから、きっとお酒も出してくれるものと思い込んでいた。ところが行ってみると、ココでも酒類の提供は中止しているとのことだった。まあしょ~がないか。
 「GW特製限定の二色丼&蕎麦」を注文。豪華である。むむむ、ちょっとばかしあっさりした味で、本心はもっと濃厚な味を期待していた。まずいとかいうことはなかったが、「大満足」というのではなかったかな?

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 まだ口の中にその味覚が残っているうちに早く帰宅して「家飲み」しようと思う。ニェネントだって「アイツは夕食の時間なのに戻って来ない!」と思って待っていることだろう。
 外は幸いにも雨にはならなかった。跨線橋の上から西の日暮れの空をみると、これまた結構な景観にはなっていた。

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 ウチに戻ってドアの前で「ニェネントがお腹を空かせてドア口まで出て来てくれていれば<健康>の証で、心配することもないだろう」と思ってからドアを開けたが、期待通りにニェネントがお出迎えしてくれていた。うれしかった。
 ニェネントくんに夕食を出してあげわたしは酒を飲み、テレビの「ダーウィンが来た!」の「群れをつくるチーター」を見たりしながら、特に何をするでもなく時間が過ぎ、この日も終了するのであった。
 

『バベル』(2006) ギジェルモ・アリアガ:脚本 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ:監督

バベル [Blu-ray]

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  • 発売日: 2012/07/03
  • メディア: Blu-ray

 監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥも脚本のギジェルモ・アリアガもメキシコ人だけれども、アメリカ製作の作品(ここにも、この作品の中のアメリカとメキシコの「国境」をめぐるストーリーを読み取るべきだろうか?)。

 モロッコの砂漠で羊を飼って生きる家族の、まだローティーンに見える兄弟が父の入手したライフル銃を託され、羊を襲うジャッカルを撃てと言われているが、兄弟は試し撃ちに砂漠を走る観光バスを狙う。
 観光バスにはカリフォルニアから来た夫婦(ブラッド・ピットケイト・ブランシェット)が乗っていて、弟の撃った銃弾が窓際に座っていた妻に命中してしまう。彼女はひん死の重傷を負うが、あたりに病院もなく救急車も来ない。
 夫婦はカリフォルニアに幼い姉弟を残してきており、メキシコからの不法就労の女性が二人の面倒をみている。しかし彼女はメキシコで息子の結婚式に出席する予定を立てているのだが、事故に遭遇した夫婦は戻って来られない。結婚式に出席したい彼女は、ついには姉弟を連れて国境を越えて結婚式に行くことにする。
 モロッコの兄弟が手にしたライフル銃は、実は日本人ハンター(役所広司)がモロッコを訪れたとき、世話になったガイドに譲ったものだった。そのハンターは東京の都心のマンションでリッチな暮らしをしているが、妻はしばらく前に自殺していて、残された高校生の一人娘(菊地凛子)はろう者で、年齢的に肥大した鬱屈した欲望を抱えている。

 この映画は「モロッコでライフルでバスを射撃した兄弟、撃たれたアメリカ人の話」、「その撃たれたアメリカ人の姉弟を連れて国境を越えた不法就労者の女性の話」、「モロッコにそのライフルを残した男の、そのろう者の娘の話」の3つのストーリーからなり、一丁のライフルが起こした事件につながる3つのストーリーが交差、並行して語られる。タイトルに『バベル』とあるように、人々の意図しない、意図されないさまざまな「分断」がシビアに描かれた作品だと思った。

 悲しいのは、それぞれの登場人物らは皆、基本は自己の「正当性」の中で生きているはずなのに、ある種の「遮断」から自身の身を「困難」の中に置かなければならなかったということにあるだろう。そこには「世界、社会の格差」の問題もあるだろうし、そのことは「国境」、「言語」ということが派生してくる。同じ国内(日本)でも、言語伝達の困難な人はいて、そこには「壁」が厳として存在するだろう。そして、派生して「親族の死」をどのように自分の中で納得させるか、という問題も出てくるだろう。そして映画の中でこの事件を伝える報道では、「これはテロリズム?」という形で全世界に(東京でも)ニュース報道されているのだけれども、現地に残されて救出を待つ重傷の妻と、救出を待つ夫の「孤独」な境遇は、そんな「世界ニュース」とまるでバランスが取れていない。このこともポイントだろう。

