ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2022-08-25(Thu)

 8月に入ってから体調もよろしくない日がつづき、この日はまた「何もやる気のしない」ダメダメな日っぽかった。コレはあとで書くが、読んでいる本のせいもあるように思った。

 こうやって、特にこのところ「Trouble Comin' Everyday」という感じでもあるのだけれども、この日もそんな「Trouble」が、しっかりわたしのところにやって来た。はっきり書くと、Amazonの注文品の「未配達」事案である。

 ニェネントくんは、成長してからはもうずっと、その食事は朝は固形食(カリカリ)、夕食は「ネコ缶」としているのだが、その固形食もネコ缶もこの数年、ずっと同じものを買いつづけている。固形食はニェネントくんが7歳を越えたころに「シニア用」というものに切り替えようと考え、2~3回スーパーで探して買ったけれど、そのあといろいろ調べて、Amazonで取り扱っている固形食を選び、以来「定期おトク便」というので注文している。放置してあっても自動的に、定期的に送られて来るから便利。今回も、「そろそろなくなって来たなあ」と思っていたら、この日に配達されるという通知が来ていた。
 それが夕方になっても来ないので「遅いなあ」と思っていたが、メールをチェックすると、Amazonからのメールで「午前中に配達した」という知らせが来ていた。来てはいない。

 今はAmazonからの配送は「置き配」がメインで、ただ家の玄関とかドアの前に置いて行ってくれるわけで、わたしが家に不在でもちゃんと届くので便利だと思っていたのだが、もちろん玄関に置かれた配達品が「盗まれる」というリスクはあることだろう。しかし現実的には、「中に何が入っているかわからない」段ボール箱を失敬して行く野郎などというのも考えられない。まあ、ネコの固形食を失敬するヤツもいないだろうし、そういう心配はしていなかったのだが、この日は商品が届いていなかった。
 今までは「置き配」であっても、Amazonの「注文履歴」を見ると「配達完了」の知らせといっしょに必ず、ウチの玄関ドア前に置かれた該当商品段ボール箱の写真が添付されていたわけだ。それが今回はそんな「添付写真」も付いていない。おかしいではないか。

 とにかくは問い合わせなければならないので、「どこへ問い合わせればいいのか」調べると、まずは「配送業者」に問い合わせてくれ、ということだった。今回の場合は「Amazon配送部」だったのだが、そこに問い合わせられるのは、「配送中の商品はいつ頃到着するのか、今どこにあるのか」とかいうような問い合わせらしく、「<配達した>と連絡があったが、届いていない」というような問い合わせのことは書かれていなかった。
 こういうことはAmazonにちょくせつ問い合わせた方がいいだろうと、「電話」よりは「チャット」を選び、連絡をした。Amazonにはわたしの「客情報」もあるから、話は早かった。「じっさいに商品が届いていないかどうか」というような確認などは抜かして、すぐに「返金」か「再発送」かと聞かれ、もちろん「再発送希望」を伝えると、明日には発送してくれるということだった。

 注文した商品が配達されなかったということは「遺憾」なことではあったが、その後の対応はスムースに進んだと思う。まあ余計な時間が取られてしまったが。

 そのことは抜きにして、この日は仕事を終えて帰宅してからもずっと、「な~んもヤル気がしない」のだった。昼食は買ってあった「冷やし中華」の麺をゆでて、何もトッピングとかしないで麺だけの食事。
 夕食には「今日は<ホワイトシチュー>でもつくろうか」と思って、ブロッコリーとかも買って帰宅していたのだけれども、なかなか「さあ、食事の準備をしよう!」という気分にならず、いつまでもデレデレする。しかし、「いい加減がんばって<ホワイトシチュー>をつくろう!」とキッチンに立ち、お米を炊くために研いだり、食材の準備なんかしていると、不思議なことにだんだんに「元気」になって来て、まさに「がんばって」クッキングするのだった。

 残念ながら、出来上がった「鶏肉とブロッコリーのシチュー」の味はわたし的にイマイチだったが、近ごろになく栄養価の高い食事になったかとは思う。

 今日は仕事の帰り、ウチの近くで「アゲハチョウ」が飛んでいるのを見て、ちょびっと羽根がブレたけれども写真が撮れた。今日の一枚はその「アゲハチョウ」

     

 さいしょに書いた「ヤル気が出ない」原因の本のことだが、実は『ポオ小説全集』の第4巻のことで、今ちょうど真ん中あたりまで読んだのだけれども、(こ~んなことを書いてはいけないのだろうが)これほどまでにくだらない本に出会ったという記憶もない。まあ何が「くだらない」と思うか書くと長くなるので、それはこの本自体の「感想」を書くときに含めようと思う。ちょっとだけ書けば、先にネットで詩人のW・B・イエイツがポオのことを「俗悪」と評していることを知り、そのことがわたしの頭の中でこだましているせいかもしれないけれども、「ダメ」なのである。
 「ダメ」なら読まなければいいのだけれども、いちおう(読み始めたらよほどのことがなければ全部読む)というのがわたしのポリシーで、今までに「コレはとても読みつづけられない」と中断したのは1回か2回しかなかったと思う(もちろん、何の本だか記憶してはいないが)。まあココをガマンして読み進めればもうじき、読みたいと思っている『盗まれた手紙』にたどり着くので、今は「忍耐」である。

 このこともまた、「Trouble Comin' Everyday」のひとつではあるのだろう。