ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『グエムル-漢江の怪物-』(2006) ポン・ジュノ:脚本・監督

 この怪獣が生まれてしまった背後には、過去の駐韓米軍のいいかげんな薬物(ホルマリンだけれども)廃棄があるという描写があり、ちょっと『ゴジラ』みたいだなとは思った。ただ、この怪獣はもっと小型で、長いしっぽを入れても体長は10メートル足らずだろうし、まあそのルックスは「ナマズ」に足が生えたみたいな感じだ。
 とつぜんソウル近郊の漢江(ハンガン)に出現した大ナマズは、あたりの人間をかっ喰らいながらまた姿を消すのだけれども、そのときに川べりで露店を営むカンドゥ(ソン・ガンホ)の娘のヒョンソも、助けようとしたカンドゥの目の前でしっぽに巻き付けてさらって行かれてしまう。しかしヒョンソは死んではいなくって、ケータイでカンドゥに連絡を取ってくる。彼女は怪獣の巣窟らしい下水道に閉じ込められているという。ここで、カンドゥとカンドゥの父、弟、妹らでヒョンソ救出作戦が実行されるのである。

 まずはどうも、このカンドゥの家族がポン・ジュノ監督の大ブレイク作『パラサイト』の家族と相似形というか、妹(ぺ・ドゥナ)はアーチェリーの銅メダリストだったりするわけだし。
 それで、だったら国と協力してヒョンソを助ければいいのだけれども、ここで怪獣は知られぬウィルスの「宿主」なのではないかということになり、カンドゥ一家は隔離されてしまい、先日観た『アウトブレイク』みたいなことになってしまう(『アウトブレイク』そっくりの黄色い隔離服も登場する)。そ~んなわけで映画は唐突に政治的な展開もみせるようになり、終盤に弟が怪獣を攻撃するのに「火炎びん」を使ったりするところで、「光州事件」の記憶をも呼びおこされることになる。

 『ゴジラ』や『キングコング』みたいなバカでかい怪獣というのではなく、そこそこの大きさの「人間を襲う」怪獣としてのリアリティーは感じさせられるし、とにかく、CGと絡んで疾走するカメラのカメラワークはすばらしい。やはり、観終わってみれば韓国での中流~下層階級の人たちへのシンパシーを強く感じるわけで、「こういう映画というのは今の日本ではなかなか撮れないだろうな」とは思うのだった。
 

2020-11-28(Sat)

 昨日買い物に出て、通っている内科クリニックの前を通ったら駐車場に車はほとんどなかったし、窓から見えるクリニックの中の待ち合いロビーにもずいぶんと人影は少なく見えた。「やはり、COVID-19の新規感染者が増えているからな」と思うわけで、春の「緊急事態宣言」のときを思い出しても、こういう病院の外来に(それが内科医だけなのかどうかはわからないけれども)、いち早く反応があらわれるように思えた。

 ところが今日、西のスーパーに買い物に行くと、お客さんがけっこう多い。それはいいのだけれども、そんな中に家族連れ、お父さんとお母さん、そしてお子さんという3人以上のグループの数がけっこういらっしゃる。わたしは別にモラリスティックに「一家族一人で買い物しなさいよ」とかあれこれ言いたくはないけれども(しっかり言ってる)、もうスーパーの店内は「ソーシャル・ディスタンス」なんてものではないし(レジへの行列のところでだけ前後の人との間隔を守ろうとする)、病院なんかに通院する人ら(けっこう年配の方々?)の「危機意識」と、こうやってスーパーに買い物に来られる方々の「危機意識の欠如」のギャップの大きさは、ちょっとショックだった。

 わたしはそこまでに「もう一歩も外に出たくないね」という「Stay Home」というわけではないけれども(そういうことは不可能)、最低限の「Stay Home」は必要な段階かもしれないとは思っている。だからちょっと、こういうスーパーに家族連れで来店するような人たちの「危機意識」とはどういうものなのか、聞いてみたいという気もちはある。