 アメリカ人夫婦はこの旅行の前にまだ幼い(生まれて間もない?)次男を失っており、(特に夫は)その傷心を癒すためのモロッコ旅行だったようだし、モロッコにライフルを残した男はしばらく前に妻に自殺されている。その自殺は映画の最後で「銃」を使っての自殺だったことがわかり、娘の中でそのことが大きな傷になっていたことも了解できるだろう。「銃」というものの存在は、この作品ではどこまでも、大きな「影」を投げかけている。モロッコの家族にも父はいても母の姿は見られず、そこには映画では語られていない事情が想像される。

 アメリカ人の夫は、異国の地でひん死の妻を助けようと、まったく文化も言語も異なる地の中で翻弄されるが、彼は英語をしゃべることしかできず、妻の救出に関して「アメリカならば」というモデルを提示することしかできないし、さいごにようやく救出のヘリ(アメリカモデル的方策の実現)が来たとき、親身になってくれて部屋も提供してくれたモロッコ人に「金」を差し出して拒絶される。

 モロッコ人家族は裕福ではない。砂漠の中で自分たちのルールで生きてきたのだろうが、狙撃犯を探す警察隊が来たとき、抵抗する意思もなかったのに簡単に警察隊から銃撃され、やむを得ず弟が銃撃し返す中で兄は警察に射殺される。

 カリフォルニアから、預かった幼い姉弟を連れて甥(ガエル・ガルシア・ベルナル)の運転する車で国境を越えた不法就労の家政婦は、戻るときに国境で疑われて逃走し、これも国境近くの砂漠の中に甥に姉弟と共に「置いてきぼり」にされ、まさに「死の恐怖」に直面するが、もちろんここには今なおつづく(トランプ時代に拡大した)国境をはさんだ「アメリカ合衆国」と「メキシコ」との貧富の差があり、「不法就労」ということの実態にふれることになるだろう。

 日本ではろう者の女子高校生がフィーチャーされるが、(いかにも当時の東京の街を彷彿とさせる映像の)夜のクラブに同世代の若者らしくも出入りもするが、自分が「ろう者」であることを同じ世代の男性と知り合うことの「障害」になると感じ、鬱屈して肥大した欲望が彼女なりの解決を求める(彼女が刑事に知らせる「嘘」と、そのあとのおそらくは「真実」を伝えるメモ、~そして刑事がマンションのロビーで帰ってきた父親とすれ違うときに交わす会話から、父は娘の「屈折」を知るのだ)。

 とにかくは「痛い」映画で、観ていてつらかった。登場人物皆がある面で「不当な」仕打ちを受け、その「不当さ」の中でもがく姿が、観ていてつらいのだ。そして、その「不当さ」は、今わたしなどが生きていても切実に感じ取れることでもある。卑小な例でいえば、わたしに起きた「ゴミ収集問題」もそういうことで、実はこの映画を観ながらどうしてもそのこととリンクさせて観てしまう自分がいて、「このつらさを軽減させてくれる<ラスト>を観たい」と、一気にラストまで観てしまった。

 アメリカ人夫妻のように、「最悪の事態は避けられてよかったね」というラストもあれば、メキシコ人家政婦のように「預かった姉弟が救出されてよかったけれども、もうアメリカでは働けないわけだね」というビターなラストもある。でも、東京のパートで父親が娘の「嘘」を知り、夜中のマンションのベランダで娘と対するラストには救われた思いがした。

 モロッコアメリカ~メキシコ、東京と、映画の絵のタッチはそれぞれ差異をみせており、東京の夜のクラブのシーンの絵と音楽、そしてモロッコでのラフなカメラワークとの差異が印象的だった。音楽がまた素晴らしかった。

付記:どうでもいいことだろうが、ブラッド・ピットケイト・ブランシェットの(狙撃される前の)会話で、このモロッコ旅行が「夫の意思」によるもので、妻はそのモロッコの地に飽いていることが語られる。夫はそこで「二人になりたくて(ココに来た)」と語るのだが、その土地がモロッコでもあるし、わたしは「それって、ポール・ボウルズの『シェルタリング・スカイ』を読んだせいか?」とか、「ベルトリッチのその映画を観たのか?」とか思ってしまったのだった。むむ、ブラッド・ピットケイト・ブランシェットによる『シェルタリング・スカイ』というのも観てみたいものだ。
 

2021-05-01(Sat)

 ニェネントが、どうも少々元気がないみたいだ。最近和室のクローゼットの上の「シェルター」にこもっている時が多いのだけれども、今日もずいぶんの時間を「シェルター」ですごしている。そして食欲も落ちているようで、いつも完食する量の食事を出しても、三分の一から四分の一ぐらい残してしまう。

