ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『唇からナイフ』(1966) ピーター・オドンネル:原作 ジョセフ・ロージー:監督

 この時期絶好調だったジョセフ・ロージー監督が、「ノリ」で撮ってしまったような「怪作」というか。原作は「Modesty Blaise」(もちろん、この映画の原題)というコミックで、映画の中にもこのコミックの原画のショットが何度か挿入されている。わたしはてっきりこのコミック、「バンド・デシネ」*1なのかと思っていたのだけれども、珍しくもイギリスのコミックらしい。

 主役のモデスティ・ブレイズをモニカ・ヴィッティが演じ、その相棒のウィリーをテレンス・スタンプ、敵役のガブリエルをダーク・ボガードが演じるという、ちょっと豪華な布陣だし、けっこうヨーロッパ各地で現地ロケを行っている。金のかかってる作品だ。いったいどういう経緯でこの作品が撮られることになったのかはわからないが、出演者のそれまでの経歴も「シリアス」なものだし*2、そもそもジョセフ・ロージーにとってそのキャリアで唯一のコミカルな娯楽作品ではあった。

 当時はジェームズ・ボンド映画が撮られ始めて世界的に大ヒットしていた時期で、この『唇からナイフ』も、そのヒットに対抗してというかあやかって撮られたものだろうということは推測がつくけれども、原作にスパイ・アクションものの「コミック」を選んだということがユニーク。まあ日本でいってみればこれは『ルパン三世』みたいなもの、その元祖がこの映画だといってもいい。そして、そんな破天荒な、先行するもののない映画を、ロージー監督はさすがにいいところ勝負して、ハイセンスに撮り上げている気がする(あとで書くけれども、このセンスに脱帽!)。
 この映画以降はこの手の映画作品も増え、洗練されたエンターテインメント性をみせることになるけれども、この映画こそそんな作品の「先駆者」なのだろう。この翌年にはアメリカでボンドもののコミカルな『カジノ・ロワイヤル*3が撮られるけれども、年代的な順列でみれば、この『唇からナイフ』が『カジノ・ロワイヤル』に与えた影響は大きいのではないかと思う*4。さらにいえば、のちの『モンティ・パイソン』への影響もあるだろうし、マシュー・ヴォーン監督でヒットした『キングスマン』(2014)など、あからさまにこの『唇からナイフ』へのオマージュにあふれている。

 映画以外のことばかり書いてしまったけれども、う~ん、この映画の面白さをどう伝えたらいいのだろう? おそらくはジョセフ・ロージー監督にとって初めてのカラー作品だと思うけれども、ブリジット・ライリーばりのオプ・アートで壁面を埋めたセットや、ティンゲリーみたいな廃材的立体作品とかの「現代美術」への接近とか、軽快なポップ・チューンを多用した音楽、そしてこの映画の中ではいちばんシリアスな、アムステルダムでの追走劇の面白さとか、語りたいことはいっぱいある。
 そもそもファースト・シーンが、自室でくつろぐモニカ・ヴィッティが東洋人の召使と交わす会話なんか、モニカ・ヴィッティが英語が下手なことを、さらに英語の下手な東洋人(日本人かよ?)でカムフラージュするというか、お笑いにしてしまうというか、一筋縄ではいかない。それで、街角に白塗りのピエロの扮装の男が登場するところなど、モニカ・ヴィッティのかつての(映画上の)パートナーのミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』を思い出しもするのだけれども、これは『欲望』とこの『唇からナイフ』の撮影時期は同時期と思えるので、どっちがどう影響を受けてるかとかいうことは出来ない。ただ、終盤にそんなモデスティ・ブレイズからの通信を受けたアラブの首長が「モデスティ~ブレイズ~!」と刀を振り回して叫ぶシーンは、どうしても『アラビアのロレンス』でロレンス(ピーター・オトゥール)が「アカバ~!」と叫ぶシーンを思い出さずにはいられない。そして、そんなアラブの兵士らが上陸用舟艇で海から押し寄せるシーンは『史上最大の作戦』みたいだし、ごていねいに「硫黄島」のあの旗までパロディで登場する。

 ダーク・ボガードの出演はおそらくロージー監督の口添えによるものだろうけれども、わたしはここでのボガードの演技が大好きなのである。
 この映画については書きたいことがいろいろあって、いつまでも尽きることがないのだけれども、いいかげんこのあたりで(あとはやはり、「Give me ice!」の歌声をバックに、カメラがそれまで笑っていたモニカ・ヴィッティに近接し、突然に<神秘>をみせるその「眼」をクロースアップするラスト!)。
 

*1:フランス語圏で人気の「続き漫画」で、エンキ・ビラルとかメビウスは日本でも有名。

*2:『赤い砂漠』を最後にアントニオーニ監督のミューズの座を降りたモニカ・ヴィッティは、その後ひたすらコメディエンヌとして活躍するようになるけれども。

*3:2006年の作品ではない。

*4:カジノ・ロワイヤル』の撮影監督は、まさにこの『唇からナイフ』を撮影したジャック・ヒルドヤードという人物。