 だいたいそもそも、政府主導の「Go To キャンペーン」を一部地域を除外したと言いながら継続していることで人々に心のゆるみを生み出しているわけで、今の情況はとうぜん、「Go To キャンペーン」一時中止とするべきではないかと思う。まあ、今の日本は来年には「人類がCOVID-19ウィルスに打ち勝った」とする(スカ首相語る)オリンピック・パラリンピックを開催するのだという「至上課題」があるものだから、どうしようもない。逆に「オリンピック・パラリンピック開催」のために日本は泥沼に足を踏み入れていることに、人々は気づかないといけないと思う。また、ほんとうにマジにオリパラをやりたいのならば、それなりの国としての「対策」が必要なことは言うまでもない。その対策が「経済を回す」という「Go To キャンペーン」だけで、感染者が増加してくるとあたふたする政府には不信感しか湧かないだろう。

 今日は早い時間に、「GYAO!」でポン・ジュノ監督の『グエムル-漢江の怪物-』を観た。意外と、おととい観た『アウトブレイク』につながるところもある映画だった。

 買い物に出たときに、この季節らしいスカっとした空がみられた。

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 今日はスーパーで「鶏肉の炙り焼き」を買って夕食のメインにし、「ポテサラ」にはゆで卵と粒マスタードをミックスして新規路線を狙った。「鶏肉の炙り焼き」は、「こりゃあ自分でやった方が美味だったな」というところだった。次回はぜんぶ自分でつくろう。

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 夜は6時から、ネットの「ニコニコ美術館」という番組で、国立民族学博物館から先日観た『性差(ジェンダー)の日本史』展の生中継、解説があり、終了する9時すぎまでしっかり観てしまった。もちろん、ただ一観客として観ていただけではわからないことなどが解説者に語られるし、いい復習になった。それに、画面には共に観ている人たちのコメントがずっと流されていて、皆さん知識・教養の豊富な方々ではあり、そんな方々といっしょに展示を観ている気分になって楽しかった。さいしょのうちこそはネトウヨらしき人物らが変な発言もしていたけれども(彼らは「ジェンダー」などというテーマには絡みたいのだ)、皆が「放置しておけばいい」と無視していたら、その内容についてこれなかったのか、そのうちにそういう発言は皆無になってしまった。
 こういうライヴ番組があるのは知らなかったが、ときどきやっているようだ。こういう「COVID-19禍」のときに、こういうライヴ配信番組があるのはうれしい。また機会があれば観てみたいと思った。
 

2020-11-27(Fri)

 北海道の知床で、人里に降りてきた体重300キロを超すヒグマが捕らえられたという報道があった。人の食べ物の味を覚えてしまったらしい。すぐに殺処分されたというが、それは仕方のないことだろう。
 しかしこの報道でわたしが思い出すのは、NHKがわたしが起き出す早朝に放送していた「かわいい動物の子ども」というイメージ映像で、その中にヒグマの小さな子どもも登場してきたわけだった(これがとってもかわいいのだ)。でもこのコグマの映像には出典があって、以前知床のヒグマを捉えたドキュメンタリーで映されていたコグマだ。そのドキュメンタリーでは「山に食べ物が少なくなり、飢えたヒグマが人里に降りてくる」ことを伝えた番組だったけれども、知床の人はそんなクマへの対処法を知っていて、「決して食べ物を与えないこと」「山でクマと出会ってしまったときには大きな声で、自分を大きく見せることでクマを追い払える」というような内容だった。その番組の中で「かわいい動物の子ども」に出てきたコグマも、母親グマに連れられて食べ物を求めて海岸をさまよっていたのだけれども、飢えている母親グマも空腹だから、海岸で見つけた魚も自分で食べてしまってコグマには与えない。そのうちにカメラは、丘で飢えて死んでしまったコグマを捉える。そばに母グマがいて、死んだコグマに「どうしたのよ」みたいに前足で触れるのだけれども、コグマの死体は坂を転がり落ちて行ってしまう。
 そんな元の映像を記憶していたから、早朝に「かわいいコグマ」みたいに映像を切り抜いて映されても、わたしは「あの<かわいいコグマ>はすぐに死んでしまうのだよな」と思い、目覚めたばかりなのに目からぽろぽろと涙してしまったのだった。そしてわたしは、そういう「映像の切り取り方」は「無責任」だよな、とは思うのだった(別に、「カメラマンの目の前で飢えているヒグマを見捨てるなよ」とか、「死んだコグマを映すなよ」とか思っているわけではない。その「映像」の流用の仕方は正当ではないと思っているだけだ)。

