ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2026-08-08(Sat)

 今日は土曜日で、朝はFМ、ピーター・バラカン氏の『ウイークエンドサンシャイン』を聴くことから始まる。この日は50年前、「1976年」の特集で、前半は1976年のヒット曲が次々にオンエアされた。そんな中で「やっぱりこの曲だよな」とわたしが思ったのは、Eaglesの「Hotel Carifornia」ではあったことよ。ほんとうはこの曲がリリースされたのは1976年も押し迫った「暮れ」になってからで、ヒットしたのは1977年のことだったというけれども、まあいいじゃないの。
 別にレコードを買ったりしたことがあるわけではないが、やはり今でも、この曲のラストの(フェイドアウトして行く)ツインギターを聴くと、胸が熱くなってしまう。そして、おそらくは何十万回も引用されたであろう歌詞の一節には、今でもシビれてしまうのだ。わたしもここに引用しておこう。

So I called up the Captain "Please bring me my wine"
He said, "We haven't had that Spirit here since 1969"

 はは、今は「ホテル・アメリカ」で「オレのワインをくれ!」というと、「今はダイエット・コークしか置いてないんでね~」って言われちゃうだろう。
 ちなみに、この年はまだ若かったわたしには「これという一枚のなかった年」で、好きなRichard & Linda Thompsonの「Pour Down Like Silver」も前の年だったしなあ。今となってはSteely Danの「The Royal Scam」の年かな、とは思うけれども。もうちょっと経てばPunk~New Waveの時代になり、わたしも「生命」を取り戻すのだが(今日も、Sex Pistolsはかかったけれども)。

 さて、「1969年からウチにはスピリッツはねえんでね」などというと、トマス・ピンチョンっぽいところもあるんだけれども、そのピンチョンの、注文してあった『ヴァインランド』が、予想よりも早くに届いた。

     

 さっそく読みはじめたのだが、たしかに今までに読んだピンチョンの作品のなかでは、いちばん読みやすい気がする。「フッフッフ」とか思いながら、この日一気に50ページ以上読んだ。これはわたし的にはなかなかのペースだ。
 いちおう先に観たポール・トーマス・アンダーソンの『ワン・バトル・アフター・アナザー』の元ネタなわけだけれども、読みはじめてしばらくは「どこが元ネタ?」とはわからなかった(み~んな名前も違うし)。ここまで読んだ感じでは、わたし的には主人公はホアキン・フェニックスのイメージの方がお似合いか(これは『インヒアレント・ヴァイス』を観た影響だろう)。

 この日の昼は、Amazon PrimeでМLBの中継、ダイヤモンド・バックスvs.ドジャースのゲームを見たのだった。いま現在ずっと連敗中のドジャースの先発は佐々木朗希なので、佐々木ファンのわたしはテレビの前で「がんばれよ~!」と応援するのだった。この日の佐々木投手は早い回にホームランに長打を浴びて2点を失ってしまったが、そのまま崩れることもない好投をみせてくれた。特に6回の「三者凡退」はGood!だった。
 けっきょく、終盤に「勝てるのか?」と思わせたドジャースは、抑えのエドウィン・ディアスの不調(乱調)でサヨナラ・ホームランをくらってまた負けてしまったが、佐々木投手に関していえば「良かったよ」というゲームだっただろうか。来週、がんばってちょうだい!

 さてこの日8月8日は、世界的には「ネコの日」なのだった。日本では「ニャンニャンニャン」で2月22日が「ネコの日」なのだけれども、海外のネコは「ニャンニャン」とは啼かないので、世界的にはこの日が「ネコの日」なのだ。
 わたしもニェネントくんに何かやってあげようと思ったのだけれども、けっきょく何も特別なことはしまいままにこの日は終わってしまった。でも先日、前からある「ネコトンネル」にプラスして、ちょっと長くってクネクネ曲がっていて、色彩もカラフルな新しい「ネコトンネル」を買ったのだけれども、ニェネントくんはその新しい「ネコトンネル」がけっこう気に入ったみたいで、前の「ネコトンネル」のように、わたしが和室に入って行くときにその「ネコトンネル」の中にもぐり込んで、わたしと「かくれんぼ」をやってくれるのだった。
 

