ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『夜と霧』(1956) アラン・レネ:監督

 第二次世界大戦終了から10年後に製作された、ユダヤ人強制収容所の実態を描く32分の短編ドキュメンタリー。製作は以後もプロデューサーとして長く活躍するアナトール・ドーマン(彼が生まれたのはポーランドのワルシャワだった)で、すでに短編映画では多くの評判を取っていたアラン・レネに監督を依頼する。アラン・レネはこの企画に乗ることに躊躇していたが、強制収容所の生存者であるジャン・ケイヨールが脚本を書く契約を結んだことで、レネも引き受けることになったという。
 音楽はナチスによってその作品の演奏を禁止され、戦争中はアメリカに亡命していたハンス・アイスラーが引き受けることになるが、アイスラーをレネに推薦したのはクリス・マルケルだったという。けっきょく、アイスラーは作品が完成する前、まったく映像を見ることないままに作曲を仕上げたが、その音楽はとても優雅に聴こえる。アイスラーはこの『夜と霧』の音楽を発展させ、独立した管弦楽曲にすることを構想していたが、これは実現しなかった。

 そのような、あまりに大きな悲劇である「アウシュヴィッツ」のような強制収容所を題材に、どのようなドキュメンタリーがつくられたのか。
 やり方として考えられるのは、「過去の写真・映像」をフルに使った、NHKの『映像の世紀 バタフライエフェクト』のようなドキュメンタリーだろう。そこでは「過去に起きた悲劇」を説明するためにナレーションが使われ、「過去の写真・映像」の上にかぶせられるだろう。それはある意味、誰もがつくろうとする「正統」なドキュメンタリーだろう。

 しかしこの『夜と霧』ではまず、映画製作時の「強制収容所跡地」を撮影したカラー映像から始まる。どこにも人の姿はなく、地には雑草が生い茂り、荒涼とした静けさが地を支配している。いまだ鉄条網で囲まれた煉瓦やコンクリートの建物からなる収容所の姿が映される(このカラー映像は全篇にわたって挿入される)。そしてナチスの強制収容所計画当時のモノクロ写真と映像、完成した強制収容所へのユダヤ人連行、収容所での労働と生活、それからヒムラーの収容所訪問、それから虐殺、それ以後の連合軍の侵入の、同じくモノクロ写真と映像へと切り替わっていき、そこにジャン・ケイヨールによるテクストの朗読がかぶさる。

 これらは主にアラン・レネによる編集の仕事によるものだが、現在の強制収容所のカラー映像(たいていはドリー撮影による横移動撮影で、一部収容所内部を撮影した映像もある)は、ギスラン・クロケとサッシャ・ヴィエルニという、のちに多くの名作を撮った二人の撮影監督(今では両者とも「巨匠」と言われるだろう)によって撮られていることに驚く。これもアラン・レネの人脈によるものだろう。
 その「現在」の映像の静けさは、まさにそこで過去に行われた、目をそむけたくなる残虐な映像との明確な対比をなしている。そのことは「今はこんな静かなところなのに」という思いを抱かせられる。

 作品のさいごのナレーションは、この映画製作時の1955年のみならず、まさに今現在この作品を観る人に、「ここには人類の終わりなき叫びがあり、人々はその前で耳を塞ぐだろう」と語っている。
 そのさいごのナレーションが、Wikipediaに引用されていたので、その一部をここにまた引用しておこうと思う。

戦争は眠りにつくが、片目は常に開いたままだ。


草はブロック周囲の点検地で再び生い茂る。


放棄された村、それでもなお危険が漂う重い空気。


焼却炉はもう使われていない。


ナチスの狡猾さは、今日では子供の遊びに過ぎない。


900万人の死者がこの田園地帯を彷徨っている。


この奇妙な監視塔から、新たな処刑者の到来を警告するために見張りをしているのは、私たちの中の誰なのか?


彼らの顔は本当に私たちと違うのだろうか?


どこかで幸運なカポがまだ生き延びている。復職した将校や名もなき密告者もいる。


信じることを拒んだ者や、一瞬だけ信じた者もいる。


私たちは誠実な目でこれらの廃墟を見渡す。まるで古い怪物が瓦礫の下に永遠に押しつぶされたかのように。


私たちは希望を取り戻したふりをする。イメージが過去へと遠のくにつれ、私たちが収容所の災厄から完全に癒されたかのように。


私たちはそれが特定の時と場所で一度だけ起こったかのように装う。


周囲にあるものに目をつぶり、人類の終わりなき叫びに耳を塞ぐ。

 この、終盤の当時の写真、映像にはおびただしい数の屍体が映されており、あまりに無慈悲な扱いを受けている。この部分の映像のせいで、製作者は「この作品を上映することは不可能かも」と考えていたようだ。しかしこの作品は1956年のカンヌ映画祭のコンペティション外で上映され、「ジャン・ヴィゴ賞」を受賞した。

 まさにここには、『映像の世紀 バタフライエフェクト』などとは異なるドキュメンタリーのかたちがあり、それは過去に起きたことを学ぶためのドキュメンタリーではなく、体験して考えるためのドキュメンタリーのかたち、だとは思うのだった。