ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2020-12-23(Wed)

 夜中に目が覚めた。腹の具合がおかしいというか、下痢気味でもある。思ったのだが、昨日は「おつまみ」に買ったピーナッツをむやみに食べ過ぎた気がする。ピーナッツはとにかく消化が悪く、以前にもやはりこんなことがあったと思う。
 とにかくは起き出してトイレに行き、またベッドに戻って寝ようとするのだが、やはり胃のあたりに痛みがある。ウチにある胃腸薬といえば「正露丸」ぐらいのもので、また起き出して気休めにその「正露丸」を飲んでからまた寝る。そうするとニェネントがベッドに跳び上がってきてわたしの上にあがり、まさに痛みのあるわたしの「胃」の真上で、丸くうずくまるのだった。それはほとんど、「あなた、ココが痛いんでしょう? わたしが治してあげるよね」というような感じだった。

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 わたしは「こんな状態で仕事に行けるかな」とか考えながら、そのうちにニェネントのことも忘れて眠ってしまったのだが、アラームの鳴る4時より前の3時半ぐらいに目が覚めてしまい、そのときには胃の調子も良くなっていたというか、まるで2~3時間前に感じた痛みもなくなっていたし、下痢という症状も消えていた。わたしにはこれが「正露丸」の効果、とも思えない。

 わたしは思うのだが、ネコのニェネントはヒトが感知する以上の能力で、いっしょに暮らすパートナー(わたしのことね!)とかの身体的異変を感じ取ることができるし、ある程度は(可能な範囲内で)その「異変」を自分の力で「治癒」してあげることができるのではないかと思う。わたしはネコには、ニェネントにはそういう力があると思う。こういうことは以前にもあった気がする。
 人間は今では「化学物質」とかそういう「薬品」で身体の不調、異変を治癒することに慣れてしまい、生命そのものの持つ「治癒能力」を忘れてしまったというか失ってしまったのだけれども、ネコには「行きつけの病院、薬局」などないわけで、そういうとき自分の「身体機能」のなかに、「ある程度の病なら自分で治癒するよ」というもをの持っているし、その治癒能力を自分のファミリーにも施してあげられるのではないかと思う。
 言うまでもなくわたしはニェネントの大事なファミリーであろうから、ニェネントはこの夜のわたしを見て、「あら!傷んでるわね~!どれどれ、治してあげましょう」ってやってくれたのだろう。別にわたしはそういう神秘主義におちいってしまったというのではなく、とにかく十年もニェネントといっしょに暮していれば、根拠などなくっても理解できることはある。

 とりあえず今朝は早くに目覚めてしまったこともあり、通勤中にまた胃の調子が悪くなってしまうと「途中下車」という事態も考えられるので、いつもより20分早い電車、つまりこの線の「始発電車」で仕事先に出た。
 前にも幾度もこの「始発電車」には乗ったことがあるが、わたしがいつも乗る「この次の電車」に比べて、けっこう混み合っている。そして、乗り合わせた乗客同士でのコミュニケーションが濃厚。わたしのとなりに座った男性は、スポーツ新聞を見ながら、競馬の予想に余念がない。わたしにはまるでわからない世界だ。「顔見知り」らしいとなりの席の男性と、いろいろとおしゃべりをされている。なんか、わたしとしては「いつもの電車がいいな」とか思ってしまうのだった。

 勤務先での今の懸念事項というと、建物の前の並木からの「落ち葉」の掃除である。これは「ひと仕事」である。今日は同僚皆で「総力戦」での落ち葉掃除をやった。「ふう~、なんとかきれいになったね!」と思っても、1時間もすると頭の上の並木から新しい「落ち葉」が降りそそいで来て、「なんやねん!何にも道路掃除やってないぢゃん!」という惨状になってしまうのである。知らんわ。

 陽が昇ってからのこの日は、すっかり快晴で陽射しは暖かい。仕事の帰りに北のスーパーまで足をのばし、ちょっとした買い物といっしょにニェネントくんの「おやつ」とかを買った。今朝のお礼。今までまるで気づかなかったのだが、こういうネコちゃんへの「おやつ」とかそういうたぐいのもの、このスーパーは近辺のどんな店よりも圧倒的に安いこともわかった。なんで今まで気づかなかったのか。
 レジに並んでいるときにそばに乾電池が置かれているのを見て、「あら、もうウチには乾電池のストックもまるでなくなってしまってるんじゃないかしらん?」とか思って、単3も単4も買ってしまったのだが、帰宅してからしまおうと思ったならば、まだまだ電池のストックはい~~っぱいあるのだった。がっくり。もう電池は3~4年買わなくっていいだろう。

 郵便受けに郵便局からの「不在連絡票」が投入されていて、前の配達の人には「わたしは午後1時すぎないと家にいませんから」と伝えてあって、しばらくはそういうわたしが家にいない時間への配達はなくなって、良好な関係がつづいていたのだけれども(配達する人も二重手間だし、わたしも「再配達希望」を出さなければいけない)、どうも前の配達の人から新しい人にチェンジしてしまったようで、めんどくさい。
 夕方になって届いたのは、注文してあった『世界動物発見史』で、これはわたしからわたしへのすばらしい「クリスマス・プレゼント」だ。うれしい。

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 この年末年始は、この本をたっぷり耽読したい(600ページを超える分厚い本で、電車の中で読むには向いていないな)。