ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2024-06-04(Tue)

 昨日も夕方に、「ゲリラ豪雨」が東京とかを襲ったらしかった。ウチのあたりでは日曜日のような豪雨に見舞われることはなかったようだったが、そもそもわたしは、夕方には部屋にこもっているので影響はないのだ。
 今日は午前中に北のスーパーへ買い物に行き、余裕があれば「ふるさと公園」の方までも歩こうかとも考えたのだけれども、けっきょくそこまでの余裕はなかったのだった。

 家を出ると空気は爽やかだったのだけれども、空は快晴というわけでもなく、青空を白い雲が埋め尽くそうとばかりに拡がっているのが見られた。

     

 スーパーではバナナ、厚揚げ、もやし、納豆などなどを買い、ニェネントくんの「ネコ用カニカマ」なども買った。
 それで昼食は納豆ですませ、夕食は「厚揚げともやしの炒めもの」と、「ダイエット」目的なのか「エコノミック」目的なのか、どっちともつかない献立となった。

 この日6月4日は、「天安門事件」から35年の日であった。中国政権はこの事件の市民の犠牲者は319人としているというが、じっさいにはそれをはるかに上回る犠牲者があったといわれている。
 今日も中国でも一部では「追悼集会」が行われる計画もあるようだが、今でも中国共産党政権は当時の弾圧を正当化していて、「追悼集会」の開催など、しっかり弾圧されているのだ。本来「共産主義」というのは「民主主義」の完全なる実現、という思想ではあったはずなのに、今の世界の共産主義国家は皆「全体主義国家」であり、「反・民主主義国家」に成り下がり、世界の反共勢力に「共産主義攻撃」の口実を与えてしまっている。
 わたしとて、今の中華人民共和国朝鮮人民共和国、ちょっと前のカンボジアポル・ポト政権の施策には空恐ろしいものを感じるが、しかし一般の「反共思想」に同調するものではない。今の「現世的な共産主義思想」が恐ろしい以上に、「反共思想」こそが「反・民主主義」であって、決して同調してはならないものである。

 そのことで思い出すのはいつも、十年ほど前に中国が尖閣諸島に領域を無視して異常接近を繰り返して日本を威嚇していた頃のことで、そのときわたしはFacebookで中国を非難する書き込みをしたのだった。しかしその頃中国を非難していたのは「ネトウヨ」諸氏中心だったわけで、わたしはむかしからの「急進的」思想の友人の怒りを買い、ブロックされてしまったのだった。
 今、中国はフィリピンに対しても南シナ海で不当な「闘争的態度」を取りつづけているわけだけれども、今でもいわゆる「リベラル」な思想を持っている方々は、「中国は誤っていない」と判断されているのだろうか。

 今の大概の「反共思想」は誤っていると断定できるが、そもそもの「共産主義」自体も大きな過誤を含み持っている。これはマルクスの時代にすでにバクーニンマルクスを攻撃していた問題であり、同じ左翼陣営であったバクーニンの問題指摘は今なお、いや当時以上に的確な指摘だったのだ。
 わたしは今、別に自分のことを敢えて「左翼」とか言おうとは思わないけれども、「左翼」といえば「マルクス主義」という、古くって一面的な理解は、今の時代には変わっていかなくてはならないだろうと思っている。

 観続けている「ゴジラ映画」も、「ミレニアム・シリーズ」もあと2本を残すだけになった。サッサと観終えてしまいたいところだけれども、この日は観ることなく過ぎてしまった。