2026-08-06(Thu)

 読んでいたシャーリイ・ジャクスンの『鳥の巣』を読み終えたもので、「次は何を読もうかな」ということになった。ほんとうはあと3~4冊あるシャーリイ・ジャクスンの本を連続して読もうと考えていたのだけれども、今までに読んだ『絞首人』も『鳥の巣』もちょっとニューロティックで、心的な健康にはあんまりよろしくないのだ。まあそういう本を楽しんで読めるときもあるけれども、今はちがうな。
 ウチの本棚にはまだまた未読の本やもう内容をこれっぽっちも思い出せない本がいっぱいあって、そんな中から選ぼうかと思い、じっさいに何冊か手に取って冒頭から読みはじめたりもしたのだけれども、どうもどの本もフィットしないのだった。
 そんなものでAmazonのページを開いてみると、トマス・ピンチョンの『ヴァインランド』がマーケットプレイスでなんと1800円ぐらいで出ていたのだった(送料がかかるので2150円ぐらいになるが)。
 ピンチョンの作品でわたしが持っていないのはその『ヴァインランド』と『逆光』だけで、(映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』を観たもので)次は『ヴァインランド』を読みたいなあと考えていた。でも今はピンチョンの本は中古でもなかなか安くならなくって、いつみても4000円以上もするもので「高いよなあ」とは思っていたのだった。それがその半額で買える。本の状態も「非常に良い」とのことだったので、即ポチッてしまった。ちなみに買ったのは新潮社の「トマス・ピンチョン全小説」版ではなく、河出書房新社の「池澤夏樹個人編集」の「世界文学全集」の一冊。
 やったあ! まさに今読みたい本が買えた! これで2026年の夏も乗り切れるぞ!という感じである。うれしい。

 さて、この日はまた病院通いの日。近所の内科クリニックへ、月に一度の通院日である。この日は「ちょっと早めに行こう」と、8時半ぐらいに家を出た。まだ午前中も早い時間で、そこまで暑くはない。青空も拡がっていたが、空にかぶさる白い雲は、立体感のある「真夏の雲」だった。

     

 クリニックに着いてみると時間がちょっと早かったのだが、まだ開いていないクリニックの前にはすでに20人ぐらいの人が並んでいて、おどろいた。
 「待ち時間に何か読む本を」と思って、手近にあった『100分de名著・薔薇の名前』という小冊子をバッグに入れて出かけたのだったが、待ち時間の長くなったこの日、待っているあいだにだいたい読み終えてしまった。いやあ持って来てよかった。わたしは「読むモノがないと死んでしまう」病なのだから。
 2時間近く順番を待って、ようやっと医師の問診も終わって会計のとき、なじみの受け付けの人に「今日はすっごく混んでるね」と話したら、夏休みが近いからということだった。
 わたしは来週もういちど、このクリニックに「健康診断」で来なくってはならないけれども(以前は普段の診断と健康診断とは同じ日に受けることができたけれども、今は別の日でなくっちゃならないのだ。わたしはそのこともこの日の混雑の原因のひとつではないかと思ったのだが)。

 さて、この日は広島に原子爆弾が投下されてから81年になる日。広島市の「平和記念公園」で平和祈念式典が開かれた。去年広島県知事に就任された横田知事が「あいさつ」を述べられたのをあとで読んだりしたが、「世界の核抑止政策からの脱却」を訴える、今の国際情勢の中で心に響くトークだったと思う。

 その「被爆国」である日本でも、ネトウヨらの「日本も核装備すべき」との声もあり、「核廃絶論」を「お花畑」などと嘲笑する空気が拡がっている。
 しかし、(わたしは前にも書いているが)「平和」というものはそもそもが「お花畑」を目指すものではないだろうか、とは思うし、その「平和実現」のために「武力」が必要だというのであれば、それは今アメリカのトランプが繰り広げている「力による平和」というものであろう。「平和」への道は、「武器を捨てる」ことから始まるのだ。「お花畑」、どこが悪いというのだ?

