ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『夜』(1961) ミケランジェロ・アントニオーニ:監督

夜 [DVD]

夜 [DVD]

  • 発売日: 2004/04/25
  • メディア: DVD

 脚本はアントニオーニ自身のもので、タルコフスキーの『ノスタルジア』でも脚本をサポートしたトニーノ・グエッラ、他1人の脚本のサポートがある。出演はマルチェロ・マストロヤンニジャンヌ・モロー、そしてアントニオーニ映画の常連、モニカ・ヴィッティなどと豪華布陣。

 マストロヤンニ演じるジョヴァンニは作家で、新作を刊行したばかりのようだ。ジャンヌ・モロー演じるリディアはジョヴァンニの妻。二人は入院している批評家のトマソを見舞に病院へ行くのだが、医師から「見込みはない」と聞かされる。トマソはジョヴァンニとリディアこそ、自分のただ二人のほんとうの親友だという。
 そのあと二人でジョヴァンニの新刊のサイン会へと赴くが、リディアは先にジョヴァンニと別れて別行動を取る。夜には「出かけたい」というリディアと共に、二人でナイトクラブへ行くが、招待されている富豪のパーティーに行くことにして、そこでジョヴァンニは富豪の娘のヴァレンティーナ(モニカ・ヴィッティ)と出会う。

 まあこうやってストーリーを書いてもしょうがないぐらいに、前半にはリディアのあてのないような彷徨が描かれる。いったいこの映画の主題は何なのだろう?というぐらいに、映画はリディアの「気まぐれ」とも思える行動のあとを追う。タクシーをやとってただミラノの街を郊外まで彷徨し、そこで出会わせた若者の集団らの、そのうち二人の男の殴り合いを見て「やめて!」と言う。広い野原で次々に打ち上げられているロケット花火を見て楽しみ、ジョヴァンニに「今ロケット花火を見ている」と電話をする。
 その後のナイトクラブの女性ダンサーのアクロバティックなダンスも、富豪の豪華邸宅の広い庭でのパーティーも、「どういう展開になるのだろう」と思いながらも、それでもやたらと面白い。
 それはストーリー展開も見せないままに主人公が彷徨するディティールのみを精密に描き出すようなもので、「こういう小説を以前に面白く読んだ記憶があるな」とも思うのだが、それは言ってみれば「ひとりの女性の魂の彷徨」というようなもので、「孤独」とまでいうものではないのだけれども、英語で言えば「Solitude」(日本語ではひとことであらわせない概念)とか、そういうものに近いのかもしれない。

 一方のジョヴァンニもまた「何かを求める」精神はあるようで、それは「女性」なのかもしれない。病院でも出会った色情狂っぽい女性の誘惑に乗ってしまうし、パーティーで出会ったヴァレンティーナには夢中になってしまう。まあ「女性なら誰でもいい」といういいかげんなものではなく、パーティーで出会った彼の小説のファンだという女性の誘惑はかわしている。
 ジョヴァンニはそのパーティーを主催する富豪に、「自分の会社で社員啓発の仕事をやってくれないか」とも誘われる。それは作家を馬鹿にした話とも思えるが、あとになってけっこう(実は作家としてスランプ状態だった)ジョヴァンニも乗り気なこともわかる。リディアはパーティー会場から病院に電話をし、少し前にトマソが亡くなったことを知るが、ジョヴァンニにはそのことを伝えない。とつぜんに激しい雨が降り出してパーティーは混乱する。リディアは見知らぬ男の誘いに乗って彼の車に乗ってドライヴに出るが、さいごには男を拒む。ヴァレンティーナもさいごにはジョヴァンニを拒むだろう。

 アントニオーニといえば「愛の不毛」というのがステレオタイプ的な決まり文句で出てくるわけで、もちろんこの映画もそんなキーワードで観ていくこともできるのだが(とりわけ、ラストのジョヴァンニとリディアとの展開)、そういう言葉でわかったようなつもりになってもつまらない。ここはわたしなどはやはり、リディアをメインとしながらも、ジョヴァンニ、そしてヴァレンティーヌの、三者三様の「Solitude」に感応していくような作品だったのではないかと思う。そういう意味では、ラストのちょびっと説明的な対話は蛇足というか、先に読んだ金井美恵子の『恋愛太平記』の中で急に真面目に恋愛心理が語られて、読んでいてちょっと白けた気分になったのに似通っていた。パーティーのあとのことは、観客の想像にまかせてバサッと終わらせてもよかった気がする。

 あとはやはり演出、撮影のカッコよさで、さまざまに視点を変えながらのカメラワークは対象人物の「Solitude」を際立たせただろうし、パーティーの多くの人が集う中で、ジョヴァンニ、ヴァレンティーヌ、そしてリディアのドラマを、さまざまな部屋(空間)の中でみせていくところには見惚れてしまうわけだった。
 わたし的には、パーティーの夜も終わり空が白々と明け始めるとき、室内のヴァレンティーヌが「刺激的な夜だったわ」と語り室内の明かりを消して、彼女がもう明るくなった窓の前でシルエットになるショットが強烈だったな。
 蛇足になるが、この作品でもモニカ・ヴィッティの「眼」が印象に残る。談笑しながらとかよそを向いていても、フッと顔向きを変えてカメラ目線に近くなるとき、いっしゅんにして人を射すくめるような厳しくも神秘的な視線に一変する。ジョセフ・ロージーは『唇からナイフ』のラストで、これを彼女にやらせたかったのだな。