 先週、佐倉まで出かけた中で、今になってみると「佐倉城址公園」の紅葉、落葉した木々の美しさが思い出され、「Stay Homeだぜ」と決めたばかりだけれども、「どこか人のいないところにちょっと出かけてみたい」と思うことになった。
 まずは「海」をみたいと思い、ウチからだってそんなに苦労しなくても海に行けるのではないかと調べてみた。2時間ちょっとで銚子に行けることがわかった。「どんな景色だろう」と、そのあたりの風景をGoogleマップの「ストリートビュー」で見てみると、道路沿いに浜辺がつづいているだけで面白いものでもなかった(ちょっと、スケッチブックを持って行って風景を描いてみたいとも思っていたのだ)。
 まあ同じぐらいの時間をかければ神奈川の逗子や葉山にも行けるわけで、「そっちの方が岩浜とか起伏があっていいかな」とも思う。ただ、行くための電車が混むかどうかだ。
 別に「海」に限らずとも、先日の「佐倉城址公園」みたいなところでもいい。調べてみると、ウチから歩いて20分ぐらいのところにもそういう公園があることがわかった。この時勢、この季節、そんな公園に出かける人も少ないだろう。何よりも「近場」だというのがいい(「交通費」がまるでかからない)。まずはそんな、自宅近くの公園に行ってみようかとは思うのだった。

 今日は天気予報通りに寒い日になった。ようやく、着て出たパーカーが力を発揮した感じだ。今日は野良ネコの姿は見られなかったけれども、ウチのすぐ前のマンホールの上に「ハクセキレイ」がうろちょろしていた。ハクセキレイはマンホールの小さな穴から出てくる羽虫や蚊とかを待ち伏せて捕えるのだけれども、この寒くなり始めた季節にも、マンホールの穴からそういう虫が出てくるのだろうか。

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 わたしのエサはといえば、今週は納豆だとか厚揚げだとか、まるで「動物性たんぱく質」には無縁な、ヴィーガンな食生活だったのだけれども、今日もまた「がんもともやしの炒めもの」とサラダということになった。見かけは真っ黒でよろしくない。

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 それで夜になっていちだんと寒く、「もう冬だね」というところで、ニェネントくんとさっさと寝るのであった。夢を見たけれどもおぼえていない。

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『アウトブレイク』(1995) ウォルフガング・ペーターゼン:監督

アウトブレイク [Blu-ray]

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  • 発売日: 2010/04/21
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 「エボラ出血熱」が世に知られ、「ヤバい」と言われていた頃のパンデミック映画(「エボラ出血熱」といろいろと共通するものが大きい)。今のCOVID-19の全世界的な感染拡大から思うところもあるが(とちゅうでウィルスが変異してしまうところとか)、ちょっと、あまりにデタラメな展開が多い映画で、まあそういう「バイオハザード」を題材にしたサスペンス映画、と観るしかない感じ。主演のダスティン・ホフマンをはじめ、けっこう「大スター」といえる俳優が多く出演しているのもお楽しみ。しかし、そういうスターがたくさん出演しているからか、たくさん出演させようとしたからか、それらのスターそれぞれに「見せ場」をつくることからか、どんどん嘘っぽいストーリー展開になって行く気もしてしまう。
 だいたい軍隊も絡むシビアな展開で、登場人物も「男ばかり」でいいところを、女医さん(正確には「疾病予防センター」の幹部)なら女性も出演させることができるとレネ・ルッソがキャストに上がり、じゃあその女医さんと主人公(こっちは軍隊の「感染症研究所」の幹部)とで「ドラマ」をつくっちゃおうと、この二人が「元夫婦」で、けっきょく「再出発」しちゃうドラマにしようとしたのね。このダスティン・ホフマンのかつての同僚で今は上司(ダスティン・ホフマンは追い越されたのだな)なのがモーガン・フリーマンで、モーガンはその悪辣たるさらに上司(ドナルド・サザーランド)の指示、命令に苦しみ、その上司の命令に従って当初はダスティン・ホフマンに「俺が上司だ!俺に従え!」とやるのだけれども、まあそのうちね。
 ダスティン・ホフマンの同僚が、今はもうスクリーンで新作には出て来ないだろうケヴィン・スペイシーで、これはレネ・ルッソに「ダスティン・ホフマンはあんたを愛してるよ」と告げて死んでいく役。それともうひとりのダスティンの同僚が、この映画では「超人的」な能力を発揮するキューバ・グッディング・Jr。おいしい役だ。