 日本には「非核三原則」というものがあり、それはけっきょくアメリカの「核の傘」の下にあるということではないか、という声もあるが、今はとりあえずは、その「非核三原則」を堅持することは重要だろう。
 この日は高市首相も式典の席上に立ち、式典後の記者会見でも「政府として非核三原則を政策上の方針として堅持している」と語ったが、つづけて「安保3文書の改定は年末に向けて検討を進めているが、その書きぶりについては予断をするということは差し控える」とも語り、それって「非核三原則」を改定するってこと?って思わせるような発言ぶりではあった。
 ま、いろいろとヤバいことがつづいて「支持率」が急降下している高市政権だけれども、これで支持率が持ち直し「安定長期政権」などになってしまったら、どんなことをやらかしはじめるかわからない。早めに退陣していただきたいものである。

 昼のテレビでは、「朝ドラ再放送」枠で、先週までの『マッサン』が終わり、今週から2017年の『ひよっこ』の放送が始まっている。『マッサン』は肝心の「国産ウィスキーを造る」ということが、最終週に「ついに造ったのだ」みたいなナレーションだけで片付けられてしまい、「それでいいのかよ」と白けてしまった。エリーの最期も「手紙」とか「回想」とかばかりで、あんまし感動しなかった。
 『ひよっこ』は昭和39年(1964年)の北茨城の農家家族の話だが、ナレーションとかでの「おはなし」の説明が丁寧で、いい感じ。登場人物らは皆、「だってわたしらは善人だから」というオーラを、全身から発散している。朝の、高校の同級生3人だけしか乗っていないような乗り合いバスがいい。そして、夜中に東京に電話をかけるとき、電話のある家まで田んぼを懐中電灯を持って駆けて行く。その夜のシーンのロケ、アップになるまでずっとワンカットで登場人物を追うカメラがいいのだ。こういう演出ならどんな展開になってもかまわない感じ。
 

『鳥の巣』(1954) シャーリイ・ジャクスン:著 北川依子:訳

 主人公のエリザベス・リッチモンドは25歳。市の博物館の事務職に就いていて、母親は数年前に亡くなり、そのあとは叔母のモーゲンとふたりで暮らしている。友だちも恋人もないのだが、叔母のモーゲンの催したパーティーの席で唐突に卑猥な言葉を叫び、以後精神科医のライト医師の診察(問診)を受けることになる。
 ライト医師はエリザベスのなかにベス、ベッツィ、そしてベティと彼が名付けた別人格が同居していることを知る。いわゆる「多重人格」である。
 この小説は、ライト医師と彼女との問診の記録、そしてニューヨークへと出奔してしまう彼女の体験、モーゲン叔母とのやりとりとを描くことになる。

 この原作は1957年にヒューゴー・ハース監督によって『LIZZIE』として映画化され、ヒロインはエレノア・パーカーが演じた。このあとにハリウッドではジョアン・ウッドワード主演で『イブの三つの顔』が公開され、このあたりが以後の「多重人格モノ」映画の先駆となった(広く捉えれば、ヒッチコックの『サイコ』(1960)もこの中に含まれることだろうが、The Whoの「Quadrophenia(四重人格)」は無関係だろう)。

 前に読んだシャーリイ・ジャクスンの前作『絞首人』も、後半に登場する「トニー」という人格はヒロインの分身と考えられ、そういう意味で、『絞首人』から引き継いだところが大きいと考えられるだろう。
 ただ、この作品では、特にライト医師と対峙するヒロインがひんぱんに人格が入れ替わるわけで、そういうところでは「四人の人格」とライト医師との対話、という色彩が強い(後半のモーゲン叔母との場面も同じく)。これは、それぞれの「人格」が何を話そうとしているのか、ということを読み取らないとならないわけで、非常にめんどうくさい。いわば「心理小説」か、というところなのだが、ここでまず、ヒロインに対峙するライト医師の判断が「それで正しいのか?」という疑念を抱かせるものだ。ヒロインのなかの「ある人格」に対してあからさまに「嫌いだ」と考えることに、医師としての「公平性」とでもいうものが失せているわけで、「それでいいのか?」と、精神医学に無知なわたしなどは思ってしまう。そしてモーゲン叔母にしても「この人、アル中?」みたいなところもあるわけだし、彼女の妹だった死せるヒロインの母に想うところはいろいろあるだろうが、やはりわからないところがある。

