ワニ狩り連絡帳2

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『ロシア文学講義』ウラジーミル・ナボコフ:著 小笠原豊樹:訳

ロシア文学講義

ロシア文学講義

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 1920年にソヴィエトロシアから西欧に亡命したナボコフは、まずはベルリン、のちにパリで執筆活動を継続するけれども、ナチスドイツの抬頭からの危機感から1940年にアメリカに渡る。
 アメリカでのナボコフは、スタンフォード、ウェルズリなどの大学でロシア文学の講義を行なう講師となり、ウェルズリではたった一人でロシア語科をつくり、まずはロシア語文法などを教えたが、その後「翻訳によるロシア文学」という講座を開設することになる(これはそんなにスムースにことが運んだわけではなく、『ロリータ』執筆前のまったく無名の存在だったナボコフとして、その人生で「最大級」の苦労ではあったようだ)。
 その後1948年にコーネル大学へ移ったナボコフはスラヴ文学の准教授となり、「翻訳によるロシア文学」の講座と、「ヨーロッパ・フィクションの巨匠たち」という講座とを継続することになる。これらはその後書籍化され、日本でも『ロシア文学講義』、『ヨーロッパ文学講義』として翻訳出版された。現在ではこの2冊は文庫化され、それぞれ『ナボコフロシア文学講義』、『ナボコフの文学講義』と、多少改題されている。
 わたしが今回読んだのは文庫になる前の1冊本で、内容は同じでこちらの方がずっと安かったので。

 さてこの講義録、そのじっさいのナボコフの教壇からの講義を録音してテープ起こししたとかいうものではなく、渡米したナボコフが大学の講師になることを目指し、せっせと書き残したノートを書籍化したもので、じっさいの講義がこの通りのものだったかどうかわからないというか、どうも教授職に慣れたナボコフはその後いろいろとジョークなども交えての講義を行なったらしい。そうでなくっちゃ!(ナボコフ先生、あるとき脱線し、まるで香川照之氏のように「セミ」についてのウンチクを語り始め、黒板にセミの図を描き、世界の文学のなかに書かれた「セミ」の話を延々とやられたらしい)

 さて、「ヨーロッパ文学講義」ではナボコフが「これぞ!」という7篇の小説を選び、ただただ聴講学生もそれらの小説を読んでいるものとの前提でガンガンと小説の中身に踏み込んで行くのだけれども、こちら、「ロシア文学講義」ではまったく異なるアプローチで、聴講学生は自分の取り上げる作品を読んではいないだろうし、その作家の経歴も知らないだろうとの前提で、選ばれた作家の経歴、そしてその作品の「あらすじ」も懇切丁寧に語っているのだ。これは、わたしのような無知無学な輩にはとってもありがたいことで、ユーモアを交えながらも洒脱なナボコフの「語り口」、そしてナボコフの「小説観」というものをたっぷりと味あわせてもらったのだった。楽し。

 この『ロシア文学講義』で取り上げられたロシアの作家は、以下の通り。
 ・ニコライ・ゴーゴリ
 ・イワン・ツルゲーネフ
 ・フョードル・ドストエフスキー
 ・レオ・トルストイ
 ・アントン・チェーホフ
 ・マクシム・ゴーリキー
 この他に、講義されたものではないだろう「ロシアの作家、検閲官、読者」「俗物と俗物根性」「翻訳の技術」というエッセイも掲載されている。
 もちろん原著は英語によるものだけれども、ここにロシア語の表現、ロシア語から英語への翻訳という問題が絡んできて(ナボコフはそのときの『アンナ・カレーニン』の英語翻訳への疑問を何度も書いている)、そういうところではこの日本語訳を行なわれた小笠原豊樹氏(詩人の岩田宏氏である)はロシア語、英語に堪能な方であり、「最適の翻訳者」であられたのではないかと思う。