 まあいろいろあって、アフリカで捕えられたサルがかんたんに言えばアメリカに密輸されて、アメリカ西海岸の小さな町に病原菌をまき散らす。このサルだが、わたしが映画を観たあとで調べた結果ではコイツは多分「ノドジロオマキザル」というヤツで、中米に棲息するサルでアフリカにはいないヤツなのだ。まあいいけどね。
 それで、この「宿主」といえるサルから感染していた男が映画館に行って映画を観て、咳きこむこの男の口からウィルスが映画館中に飛び散ってみ~んな感染するのね。ココのところの映像が、今のCOVID-19禍でテレビとかで「こうやってウィルスが拡散する」として映された映像とクリソツなのだった。笑ってはいけない。映像演出者としての「想像力」のイコーリティのもんだいなのだ。

 で、その人口2600人ぐらいだという、周囲から隔離されたような小さな町にウィルスがまん延して、患者が続出してパニックになる。これがロサンジェルスとかの大きな都市だったとしたら、もうこれ以降のストーリーは成立しない。「小さな町」でよかったね(って、そういう脚本にしたのだが)。
 それでドナルド・サザーランドが出てきて、このウィルスは軍としては30年前から知っているわけで、軍事に利用としてもいる(「細菌兵器」というヤツだな)。その秘密を守るために町をそっくり、「何とか」という核兵器ではない爆弾で住民も何もかも吹き飛ばしてしまおうとするのである。何と乱暴な!
 そんなときに、ダスティン・ホフマンの元妻のレネ・ルッソも治療中に感染してしまい、まあそれだけの理由でもないけれども、ダスティン・ホフマンは相棒のキューバ・グッディング・Jrと共に、ほとんどロール・プレイング・ゲーム的な八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をするのだ。「このウィルスの宿主は<サル>だぜ!」という予測から密輸入のサルを探り、もう船出している韓国船までヘリで飛んで行き、感染して死んじゃってる船員のベッドにあったサルの写真から「コイツだぜ!」と、すっごいテキトーな当てずっぽうをやるのだが、これは映画だからその「当てずっぽう」は当たってるのだ。
 ヘリで取って返した二人はテレビ局(ラジオ局だったか?)に乱入し、「こ~んなサルを知っている人は知らせてくれ!」と強引に放送させる。すごいぜ!
 もうあまりに楽しかったのでぜ~んぶストーリーを書いてしまうけれども、その放送を聞いたある家族が、「そのサルって、ウチの娘が最近会っているサルじゃないのかしら?」との名推理をする。まあアメリカには野生のサルはいないでしょうからね。その伝達を聞いたダスティン&キューバはその家族の家にヘリで飛び、そのサルをキューバがみごとに麻酔銃で射止める。すごい射撃の腕。しかし、このサルこそが「宿主」という「推測」は、相当程度に乱暴な話であろう。
 「やったぜ!さあ医療センターに飛んで帰って<血清>をつくろう!」となるが、誰が考えたって、そ~んなかんたんに<血清>はつくれんだろうし、しかもそこに「軍」のヘリが彼らを阻止するために飛んで来るし、そのヘリにはドナルド・サザーランドが乗っていたりする。「なんでそんな<お偉方>が出てくるねん!」って感じで、「ははあ、ここでドナルド・サザーランドの乗るヘリは墜落してしまい、<めでたしめでたし>となるのかなとどうしても思ってしまうのだけれども、実はそうはならなかったのね(ま、似たようなものだけれども)。ここでも、キューバ・グッディング・Jrの「超人的」なヘリ操縦技術! コイツ、何者なんやねん!