 この小説の「白眉」は、やはりヒロインがひとりでニューヨークへ行ってしまい、そこで出会った人々に自分の「幻想」を思いっきりぶっつけてしまうあたりで、この章のリアリティは読んでいて恐ろしいところがある。

 実はヒロインの死せる母はアル中の奔放な女性だったらしく、当時の恋人(?)の「ロビン」という存在がヒロインにとっても重要な意味を持っているようなのだが、読み終えたあとにネットで検索したなかに、「ヒロインはそのロビンに<性的暴行>を受けていた可能性がある」というのを読んで、「あ、な~るほど」と腑に落ちるところがあった。
 前作『絞首人』でも、ヒロインは父の催した野外パーティーで性的暴行を受けたことがほのめかされていて、そのことが以後のヒロインの行動に大きな影響を与えていたと思われるのだけれども、この『鳥の巣』でも、ヒロインの「分裂」の要因にそういう「性的PTSD」があった、ということなのだろうか。
 「書かれていないことを読むこと」というのが、このシャーリイ・ジャクスンの作品を読む「キー」なのだろうか(まあ、人の書いたことでようやくそのことに気がつく自分も情けないが)。
 

2026-08-05(Wed)

 新しく出来たスーパーの特売品のチラシが、郵便受けに投げ込まれるようになっている。「どれどれ、何かお得な特売品はあるかな?」と、この日も投げ込まれたチラシを眺めてみると、この日は「コシヒカリ」5キロが2290円(税抜き)だというので、「それはやっぱり安いだろう。買いに行こうか」と思うのだった。あと、たまごが199円(税抜き)。これはいつも買い物に行く北のスーパーと同じ値段なのだけれども、北のスーパーのたまごはパッケージにも「小」と書いてあって、つまり小さいのだ。こちらのスーパーのたまごは普通の大きさ。ちょっと今日は、その「コシヒカリ」とたまごとを買いに新しいスーパーまで出かけてみよう。

 この日は晴天だったけれども、気温は30℃までは上がらなかったようだ。外を歩いてもそこまでに汗ばまず、途中の神社のところではセミの鳴き声が響いていたけれども、そんなセミの鳴き声も暑苦しくはなく、快適に聴こえるのだった。

     

 ちょっと気になって、いつもの北のスーパーへ行くのと、新しい西のスーパーへ行くのと比べると距離的にどのくらい違うだろうと歩数計で計ってみたのだけれども、ウチから北のスーパーまでは往復で3800歩ぐらいで、新しい西のスーパーまでは3200歩。そりゃあ完全に新しいスーパーの方が近いね~、ということだった。
 これで価格的にも新しいスーパーの方が全般に安ければ、もう新しいスーパーばかりに買い物に行くわけだが、これは圧倒的に何でも、古い北のスーパーの方が安いのだ。この日おコメが安かったというのは、けっこう例外的な出来事ではあったのだった。あとで調べてみると、この日北のスーパーでは「コシヒカリ」5キロで2399円(税抜き)で特売されていたようだった。うん、ちょっとだけ西のスーパーの方が安かったね!どっちも相当安いけれども。

 その「コシヒカリ」とたまごを買って帰り、この日の夕食には久々にお手製の「麻婆豆腐」をつくるのだった(いわゆる「麻婆豆腐の素」みたいなものは一切使わず、お皿いっぱいつくっても原価は100円ぐらいのものである)。今回は、ひょっとしたら先日買った「ハリッサ」の味が麻婆豆腐に合うのではないかと、いつもの豆板醤にプラスして「ハリッサ」をスプーン1杯分足してみたのだけれども、これがバッチリいい味で、もうわたしゃ「ハリッサ麻婆豆腐の店」を開店しようかね、などと思ってしまうほどに美味だった(いやマジで)。すばらしい(まだ2~3食分は残ってる)。

