ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2020-12-22(Tue)

 ちょっと手こずったナボコフの『見てごらん道化師を!』をなんとかかんとか読み終わり、このあいだ入手した『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件』を読み始め、また読書欲に火がついたというか、いろいろと本を読みたくなった。
 まずはナボコフ経由から、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を読んでみたくなり、先日注文していた第1巻が今日届いた。『ユリシーズ』はわたしが二十代のころにいちど読もうとして、それがけっこう早い段階でギブアップした記憶があるが、それからわたしも歳を重ね、ナボコフとかで鍛えているからどうだろうか。今のわたしの読書ペースでは『ユリシーズ』全4巻、完読するのに2ヶ月以上かかりそうだが。

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 あと、『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件』の導入部に、19世紀の博物学者、探検家のアルフレッド・ラッセル・ウォレスのアマゾン、そしてマレー諸島での冒険譚が書かれていて、そこのところを読んでいたらむかし図書館で借りて楽しく読んだ『世界動物発見史』という本のことを思い出してしまい、その本をまた読みたくなって検索してみたら、もう絶版なのだけれども「稀覯本」というわけでもなく、けっこうお手頃な価格で出ていたので注文してしまった。この本はほんとうに楽しい本だったので、再読が楽しみである。
 わたしはこのあたりの、過去の人々が「大航海時代」とかに、彼らにとって「想像を絶する」未知の動物たちに出会ったときの反応を読むのが好きだし、そんな動物たちの多くを「絶滅」に追いやってしまった人類の「愚行」ということが、「政治学社会学」以前にわたしの思考の原点になっているような気もする。わたしたちはもう、おそらくは愛くるしかったであろう飛べない鳥「ドードー」の生きた姿を見ることはできないのである。「生きた姿」どころか、その「剥製」すらも今の世界には存在しないのである。人間の愚かさは、この「ドードー」のあわれさの中に象徴されているとわたしはいつも思っている。
 アルフレッド・ラッセル・ウォレスは、アマゾンやマレー諸島でまったく未知の鳥に出会ったりするのだけれども、彼はそんな鳥たちがいずれは人々の乱獲で絶滅してしまうことを予測、危惧している。人々の乱獲によって動物の「絶滅種」があらわれるということの中に、わたしは「人類の絶滅」への未来を読み取ってしまう。

 今日は「ピーカン照り」の抜けるような青空ではなく、また「雲を無造作にぶちまけた」というような空が見られた。このところ「雲」の写真ばかりを撮っているわたしとしては、喜ばしい天候ではある。わたしはこういう、青空を背景として雲が太陽を覆ってしまうような空が好きになってしまった。そういう意味で「いい天気」だ。

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 そろそろ「クリスマス」も近づいてきたのだけれども、考えてみたら、昨日も行った東のショッピングセンター、例年ならこの時期はセンター前の広場に「クリスマス~年末年始」のイルミネーションをやっていたはずだけれども、そういうことはまったくやっていなかった。それは「今、わたしたちは<危機>の中にあるのだよ、そういう浮かれた気分ではないよ」というメッセージとわたしは受け止めて、共有したいと思う。
 わたしはこの日記に書いたかどうかあんまり記憶にないのだけれども、とにかく今考えても、この「年末年始」は「試練」だと思う。スカ首相は何も言わないが、ほんとうはもう明日からでも「緊急事態宣言」として、少なくとも来年の1月17日ぐらいまでつづけるべきだと思うし、その期間はつまり「全土ロックダウン」にすべきではないかと思う。そしてそのことの経済損失はもちろん、国が全国民に補填すべきなのだ。
 スカ首相は今「行動は控え目に」などとメッセージすると、自分の「会食三昧」がまた批判されるから言わないのだろうと思ってしまうのだが、この「クリスマス~年末年始」に人の動きをとめないと、さらに感染は拡大してしまうことは目にみえている。COVID-19はまさに、「人の移動」によって感染を拡大するのだ。
 スカが言おうが言うまいが、テレビとかのメディアは「このクリスマス~年末年始は各自考えて、感染の拡大を食い止めましょう」とか、それこそ「大声」で訴えるべきだと思うのだが、今日ずっとテレビを見ていても、そういう声は聞こえて来なかった。
 わたしはここで(それほど大きな声でなく)言いたいが、この「クリスマス~年末年始」は、外で騒ぐのではなく、みんな家にこもって本を読んだり映画を観たりしましょうよ!」。