 というわけで、まさに「ちゃっちゃっちゃっ!」とわたしの料理のようにあっという間に<血清>がいっぱいつくられて(ここでもキューバ・グッディング・Jrの活躍ね!)、すべては(ダスティン・ホフマンレネ・ルッソの関係のことも)解決してしまうのでありました(COVID-19もこういう風にかんたんに解決すればいいけど、それはムリ、ムリ、ムリムリね!)。
 まあ「ジェットコースター・ムーヴィー」といいますか、後半は楽しませてもらったわけだけれども、「あれ? あれれれれ?」と、パンデミックな問題は安易に解決してしまう映画ではありました(まあこういう時期でなければ、もうちょっと本気で楽しめたでしょうか?)。
 

2020-11-26(Thu)

 このあいだ、勤め先の近くのスーパーで「ボルシチ」の瓶詰を買ったとき、割引カードをもらっていた。3種類あって、ひとつはそのスーパーのポイントカードでポイントが倍つくよというもので、ポイントカードを持っていないわたしには関係ない。ふたつ目は「千円以上買い物すると50円引きにします」という。まあ千円ピタリぐらいの買い物だったら5パーセントの割引と考えられるが、そもそもが「高級スーパー」的性格の店で何でも普通より高価格なわけだから、このスーパーで千円以上買い物するということがあまり考えられない。そしてもう一種類、「何か一品に限り10パーセント引きします」というもの。これは、どこで買っても同じような高額なモノであれば意外と「お得」かもしれない。高いものであれば高いほど得だ。
 って、そう考えてしまう時点でまんまと店の魂胆に乗せられてしまっているわけだけれども、「例えば他の店とあまり価格の変わらない<酒>などならいいんじゃないか」と思うわけだ。ただ、たいていのスーパーはそういう酒類は割引の対象にしないことが多い。それでもらった「割引カード」をよく見るのだが、「ギフト商品」とかには使えないと書いてあるけれども、<酒類>は割引対象外とは書いていない。「買ってやろうかな」と思って、それでもけっきょくレジに持って行ったら「酒類は割引いたしません」とか言われてもガックリなので、昨日店の人に「この割引カードって、酒類でもいいんですか?」と確かめてある。OKである。
 それで今日、仕事の帰りに「買ってやろう」と、そんじょそこらではあまり目にしたことのない銘柄のアイリッシュ・ウィスキー(そんなにおどろくほど高くはない)を選び、買って帰った。
 帰宅して、「これって普通はどのくらいで売られているんだろう」と、Amazonで検索してみたら、10パーセント引かれたあとの価格でもAmazonよりちょっと高い価格ではあった。あらあら、残念。でもまあ、ふだんは店頭で見かけないウィスキーだから「いいや」ということにした。今は他のウィスキーの在庫があるから、飲むのはもうちょっと先。というか、今日も買い物のあとに使ったのと同じ割引カードをもらってしまった。こういうのに乗せられてしまうのだよな、わたしは。

 昨日寒かったので今日は新しいパーカーを着て仕事に出ようと思ったのだけれども、その前にケータイで天気予報を見てみるとけっこう暖かくなるようなので、いつものジャケットで出かけた。早朝に家を出るときにはちょっと寒いのだけれども。
 それがじっさい、帰るときにはかなり暖かくなってしまい、服装的には正解だったかと。
 自宅駅を降りていつもの「野良ネコ通り」に差し掛かったところで、「ヒゲ殿下」がひなたぼっこをしているのを見かけた。へばっている。やっぱりネコに出会うとうれしいものだな。