 ナボコフ自身、トルストイを最大級に評価されてもいるわけで、特に『アンナ・カレーニン』(一般に「アンナ・カレーニナ」とされるが、ネイティヴなロシア語スピーカーであるナボコフ氏は、これは『アンナ・カレーニン』とすべきだと、強く主張している)に非常に大きなページ数(講義時間?)を割き、この本のハイライトになっている。中には各ページの描写への「注釈ノート」も掲載され、これはさすがにじっさいに『アンナ・カレーニン』を読みながら参照しないと意味がないのでわたしも読み飛ばしたが。
 しかし、そんな中で、アンナがモスクワからペテルブルクまで乗った寝台列車の、車両内のレイアウト、座席配置を理解することも重要なのだと「図」を描いて説明するところなど、「一篇の作品を徹底して読むとはこういうことなのだ」というナボコフの根本姿勢を示すものとして「感動的」ではある。

 まあわたしは未だ『アンナ・カレーニン』は読んでいないし、原作が「大長編」でもあって、まだ何とも言えないところもあるのだけれども、これが章も変わってチェーホフの「『かもめ』覚え書き」を読むと、原作戯曲がそこまでの長さでもないこともあり、ここでのナボコフの「精緻な」読み方に驚き、また感動をもさせられるのだった。
 これは「チェーホフの新しい読み方」とかいうのを提示するわけでもなく、非常にオーソドックスな読み方だとは思うのだけれども、この戯曲の構造を、精密に読み解き語り聞かせてくれる感じであり、まあわたしはずっとナボコフのことは大好きな作家なのではあるけれども、そういう前提もなく、いきなりこの「『かもめ』覚え書き」を読んだとしても、「こんなに精緻な本の読みをする人がいるのだ!」と驚愕したことだろう。さすがにナボコフである。

 さてさて、ナボコフといえば、「ドストエフスキー嫌い」で有名(?)なのだけれども、この『ロシア文学講義』で、「いったいどういうところでナボコフドストエフスキーを受け入れられないのか」ということがしっかりと書かれている。これがまた面白いのだ。
 いろいろな点でナボコフドストエフスキーの問題点を挙げるのだけれども、そんな中で「ドストエフスキーはすぐれた<戯曲作者>にはなれたはずなのに」という批判は、ナボコフの考える「小説」という文学世界というものを知る上で重要な意見だと思った。
 これは「映画」でも言えることだと思うのだが、ただ「面白いストーリー」をダッダッダと描いたからといって、それで「名作」になるわけもない。そこには「演出」の手腕があることは誰もが理解するところだろう。それでドストエフスキーは、例えば「探偵小説」として『カラマーゾフの兄弟』みたいな非凡な、面白い作品を書くわけだけれども、映画でいえば「演出」、文学でいえばそれは「文体」なのだろうか、そういう能力が欠如していたということだろうか。
 ちなみに、このナボコフ先生の「ロシア文学講義」を聴講された学生の記憶では、ナボコフは「トルストイはAプラス」「プーシキンチェーホフはAだけど、ドストエフスキーはCマイナスかDプラスだ」と「評価」されていたらしい。

 むかしナボコフの『ヨーロッパ文学講義』も半分ぐらいまで読んではいて、それは「<傑作>と言われる作品はどこが<傑作>なのか」というようなことが書かれているのかと、勝手に解釈していたけれども、この『ロシア文学講義』で取り上げられたのは、すべてが才能ある作家による<大傑作>というわけではないのが面白いところだと思う。冒頭のニコライ・ゴーゴリなど、日本の石川啄木とか島田清次郎的に強烈ではある。
 この『ロシア文学講義』が圧倒的に面白いのは、ひとつの「ロシア」という国の、19世紀とかの百年間の「文学」の推移・発展を、そのあとに20世紀になってロシアから外に出たナボコフという作家が総括したことの面白さ、なのではないかとは思う。ときどき、ペラペラと読み返したい本ではあります。