 さて、おとといには高市首相が地震被災地の熊本を訪れたらしいのだが、このことがまたネット上で炎上している。
 その「被災地視察」の一部始終を首相官邸サイトで公開しているわけだが、まずはピアノによるBGМを入れての演出が「プロモーション」ではないかという批判があるし、現地で面会した熊本の被災者代表が「避難所に不満はありません」「いたれりつくせりです」「日本人で良かった」などと語られたということで、にゃんとこの方は熊本の自民党議員の後援会の方だったということが判明、「なんやそれ」となっている。ネットにも書かれていたが、これでは北朝鮮での災害のあとに災害地を訪れる金正恩みたいなものというか、いやいや逆に金正恩の方が人間味があるぜ、などと言われておるのだ。
 熊本へ向かうヘリコプターの窓から両手を合わせて祈っているかのような高市首相の画像も見たが、これこそまさに「上から目線」というものだろう。
 こういう映像を撮ったヤツら、そして被災地視察に「誰を招くのか」というセッティングをやったヤツらとか、どういう神経をしていることやら。
 高市氏が「庶民に目を向けない」人間で、そのフリさえも演じられない人間だとしたら、「ここで高市氏のイメージアップを図ろう」としたスタッフは何をやればいいのか、おのずから答えは出てくることだろう。そのことをスタッフは出来なかったし、当の高市氏もまるで神経を配っていない。
 これが先日までの国会で繰り広げられた「国旗損壊罪法」「皇室典範改正」「副首都構想」の背景だというわけで、そこにはわたしたち国民の切実な願いなどというものは「カケラ」も反映されていない。先日唐突に高市首相が「食品消費税を2年間1パーセントに」と打ち出したということも、高市氏の中では「支持率回復」という目論見あってのことで、高市首相が「2年後にはわたしが責任を持って確実に<元の税率(8パーセント)>に戻す」と力を込めて語ったのも、聞いている方の感覚としては「元に戻す方が重要なのかよ?」って感じである。そんなことに責任を持ってもらわなくってもいいのだ。

 とにかくは、アメリカのトランプ大統領が「歴史上最低・最悪」の大統領であるように、日本の高市首相もまた、「歴史上最低・最悪」の総理大臣ではあるだろう。一刻も早く辞めていただきたいものである。
 

2026-08-04(Tue)

 先月28日の「熊本地震」では、大きな被害も出て建物の崩壊や死傷者も出たようだけれども、「日本製紙」での煙突の崩壊で9人の方々の死者が出て、「イオンモール熊本」では地震後に強烈なガス爆発が起き、その時点ではお客さんらの避難は終わっていたのだが、「店の安全確認」のために店内に戻っていた店員さんら7名が亡くなられた。皆いちどはモール外に脱出されたあとの罹災というのが、言いようもなく悲しい。

 きのうのわたしは、三ヶ月に一度の「側頭葉てんかん」の問診のために、国分寺のクリニックへと「小旅行」をした。朝の8時前に家を出る前に、ニェネントくんに「お留守番お願いね」と「ちゅ~る」を出してあげ、スマホでこの日の天候をチェックした。雨の心配はないようだったが、気温は27℃ぐらいにしかならないだろうという予報。
 で、いちおうTシャツ1枚で家を出たのだけれども、時間が早いこともあって涼しい!「これは快適だ」と思ったのだが、駅に着いて電車に乗ってみると、冷房がガンガンに効いていて肌寒いのだった。「しまった、上にシャツ1枚でも羽織ってくればよかったな」と反省したのだが、このままでは風邪ひくんじゃないかと思うぐらいに冷えてしまった。
 電車はいつものように「武蔵野線」に乗り換えて、すぐに優先席にすわれたので、「あとは本でも読んでいればいいや」と思っていたのだが、途中の駅でわたしの斜め前に赤い「ヘルプマーク」をつけた方が乗っていらっしたので、その方に席を譲るのだった。う~ん、わたしのとなりにすわってスマホをみている若いお兄ちゃんに「あんたが席譲れよ」とか思わないでもなかったが、「ヘルプマーク」を先に目にしたわたしの負けであろう。