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 帰宅してテレビをみると、相変わらずCOVID-19新規感染者は数が多く、特に大阪、北海道、そして東京の感染者数が多い。さらに「重症患者」の数が増加しつづけていることが心配事項。
 今日はスカ首相が記者団の前でまたメッセージを一方的に語り、「この3週間が極めて重要な時期だ。皆さんと一緒になって、感染拡大を何としても乗り越えていきたい」と言うのであった。記者からは「Go To トラベルはどうするんですか?」との問いかけがあったが、もちろん無視して消えて行ってしまった。
 スカは「皆さんと一緒になって」などと言うが、こんなときに政府が国民をリードせずに、「政府も国民と一緒」などというのはふざけた言い草というか、責任逃れでしかない。だいたい「Go To トラベル」はそのまま放置して「経済回復のために国民の皆さんは旅行しまくって下さい」とやりながら、「感染拡大を乗り越えましょう」なんて語るのはナンセンスだ。人が移動すれば人と共にウィルス菌も動き回るのはわかりきったことであり、「ここは不要不急に動き回るのはやめましょう」イコールつまりは「Go To トラベルはやめるべきですね」というのが、医療関係者ではないわたしなどでも考えることである。
 スカ首相が「Go To トラベル」を一時にせよ中止せず、なお「感染拡大を乗り越えたい」と語るのは、これでもし感染が拡大しても、「オレは<皆さんと一緒に乗り越えたい>と言ったもんね」ということで、感染を拡大させた「国民」の責任だね、とでもやりたいのだろう。スカ首相に日本は壊される。

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 今日の夕食にはまたポテサラをつくった。ちょっとニンジンを入れすぎてしまったが、味はだいたいOK。それプラス、ちゃっちゃっと「焼きナス」をやった。「焼きナス」はかんたんでいいなあ。

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 食事のあと、「GYAO!」の映画無料配信で「今だからこそ!」の『アウトブレイク』を観た。「いやはやいやはや」という映画だったが、けっこう楽しんだのだった。
 

2020-11-25(Wed)

 先日ネットで、金井美恵子の『重箱の隅から』というコラムを通読して面白かったので、「そういえば金井美恵子には『重箱のすみ』という本もあったな」と思い出し、先週注文してあったのが届いていた。短かいエッセイ、コラムがい~っぱい掲載されていて、楽しみにして昨日から通勤電車で読みはじめた。
 ところが、これがいっこうに面白くない。今の「COVID-19禍」の世界からみると、この1990年代後期の世の中が太平にみえてしまうからかとも思ったけれども、どうもそもそも金井美恵子の文章がキレが悪いというか、このあとの『目白雑録』の過激さ、毒舌がない。まあいろいろな媒体に書いた文章の寄せ集めで、そういう媒体ではあまり「口の悪いこと」も書けなかったということもあるのだろう。それにしても、近所のスーパーマーケットへの買い物を書いた小文で、そのスーパーに並べられている品物を入り口のところからずらずらと二十も三十も書いていくのは、「それは原稿の文字数稼ぎだろう?」みたいな感じで(いや、まさに「重箱のすみをつつく」文章なのかもしれない)、面白くもなんともない。「これは(悪いけれども)読むに堪えられないや」と(金井美恵子のファンなのに)思ってしまい、この本はもう今日で読むのをやめることにした。
 やはりナボコフがいい。明日からはナボコフの『透明な対象』を読むことにしようと決めた。

 それで今日は、(金井美恵子の本の影響で?)わたしも仕事の帰りにスーパーマーケットに寄り道して買い物することにした。北の方にある、ウチからいちばん遠いところにあるスーパーは、ウチから歩いても20分ぐらいかかるし、このところすっかり足が遠のいてしまっているのだけれども、安いものは安いスーパーなのだ。
 帰るとき、自宅駅から普段は歩かない北へ北へという道を行けば、きっとそのさいはてのスーパーに行けるのではないかと思って歩いた。特にマップを見て経路をたしかめたわけではないので不安もあったが、今まで歩いたことのない道を歩くというのは、(たとえ道に迷ってしまっても)楽しいものではある。道沿いにバラの花も咲いているではないか。