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 まったく食事を取らなくなったわけではないし、水はちゃんと今までの量飲んでいる。便もモリモリ快調のようだし、夜になるとわたしの寝ているベッドに跳び乗ってくるもの今までどおりではある。ただ、今までわたしの胸の上のニェネントを手でかまってやっていると、「ガブリッ」と甘噛みしてきたのだけれども、その「甘噛み」をあまりやらなくなった。やっても、ぜ~んぜん痛くない。以前はいつも「そりゃあ痛いぜ!」というギリギリのところまでわたしを痛めつけてくれていたというのに。体調が悪いとか病気とかいうことはないとは思うが、あんまり「様子をみよう」などと流暢なことをやってもいけない。ニェネントの好物の「ネコ用のカニカマ」や「ちゅーる」をトッピングするとか、食事の出し方を変えてみようか。

 そしてわたしもまた、元気ではない。ひとつには昨日長時間外を出歩いたこともあると思うが、「ゴミを収集してくれない」という事態に、精神的にぐったり来てしまった。昨日電話した感じでは、担当者は「何もやりたくない」という感じがありありと伝わってきたし、事態が2週間後に「改善」されるとも考えられない。いちおう2週間後の次の「燃えないゴミ」の収集日を待って、もうゴミ収集機関の「クリーンセンター」に訴えるのではなく、市役所の「市民相談所」に訴えるべきだろう。わたしは「市民としての権利」を侵害されているし、このままでは生活が破壊されてしまうのだから。市役所がお話にならなければ「次の手」もあるが。

 その市役所から「新型コロナワクチン接種のお知らせ」という封書が届いている。しかし読んでみると「接種」の期日とかが決定したわけではなく、ただ先に接種に必要な書類が送られて来ただけのことだった。ワクチン接種には、まず「接種可能な時期を確認」してくれという。それから接種可能な医療機関を探し、予約してくれという。
 これを読むと、市の方では「接種可能時期」などというのはもう市の方では知らせないので、自分でアンテナを伸ばして、自分自身で「このあたりも接種可能時期になったな」ということを知り、それから予約手続きをせよ、ということのように読める。なんだかすべて「あなたまかせ」みたいで、なんだかな~、という感じである(けっきょく、わたしなどは早くても5月中旬以降になるようだが)。

 COVID-19だが、今はインドで「変異ウィルス」が猛威をふるいはじめ、一日に30万人以上の新規感染者が出ているという。これはもうほとんど、中世ヨーロッパを襲った「黒死病(ペスト)」なのではないかと思えるぐらいだ。
 恐ろしいのは今の日本の「ザル」のような防疫体制では、遅からず日本国内でも「インド型変異ウィルス」が流行することになるのではないか、ということ。そんなことになればいくらわたしでも、再度もっと徹底した「Stay Home」に取り組まなくってはならなくなるだろう。
 しかし日本ではスカ政権も小池都知事も相変わらず7月には<東京オリパラ>を開催するつもりで、しかも前に書いたように、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」は、開催期間中に500人の看護師の確保を要請し、大きな反発を招いている。これで凄いのはスカ首相の発言で、「看護師には休んでいる人もけっこういると聞いているので、500人集めるのに問題はないだろう」とのたまわれたのだ。
 今医療関係者がどれだけひっ迫した状態で医療業務に当たっているかはみんな認識していることだろうし、スカ首相の発言は「看護師は今の状態以上に休まずに働け」と言っていることになるだろう。日本はあきれた人物をトップに据えているものだ。

 わたしは「ゴミ問題」のことなどを考えていたら、この日昼から配信されるはずだった「Dumb Type『S/N』」に関するライヴ・トークを観るのを忘れてしまった。
 午後からはかなり遅い時間まで延々と午睡してしまい、「今日は夕方からまた雷雨になるから早いうちに買い物に出かけよう」と考えていたのが「無」になってしまった。
 このまま何もしない一日にするのはやめようと、「GYAO!」でアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』を観た。この映画も公開当時映画館で観ているはずだが、例によってほとんど記憶していない。ちょっと長めの映画なので、明日と分けて観ようかと思っていたのだが、けっこうまたまたわたしの気分が落ち込むような、ある意味陰惨な映画だったわけで、「これって、どうなってしまうだろう」というか、「ラストまで観たら少しは明るい気分になれるだろう」と、けっきょく最後まで観てしまった。

 映画を観ているとき、外では雷鳴が響くようになり、そのうちに時おり、窓の外が雷光でピカリと光ったりするのだった。
 昼間に長く午睡をしたせいで、映画を観終えてベッドに入っても、なかなかに寝つけずに、さまざまなことを考えてしまった。