 国分寺のクリニック到着。少し雨も降っているようで、やはり夏とは思えない気候だった。クリニックでは、この三ヶ月間の身体の異常などを医師に話す。話していても自分でも「ちょっとヤバいなあ」とか思う。次回は血液検査とかをやることになった。
 今は先日書いたような「慢性硬膜下血腫」のことが心配なわたしだけれども、頭を強打してから3週間近く経ったこの日になっても、外出して歩いていてもフラつくということもないようで、ひとまずは「安心」してもいいだろうか、とは考えているが。
 帰りは前回の通院のときと同じように御茶ノ水経由で、ウチの東どなりの駅まで乗り越し、銀行に立ち寄ったあと、駅前のショッピングプラザのスーパーに立ち寄って「助六寿司」とかを買って帰宅した。駅からショッピングプラザへの途中にある公園で、セミがかまびすしく鳴いておった。なんか、8月になるととたんに「セミの季節」になったみたいだ。木の幹にとまって鳴いているセミの姿も、写真に撮ることができた。そしてこの日はようやっと、長々と読んでいたシャーリイ・ジャクスンの『鳥の巣』を読み終えたのだった。さて、次は何を読もうか?

     

2026-08-01(Sat)

 8月になった。この日も昼間は暑くって、最高気温は35.5℃までになったようだ。朝の早い時間、まだ涼しい時間に買い物に行きそびれてしまったので、日が暮れて涼しくなってから買い物に行くことにした。
 6時すぎになって家を出たらたしかにけっこう涼しかったし、空が夕焼けで赤く染まってきれいだった。

     

 北のスーパーへと歩いていると、この日はわたしとは逆に、北の方から南へと歩く人が多いのだった。「いつもとちがうなあ」と思って歩いていると、けっこう子供といっしょの家族連れの人たちもいたし、お父さんらしき人は手に丸めた「ござ」らしいものも持っている。
 あ、そうか~。この夜は手賀沼の花火大会の開催日だったのだ。み~んな、花火を見に行くのだ。国道を越えたところにある中華料理屋なんか、店の前のけっこう広い駐車スペースにテーブルと椅子を並べて、この日だけの「オープンテラス」をやっているのだ。もうすでに外の席も半分ぐらい埋まっていて、お客さんも盛り上がっている。うん、たしかにこの場所からなら、国道の向こうは手賀沼までずっと下り坂になっているし、花火はよく見えることだろう。
 すっかり忘れてしまっていたが、花火大会はきっと6時半から始まるはず。う~ん、わたしが買い物から戻らないうちに花火が始まってしまうと、ひとりお留守番をしているニェネントくんは「花火の打ち上げ音」におびえてしまうだろう。まあわたしがニェネントくんといっしょに家にいたからといって、特に「慰め」にはならないのかもしれないが、ニェネントくんも「アイツ(わたしのこと)もいるから、ちょっと安心だな」と思ってくれればいい。

 ちょっと話はそれるけれども、アメリカでは毎年、「独立記念日」の7月4日には大々的に花火大会を各地で開催するらしいのだが、その日に行方不明になってしまうワンちゃんがい~っぱいいるらしい。飼い主は「家族みんなで花火を見に行こう」と、飼い犬も家族だからといっしょに外に連れ出しちゃうわけだけれども、ワンちゃんはいざ花火が打ち上げ始めると、その大音響にパニックになってしまい、駆け出して家族のもとから離れて行ってしまうのだ。ま、もしもワンちゃんだけでなくネコちゃんも連れて行ったりしたら、まちがいなくニャンコちゃんはどこかへ走り去ってしまうことだろう。
 うん、日本でもけっこう、各地の花火大会で行方不明になってしまうワンちゃんがいることだろうな。ネコやイヌにとって、花火の打ち上げ音というのは「空襲」と同じというか、少なくとも「カミナリ」と同様の意味しか持っていない。飼い主が「花火、キレイでしょ」とか言ったって、イヌもネコも「花火」なんて楽しんで見ることなどないのだ。