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 しばらく歩いて、ちょっとばかし不安にもなりはじめたころ、思いがけずも目的地のスーパーのすぐ横にたどり着いていた。「おおっ!」と声を出しそうになってしまった。
 ま、買いたかったのは「食パン」とかぐらいのもので「行かなくっちゃ!」みたいな逼迫したものではなかったのだけれども、こうやって仕事の帰りに歩いて行けることがわかれば、以後の行動が変わってくる。今日は昼飯に急に納豆が食べたくなったので買って帰る。「買い物は仕事の帰りにやろう」ということが定着すると、「今食べたいもの」を買って帰り、すぐに昼食で食べるということができるではないか(いつも仕事の帰りに立ち寄る小さなスーパーは「野菜」がメインなので、「すぐにおかずになる」というものはあまり置かれてないのだ)。
 そのスーパーからウチへの帰路のとちゅうには、いつも買い物するスーパーもあるわけで、そっちにも寄り道。駅から歩く距離はかなりあるけれども、それでもウチからその2軒のスーパーに出かけるよりは、それなりに時間の節約になるのである。

 家にたどり着くと、駅からまっすぐに帰宅するよりも40分ぐらいは余計に時間がかかってしまったけれども、ま、スーパー店内をまわっている時間もあるからこんなものだろう。
 テレビをつけるとちょうど「国会中継」が始まったところで、買って帰ったところの納豆をご飯にぶっかけて昼食にしながら、中継を見る。

 まだ「日本学術会議」の問題だって片付いたわけではないのだけれども、今日のメインテーマは、安倍元首相の「桜を見る会」前夜祭の会計処理の問題である。東京地検特捜部の調べで、安倍元首相が当時の国会で「ウソ」の答弁をしていたことが明白になり、そのとき官房長官だった今の菅首相も、アベッチといっしょになってアベッチをフォローする「ウソ」をついていたわけだから、質問する立憲民主党の議員はそのことを追及するのだ。
 ところがここでまたスガッチは、「針飛びして同じところをリピートするレコード」みたいに、「現在捜査中のことであり、答弁は差し控えさせていただきます」ということばを繰り返すのである。しかも立憲民主党の議員が質問中にも、スガッチの秘書官だか政務次官だかがスガッチのところに話しかけに行ったりメモを渡そうと繰り返したらしく(テレビの映像では映らない)、立憲民主党の議員は「(秘書官だとかに)あなたは出て来ないで下さい」と怒るのである。

 この国会でスガ首相は何度も何度も何度も「答弁を差し控えさせていただく」ということばを繰り返すばかりだ。Wikipediaで「国会」を検索すると、以下のように書かれている。

日本国憲法において、国会は「国権の最高機関」であって、「国の唯一の立法機関」と位置づけられている(憲法41条)。また、「国民の代表機関」としての性格も有する。

 そんな、「国民の代表機関」としての「国会」の審議の場で、「日本の内閣の首長」である「総理大臣」が、何も答弁できないということがいかに異常なことであることか。前総理大臣の安倍晋三は「呼吸するように嘘をつく」人物だったが、現総理大臣の菅義偉は、「呼吸できないぐらいに何も答弁できない」のである。これが民主主義国家としていかに<異常>なことであることか。ただ呆れていては、わたしたちの生活が壊されてしまうのである。

 もうひとつ、スガ首相お得意の「針飛びして同じところをリピートするレコード」に、「世界がコロナウィルスに打ち勝った証として東京オリンピックを開催する」というのがあるのだけれども、このセリフは今日も午前中に語っていたらしい。それで面白いのは、先週末から<唐突に>政府が「Go To キャンペーン」の大幅な見直しを始めたというのは、実は誰かが(誰かはわからないが)「今のままではオリンピックの開催はできなくなりますよ」と注進したせいなのだということだ。
 つまり、今のスガ内閣にとって、「来年オリンピック・パラリンピックを開催する」というのは「至上目的」なのだということ。そもそも「Go To キャンペーン」というのはオリパラ開催時に来日観光客を「動かす」というシュミレーション的性格もあり、あえて今、旅行業界や飲食業界の立ち直りを期待するのもそのあたりに理由があるのだろう。ところが、良かれと思って実行させた「Go To キャンペーン」がCOVID-19ウィルスを日本中にばら撒くことにはたらいてしまった。
 なんかもう、今の日本は「来年オリパラを開催した~い!」という一部連中の<妄想>で壊れようとしているみたいだ。

