ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ロリータ』(1962) ウラジーミル・ナボコフ:原作・脚本 スタンリー・キューブリック:監督

ロリータ [DVD]

ロリータ [DVD]

  • 発売日: 2010/04/21
  • メディア: DVD

 脚本はウラジーミル・ナボコフによるものとクレジットされ、じっさいにナボコフは半年間もかけて脚本を書いたというが、そのまま映画化すると7時間になっちゃうよということで「短縮版」に描き直した。この短縮版はのちにアメリカで出版されることになるけれども、キューブリックはそのナボコフの脚本の2割ほどしか使用せず、あとは自分で書いたということである(このことは、次に述べる「規制」に関連しての結果なのかもしれない)。かわいそうなナボコフ
 しかも当時のアメリカ映画協会の自主規制により、とにかく性的行為はもちろん、それを暗示する描写も規制の対象になっていた(男女がベッドで並んで寝るだけでアカンのだ)。おかげでロリータの設定年齢は引き上げられてしまったし、ハンバート・ハンバートとロリータとの関係はなんとも「純愛」風にみえるようになってしまった。キューブリックはのちに、「規制のことを知っていたら『ロリータ』は撮らなかっただろう」と言っていたらしい。
 そういう、ハンバート・ハンバートとロリータとを思ったように描けなかったからか、代わりにクレア・クィルティの出番が多くなり、クレアを演じたピーター・セラーズの「怪演」もあって(彼は原作に出て来ない、クレアの変装した「ゼンプ博士」としても登場する)映画にはコメディ色が強く感じられるようになった。
 キューブリックは俳優・ミュージシャンであったピーター・セラーズのレコードを聴いて彼をクレア・クィルティ役に抜擢し、多くのパートで即興の演技を求めたという。キューブリックはセラーズを気に入り、次作の『博士の異常な愛情』では彼を主役に迎え、しかも三つの役を与えたのだった。この『ロリータ』では、そんな『博士の異常な愛情』へのセラーズの「前哨戦」が観られるだろう。

 ハンバート・ハンバートを演じたのはジェームズ・メイソンで、シャーロットはシェリー・ウィンタース。このあたりのキャストは早くに決まったらしいけれども、ハンバート役にはローレンス・オリヴィエピーター・ユスティノフ、そしてデヴィッド・ニーヴンらの名もあがっていたらしい。むむ、ローレンス・オリヴィエハンバート・ハンバートというのも、ちょっと観てみたかった気がする。
 ロリータ役を決定するのには時間がかかったらしいが、そのときテレビ番組に出演していたスー・リオンキューブリックらスタッフの目にとまり、彼女が抜擢されたという。撮影時に彼女は14歳だったというから、小説のロリータとそんなに歳は変わらない(映画ではそれではヤバいので、ロリータの年齢設定は引き上げられている)。彼女の魅力は公開時に評判になったが、ナボコフはのちに「ロリータを演じるのは『地下鉄のザジ』の子役、カトリーヌ・ドモンジョが良かったんだがな~」などと語ったとか(ナボコフもけっこう映画を観ているからね)。
 余談だけれども、スー・リオンはこの映画撮影時に、プロデューサーに凌辱されたのだという。彼女はのちに、「『ロリータ』からわたしの転落が始まった」と言ったそうだ。ほとんど原作『ロリータ』をなぞるような話だが(あと、彼女はのちに死刑囚と獄中結婚し、芸能界から干されてしまったともいう)、彼女は去年の暮れに亡くなられた。

 さて映画のことだけれども、先に書いたようにセックスを暗示するような場面もセリフもなく、ハンバート・ハンバートがロリータに寄せる思いはほとんど「純愛」という感じで、そこにクィルティこそがそんなハンバートの純愛を邪魔する「悪役」として何度も何度も登場する。それがセラーズの奇怪な演技により、サスペンスといいながらもコメディ色は非常に強くなる。まあこのあたり、映像化不可能なナボコフペダンティックな文章を、ピーター・セラーズの演技(彼の即興を含む)にまかせたという見方もできるかもしれない。
 そもそも原作でも、ラストのハンバートとクィルティとの対峙の場面はスラップスティック・コメディという感じだったのだけれども、映画ではまずそのハンバートがクィルティを追い詰めて撃ち殺すところから始まるわけで(この変更はキューブリックの案だったという)、この映画ではその後の「ハンバートって、別に悪いことしてないんじゃないの?」という流れに、先に「実はハンバートは人を殺すのだ。それはなぜ?」という興味で観客をひっぱることになっただろう。つまりこの映画ではハンバートはロリータを凌辱して抑圧したことで「有罪」なのではなく、「恋敵」としてロリータを奪ったクィルティを殺害したことで「有罪」なのだ、という印象になる。

 原作は第2部の冒頭あたりから、ハンバートとロリータが車でアメリカ中のモーテルを渡り行く、「ロードノヴェル」的なところもあるのだけれども、そのあたりはさっさと端折って(さいしょにホテルに泊まることになったときの、「補助ベッド」をめぐる滑稽な展開はあるが)、すぐにハンバートは学校の教授になってビアズレーの町に定住し、ロリータは町の女学校に通学することになる。そのあとにロリータはクィルティ作・演出の『魅惑の狩人』という演劇に出演して(原作ではその芝居に「出るよ」という話までだったけれども、映画ではそんな舞台の様子もちょっと描かれる)ハンバートの逆鱗に触れ、「もう学校やめる」となって、ここからロリータが入院して消え去るまでちょっとだけ、二人の車での旅が描かれる。しかし、宿泊するのは「モーテル」とかではなくちゃんとした「ホテル」のようだった。そういったホテルの客室での、ブラインド越しの光とかはいい感じだった。

 音楽はネルソン・リドルが担当しているけれども、「主題曲」といっていい「Lolita Ya Ya」は、60年代っぽくって楽しい曲だ。