 買い物を早めにすませ、ちょっと早足で帰路に着いたのだけれども、残念!間に合わず、国道を越える前にガンガンと花火の打ち上げが始まってしまった。わたしがいつも国道を越えるときに渡っている歩道橋の上にも、花火を見ようという人がぎっしりと詰めかけていた。うん、あの歩道橋の上は見晴らしがいいからなあ。けっこういちばんの「花火観覧スポット」なのかもしれない。
 そういう「花火観覧スポット」というのでは、この春に西の駅のそばにオープンしたショッピングセンターのスーパーなんか、売り場は2階にあるのだけれども、エスカレーターで2階に上がると そのJR線側には大きな大きな窓があって、JR線の向こうには木立があるだけで打ち上げられる花火を見るのにじゃまになるものもない。もう絶好の「花火観覧スポット」なわけで、これは前に行ったときに読んだのだったが、今日の「花火大会」の夜は「9時まで」という花火大会の時間に合わせて、9時半まで営業時間を延長するらしいのだ。「商魂」というか、たしかにあそこの2階からの花火の眺めはいいだろうからな。
 そういうのではウチだって、花火の打ち上げ場所からは1キロも離れていなくって、じゃまなマンションとかアパートとかがなければ、「最高の花火観覧スポット」なのだが。まあウチの前の道路に出れば、向かいの家の屋根にほとんど隠されていても、「花火」をちょびっとは見ることはできるのだ。
 ウチのそばでわたしが撮った写真は、まったくの失敗作になってしまった。設定を間違えたのだが、こういう花火があってもいいじゃないか?などと言ってみる。

     

 というわけで、もう花火も真っ盛りになってようやく帰宅。ニェネントくんはおびえてしまって押入れの奥に引きこもってしまったかと思ったが、わたしが帰ると、奥からのこのことわたしのそばに出てきたのだった。
 「びっくりしただろ?」と、「ちゅ~る」を出してあげるとがっつくニェネントくん。そのあいだも外でからはガンガン花火の打ち上げ音が響いてきていたけれども、もうそのくらいの音には慣れちゃったのか、かまわずに「ちゅ~る」をなめていたのだった。
 最近よく襲って来る「カミナリ」の音ほどでもないよな、などとは思ったし、ニェネントくんも「ちゅ~る」を食べたあとはリヴィングにいるわたしの近くで丸くなっていて、押入れに逃げ込む様子もみられなかった。
 わたしも「これが9時までつづくのか」とは思ってうんざりしていたが、8時20分ぐらいの音を最後に、そのあとはぱったり打ち上げ音も聴こえなくなった。予定よりも早めに終わらせたのだろうか。

 今はもう「打ち上げ花火」だけでなく、ドローンを使ったライト・ショーというのも主流になってきているようだ。ま、花火職人の食い扶持ということもあるだろうけれども、そのうちに花火大会もドローンが主流になってしまうのかもしれない。そうなればニェネントくんも怯えることもなくなるだろうけれども、それでは「花火大会」としては寂しいというか物足りないか。
 

2026-07-29(Wed)

 おとといまで10日間この日記を書かなかったが、今までわたしはいちおう20年以上、こうやってネットに日記を毎日書きつづけてきたわけで、そういうところでは「日記を書かない」ということは、自分の「日常」にも影響を与えることだったと思う。
 「ああ、ムリして日記を書くこともないのだ」と考え、いちにちをのんびり過ごすのは、「いい体験」だったといえるだろうか。

 実はずっと体調も良くなかったし、そのせいというか、10日前に室内で強く家具に頭をぶっつけて、出血もしたのだった。
 こういうときにわたし的に心配するのは、「また『慢性硬膜下血腫』になるのではないのか、いや、最悪『急性硬膜下血腫』(鳥山明氏の死因である)の心配もしなければならないのではないか」ということだったわけで、6年前に交通事故に遭い救急搬送され、その3ヶ月後になってその後遺症で「慢性硬膜下血腫」を発症して倒れ、再び救急搬送されてしばらく入院したときの記憶がよみがえるのであった。
 今回はそのあとに急速に「頭が痛い」とか「吐き気がする」とかいうことにはならなかったので、危険な「急性硬膜下血腫」の心配はないだろうと自己診断した。
 しかし、「先に強烈に(出血するぐらいに)頭をぶっつけた」ということがわかっているのだから、まだまだ「慢性硬膜下血腫」の危険性は充分にあるわけだ。
 それからしばらくわたしが考えたのは、「早急に病院で検査を受けるべきだろう」ということ。とにかくはこのまま「放置」して倒れ、前回のように「救急搬送」~「手術(開頭手術)」な~んてことにはなりたくない。