 さて今夕の夕食は、先日買ってある「厚揚げ」の残りと、いっぱいあるトマトとを使って、「トマトと厚揚げのオイスターソース炒め」というのをやってみた。国籍不明料理だが、出来てみるとトマトの酸っぱさが効いて「イタリアン」風な、「中華」風な(ちょっと「酢豚」風な味?)、いい味に仕上がった(と思う)。

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『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016) ケン・ローチ:監督

わたしは、ダニエル・ブレイク [DVD]

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 ケン・ローチ監督の演出は、ある意味でオーソドックスだと思う。一方に役所仕事の「非人間性」があり、その一方で主人公のダニエル・ブレイクの周囲の人々のヒューマニスティックな結びつきが描かれる。この役所の非人間性がリアルだからこそこの作品は評価されたわけだろうし、このような役所の対応はわたしだって、この日本で似たようなことがあるだろうと言い切ることもできる。

 ダニエルは心臓疾患で倒れて、それまでの大工職をつづけることができなくなる。それで役所に行き失業給付を受けようとするが、「労働可能」と判断され、まずは求職しなさいと申し渡される。しかし、医師の方は「あなたは働けない」と言ってる。
 ひとつにはダニエルはPC操作に慣れていなくて、手続きをすることができない。履歴書を書くのも「手書き」なのだ(まあ日本ならあたりまえだろうが)。
 そんな手続きで役所に通いながら、面会時間に遅れたために追い出されそうになるシングルマザーのケイティと出会い、彼女のために尽力することになる。
 ダニエルは履歴書を「求職活動」としていろいろな企業に持って行くのだけれども、そんな中である会社から「あなたの経歴なら雇いたい」と連絡を受ける。しかし、ダニエルは「求職活動」をしているという実績をつくるための行動であり、じっさいには働くことは医師から止められているのだ。「働けない」と答えると、「おまえはふざけているのか!」と言われもする。
 ケイティは生活に困り、ついにスーパーで万引きをしてしまうが、警備員の好意で見逃してもらう。しかし、その警備員はケイティに連絡し、売春に誘う。そのことを知ったダニエルは怒るが。
 さいごに、ダニエルに支援手当を受けるチャンスがやってくるが‥‥。

 ‥‥この映画の訴えることはわかるのだが、例えば先週、この日本で、ホームレスの女性が夜中にバス停のベンチで休んでいたところを(横になれないベンチで、無理して座った姿勢で寝ていたらしいが)、どうも普段からその女性がその場所にいることを不快に思っていたらしい男性に、石を入れた袋で殴られて死亡する事件があった。しばらく前には、若い男らの集団が川辺で暮らすホームレスの男の人を襲って撲殺する事件もあった(そのホームレスの男性は地域の野良ネコのめんどうもみていたという)。
 この映画でダニエルは「わたしはダニエル・ブレイク」として、行政の理不尽さを抗議する落書きをし、それは見ている市民の喝采を浴びるのだが、つまり、そういうことはもはや、この日本では起こりえない。
 今の日本は、この映画で描かれたイギリスの情況よりもはるかに、「役所の対応」を越えたところで、「非人間的」なことになっている。それは、この『わたしは、ダニエル・ブレイク』ではダニエルに味方したような、いわゆる「市民」といえるような連中が、つまりは今の日本にはびこる「自助」、「自己責任」の精神のもと、自分を救えなくなった人々を排除しているということなのだ。この映画の描く「<公助>のシステムに理不尽なところがある>」以前に、「<公助>などあてにするな!」というのが今の日本なのである。
 つまり、ケン・ローチ監督がこの作品で描いたよりもはるかにはるかにはるかに、今の日本という国は「ヤバい」情況になっているということなのだ。そういう意識を抜きにして今、日本人はこの映画を観ることは出来ないだろうと思う。どうだろう?