ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『プニン』 ウラジーミル・ナボコフ:著 大橋吉之輔:訳

 愛おしいプニン。万年助教授のプニン。皆にその所作を笑われているプニン。アメリカ文化の美点として「入れ歯」を賛美するプニン。でも、プニンの内面には、やはり「哀しみ」が隠されている。
 もちろん、ナボコフには「青白い炎」とか「アーダ」とか「ロリータ」、その他すばらしい作品があるのだけれども、けっきょく、ナボコフの作品の中でいちばん愛おしい作品とは、この「プニン」なのではないだろうか。
 彼の「文学講義」にあらわされる、博学の底からにじみ出るユーモア精神が、ストレートにその作品に表出されたのは、やはりこの「プニン」が一番なのではないだろうか。そして、ひとつの作品としての、断章ごとの組み立て方の面白さ(各章が独立して読むことが出来る)、アメリカ文化とロシア文化との差異というか、「世界をみつめる人たちは、同じ視点から世界をみているわけではないのだ」という視点。そして、まさにナボコフらしい、その「修辞」と「隠喩」の豊富さ。みごとなまでのその「省略」の効果(誰もが、プニンの住まいの外の小川に転がるサッカーボールには泣けるのだ)。ラストの、二台のトラックにはさまれたプニンの車は、いったいどこへ行くのだろうか?
 もしもあなたが、「ナボコフなんて、気取った<芸術家小説>(「セバスチャン・ナイト」「賜物」)、もしくは<マニアックな気狂い>(「ロリータ」「青白い炎」「アーダ」)ばかりを書いていた作家だと思っているとしたら、この「プニン」を読めば、ナボコフの「奥深さ」、(屈折はしているだろうけれども)その「優しさ」にうたれるのではないだろうか。ナボコフの著作のベスト3を選ぶなら、この作品を選びそこねてはならないだろうと思う。