 そういうことでは、ウチの近くには「脳内科」、「脳外科」のある医院に恵まれていて、先日「狭心症」でいちにちだけ入院した医大付属病院、そしてバイクにはねられたとき緊急搬送された市立病院とがある。どちらも、ウチから歩いて行ける距離なのだ。
 実はわたしは以前に一度受診した、医大付属病院の「脳内科」の医師が嫌い(大嫌い)で、出来れば市立病院の方に行きたいところだ。それで電話で聞いて、電話でも診察の予約ができることもわかり、「やはり市立病院の方に行こう」と思っていたのだが、ネットで調べてみると、「慢性硬膜下血腫」というのは頭を強打したあとすぐに検査してわかるものではなく、その「頭部強打」のあと3週間ぐらい経って、じっさいに「フラつく」などの症状が出たあとではないと診察しても無意味というか、つまり病院としては「施しようがない」ということらしい。

 それでは、「しばらくは様子をみることにしますか」ということにして今日まで来たわけだが、今までのところ「歩いていてフラつく」などということにはなっていない。まあ「慢性硬膜下血腫」への危惧は、3週間とかそれ以上の時間が必要だというので、まだわたしは「無罪放免」というわけではない「執行猶予」みたいなものなのだが。

 それで、この10日間ぐらいのあいだに、「FIFA ワールドカップ」もスペインの優勝で終了し、その表彰式でやはりトランプが異様な(狂気の)出しゃばりを見せたりもした。2年後はまだトランプの大統領任期中に「ロス五輪」が開催されるので、彼がまた何かやらかすのかと心配ではある(イランとの和平交渉はやはり難航しており、トランプのような「力による平和」という考え方が通用しないことが明白だ)。
 日本では、大相撲ではけっきょく最終的に三力士による巴戦での「優勝決定戦」になり、安青錦の3度目の優勝ということで終わった。豊昇龍などは十四日目から休場してしまった。何らかの「ケガ」とかがあったにせよ、はっきり言って「なさけない」だろう。安青錦なども、トイレにも行けないぐらいの足のケガをしての「優勝」だったのだから。
 そして突然に(ようやく)高市内閣への支持率が急落し、ネットでの記事、ヤフコメなどにみる「世論」は、一気に「高市批判」へと「取舵いっぱい」切っているみたいになってしまった。
 あたりまえだけれども、世論的には日常の「物価高」への対策もまるでないまま、国民の人気が高い「愛子妃殿下」が天皇になる道をふさぐ「皇室典範改正」などやらかすし、喫緊の課題ではないだろう「国旗損壊罪法」とか成立させることに躍起だったし、「それはちがうんでないの?」と思う人も多いだろうに。こういうことはまだまだ、例えば「副首都構想」とか、書き切れないほどにあるが。
 そして決定的なのが、先日高市氏がSNSに「寝てない」「アイロンがけした」とか書き込んだ件で、これはさすがに今まで高市氏を「日本初の女性首相」だからと応援した層もどっちらけ、引いてしまったのではないだろうか。
 高市氏にいいブレーンがついていないことは前からわかっていたが、今回のことは高市氏もトランプ氏と同等の「裸の王様」であったことがあらわになったのではないだろうか。

 実はきのう夕刻に、熊本で「震度7」という大きな地震が起きたのだけれども、そのことについては今は書かないでおく。
 ウチのあたりでも「地震」などというのではないが、日曜日の日暮れどきに激しい雷雨に襲われた。「ああ、雨が降りはじめたな」と思っているうちに雷鳴が響くようになったが、いちどはそれまでの雷鳴とはまるでちがう、「シャリ!」というような大きな音がウチのすぐそばあたりで響いた。「ああ、雷が落ちたんだな」と思った。
 雷というのは必ずしも高いところに落ちるわけではないらしいが、その雷鳴の方向からも、ウチから北東の国道の方にある、ちょっと背の高いマンションに落ちたのではないかと思った。そのときニェネントくんは和室の押入れの奥に逃げ込んでいて、その落雷でどんだけ怯えていたのかはわからない。
 でも、この週末にはウチのすぐそばで「手賀沼花火大会」が開催されるので、ニェネントくんはまたも怯えなくってはならないことだろう。楽しみにしている方々も多いだろうけれども、ニェネントとわたしとしては、天気が荒れて中止になればいいのだがね。