ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2025-12-03(Wed)

 ニェネントくんのキャットタワーの下には、丸い窓で中にクッションの敷いてあるボックスがついている。買ったときにはニェネントくんが中に入ってまどろんでくれると思っていたけれども、キャットタワーを買ってから何年ものあいだ、ニェネントくんはそれをまったく無視していて、ボックスの中になど入ってはくれなかった。去年になってあるとき、ようやっとそのボックスの中に入ってくれて、「やあ、やっとこれからはボックスを活用してくれるかな?」と期待したのだけれども、2~3回入っただけで、またぜんぜん入ることもなくなってしまっていた。
 それがニェネントくんも最近になってようやっと、そのボックスの中にもぐり込むことが多くなった。夜になって「もう寝よう」と和室に行くとニェネントくんの姿が見当たらなくて、「あれ? どこへ行ったのだろう?」と思うと、そのキャットタワーの下のボックスの中で丸くなっていたりする。けっこう連続して使ってくれているので、「今度こそ活用してくれるだろう」と思っている。
 そんな丸窓のボックスの中のニェネントくんを写真に撮った。こう言うのもアレだけれども、「ニェネントくん、ずいぶんかわいいじゃないか!」という写真が撮れたと思う。この写真は特別扱いしよう。丸い窓がレコード盤みたいだから、このままピクチャーレコードにして、ターンテーブルにのっけてグルグル回してみたい(今はターンテーブル持ってないけれども)。

     

 中国とロシアの高官が会談をおこない、日本について「軍国主義を復活させようとする企てに断固として反撃する」ことで一致したという。
 また、中国は国連総長に2度目の書簡を送付し、「日本が戦後の国際秩序に挑戦している」と訴えた。そしてアメリカのトランプ大統領は中国の習近平主席に接近しているわけだ。
 そしてわたしが今日読んだ「クーリエ・ジャポン」の記事は、今回の事態へのフランスの見方を伝え、とても興味深いものだった。これは仏誌「ル・ポワン」に掲載されたものを「クーリエ・ジャポン」が紹介しているのだが、ちょっと長くなるけれども引用しよう。

 「(高市首相の発言は)一般市民の目には、台湾の人々の自決権を尊重し、(中国による)武力行使を非難するという『当然のことを述べたまで』と映るかもしれない。そこには、共産主義独裁政権に対する生来の敵意も加わっている。より理性的な人々は『台湾周辺でますます攻撃的になっている中国に対する抑止の論理を表明しただけだ』と考えるかもしれない」としたうえで、以下の二点から、中国はその発言を「挑発」としか受け取れないと書く。


 まず、中国は台湾の事実上の独立、ましてや法的な独立に向けた動きを決して容認しないということ。もう一つは、地理的にも近い大国である日本と中国が、第二次世界大戦の記憶という点で、依然として関係が困難な状況にあるという事実だ。


 加えて、日本の外交官たちが必死に取り繕っても不充分だとし、首相の発言は「目的が理解できない、まったく不適切な発言だった」と指摘する。もしもこれを「抑止論」とみなすのであれば、「わざわざ公の場で発言せずとも、軍事体制の変更や、防衛予算の増額、軍事演習など、抑止を示す方法はいくらでもあった」。

 このことは今の異常なまでの「高市首相賛美」の空気と合わせて考えると、いろいろと示唆的だと思う。海外でも「高市発言」は「不適切」だったと認識されているのだ。
 この引用のなかに「共産主義独裁政権に対する生来の敵意」という言葉があるが、今日はこのことを考えてみよう。

 わたしも以前から「ヤフコメ」などで読む日本人の「共産主義独裁政権」への「嫌悪」というものが気になっていた。
 まずはっきり書いておきたいが、わたしもまた「共産主義」というものには大きな誤謬があると考え、権力を得た共産主義政権というものを承服できない人間ではある。しかしその考えは、初期の社会主義思想~運動からマルクス・レーニン主義、そしてマルクス・レーニン主義以降というものをわたしなりに学習した結果の考えであって、マルクス主義にはたしかにその内部に、のちの「誤謬」へと至る危うい部分を内包していたわけだけれども、そのことはレーニンが受け継いで「マルクス・レーニン主義」を構築したときに「誤謬」として外在化することになったのだと思う。
 ちょっと自分の考えを書くのはこのあたりで(中途半端に)中断しておくが、そういうわたしなりの「共産主義政権」への疑念と、先に書いた「ヤフコメ」などで読む日本人の「共産主義独裁政権」への「嫌悪」というものは、異なるものである。

 かんたんに書けば、「ヤフコメ」の「共産主義独裁政権」への「嫌悪」というものは、つまりはいわゆる「反共」であって、その出自は右翼的なものと言えると思う。それは検証や思索を経ない、アレルギー的な「反共意識」であって、かんたんに別の権力に利用されてしまうものだろう。
 このことは例えば「旧・統一教会」とかつての自民党議員とで創設した「勝共連合」という反共組織のことを考えるといいだろう。「共産主義」とは無関係の「LGBT人権運動」や「同性婚」に彼らが反対することからも、政治性を帯びた「反共主義」というものが理解できるし、今げんざいの自民党や「ネトウヨ」らが「旧・統一教会」の存在を黙認しようとしていることからもうかがえる。
 その「反共意識」は、中国への嫌悪意識とも結びつくだろう。
 つまり、いま多くの人が持つ「嫌中」という意識は、知らずに政治的にコントロールされた(導かれた)ものなのだと思う。それは危険なことではないだろうか。

 だから今回の高市首相の国会での「問題発言」についても、そういう「嫌中」というフィルターを介してしか理解しようとしない人があまりに多い。まずはそのことが大きな問題であり、そういうところでも、この「クーリエ・ジャポン」の記事を読んでいただきたいと思う。

 あと、中国でコンサートを予定していたのが中止され、そのことで高市首相を批判したミュージシャンのことが「Yahoo! Japan」に掲載され、コメント欄はそのミュージシャンを非難するコメントで埋め尽くされている。まったく異様な光景で、「いつから日本はこ~んな国になってしまったのか」と思わざるを得ない。
 このことについても書こうかと思っていたが、あまりに長くなるので、今はやめておくことにする。