ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ファミリー・プロット』(1976) アルフレッド・ヒッチコック:監督

 ‥‥ついに、ヒッチコックの最後の作品になってしまった。
 このヒッチコック最後の作品は、ヴィクター・カニングの小説「The Rainbird Pattern」を原作とし、アーネスト・レーマンが脚本を書いた。アーネスト・レーマンは「シリアスで暗いドラマ」にしたがっていたらしいけれども、ヒッチコックは常に「ライトなコメディ」を要求した。
 原作の舞台はイギリスだったけれど、ヒッチコックはこれをアメリカ西海岸の「とある場所」に変更した。

 出演者はバーバラ・ハリス、ブルース・ダーン、カレン・ブラック、ウィリアム・ディヴェインとなったが、映画会社はジャック・ニコルソンライザ・ミネリを提案していた。しかしヒッチコックは「大スターに予算を取られ、高いギャラを払うのはまっぴらだ」と考えるのだったが、彼自身はバート・レイノルズロイ・シャイダーアル・パチーノらの男優、フェイ・ダナウェイゴールディ・ホーンらの女優を考えていたという(やっぱ、「大スター」やんけ!)。シビル・シェパードヒッチコックの作品に出演することを熱望していたらしいが。

 撮影はレナード・J・サウスという人が担当したが、この人のことは調べてもわからない。
 音楽はなんとジョン・ウィリアムズが担当し、これは映画会社の音楽担当重役が『ジョーズ』を観て、彼を推したらしい。

 映画にはブランチ(バーバラ・ハリス)とジョージ(ブルース・ダーン)のカップル、そしてフラン(カレン・ブラック)とアーサー(ウィリアム・ディヴェイン)との2組のカップルが別々に動き出すのだが、どちらのカップルも「堅気」ではない。

 表向きは宝石商を営むアーサーは、フランと組んで身代金誘拐で宝石をせしめることを繰り返しているし、実はかつて自分の義父母を殺害し、焼死にみせかけた過去もある。
 それに比べればブランチとジョージのカップルはチンケというか、ブランチは「偽霊媒師」として演技をし、主に老人らをだましていて、ジョージはその恋人ではあるが、ブランチの仕事を手伝うこともある。

 あるとき、富豪で相続者のない老夫人がブランチのもとを訪れ、むかし私生児としてどこかの家にもらわれて行った自分の妹の子がいて、その子の行方がわかれば全財産を相続させるつもりで、その子の行方を突き止めてくれれば「お礼」に一万ドルを支払うという。
 ジョージがその子を探してみると、それはどうやらアーサーらしいのであった。アーサーは「身辺捜査」されていることがわかり、それは義父母殺害を探っているのだろうと、かつて義父母を殺害したときの仲間のマロニーに、ジョージとブランチの殺害を依頼する。

 何とか危機を脱したブランチとジョージ、まずブランチがアーサー家に行ってみると、アーサーとフランはまた誘拐をしていて身代に宝石を受け取りに行くところだった。
 ブランチがアーサー家に閉じ込められていたところにジョージもやって来て忍び込み、ブランチを助ける。そんなときにアーサーとフランが帰って来て、いいタイミングでジョージは、アーサーらが人質を閉じ込めていた地下の部屋にアーサーとフランを閉じ込めてしまうのであった。
 ジョージに「彼らが獲った宝石はどこにあるのかな?」というとそのときブランチは「トランス状態」に陥り、宝石の在り処を突き止めてしまう。ブランチはまさに「霊媒師」だったのだ。

 たしかにコミカルな要素の大きな作品で、特にブランチとジョージのカップルとは、先日までわたしが観ていた黒沢清監督の『勝手にしやがれ!!』の哀川翔前田耕陽のコンビを彷彿とさせられるような感じ。
 ヒッチコックもこの作品では(多くの作品でその欠点になっていた)「登場人物の二人が恋に落ちてしまう」などという展開をやらずにすんでいるわけだし、ストーリー展開の中に違和感を抱くこともなく見ることは出来た。映画の中でジョージとブランチの乗る車のブレーキが壊されていて、崖っぷちの道を高速危険運転する場面があるけれど、この「危険走行」はヒッチコックお気に入りだったようで、『断崖』でも『泥棒成金』でも『北北西に進路を取れ』でも撮られていたようなシーンだった。

 たしかに「軽く、コミカルな」楽しい作品ではあったし、観終えたあとに「満足感」もあったのだけれども、ヒッチコックが開拓した「映画の新しい表現」を成し得た作品、ではないだろう。
 例えば『めまい』での男の狂った愛の表現、『北北西に進路を取れ』でのスパイ・サスペンス映画の完成形、『サイコ』での異常殺人の描写とずば抜けたカメラワーク、『鳥』での動物を使ったパニック・ディザスターの先駆になったような作品群と比べると、「比較すること自体が問題外」ではないか、とは思ってしまう。

 この映画のラスト、つまりすべてのヒッチコック作品のラストにもなったショットでは、階段に座っていたバーバラ・ハリスが、カメラに向かってウィンクしてみせてくれる。この「観客に向けられた」映像には、「いいなあ」と思わずにはいられなかった。