想田和弘監督は前作『選挙』や『精神』を海外各地の映画祭で上映した際に、韓国の「非武装地帯ドキュメンタリー映画祭」というところから、「平和と共存」をテーマとした短篇映画の制作の依頼を受けたのだという。
先にテーマを決められることに抵抗はあったものも、彼の夫人の実家に滞在しているとき、義父が近所の野良ネコにエサを与えているのを見ていて集まってくるネコを見ているうちに、「ネコの平和と共存をテーマとした作品であれば作れるのではないか」と思い、撮影を始めた。それがだんだんに義父の「福祉有償運送」という仕事や、義母の「訪問介護」の仕事にも視野が拡がり、この『Peace』という作品になったのだということ。
作品を観始めるとまず、義父がネコたちにエサをあげているシーンから始まるのだけれども、義父はもう20年も庭にやってくるネコたちにエサを与えているという。いつの間にか来なくなるネコがいて、いつの間にかやって来るネコがいる。けっきょくいつも5~6匹のネコの面倒をみているのか。ちょうど撮影のとき、義父が「ドロボウ」と呼ぶ新参ネコがあらわれるようになっていて、他のネコの隙をみてエサを食べるのだが、他のネコたちは「ドロボウ」に敵意を見せるのだ。
作品の中で何度か、このネコたちの様子が写されるけれども、だんだんに他のネコたちも「ドロボウ」を受け入れるようになっていくようだ。余談だが、そんなネコたちのなかに右前足の不自由なネコがいるのだけれども、そのコの脇腹にはきれいなハートマークがあるし、とっても愛らしいネコなのだ(でも、そのネコが「身体不自由」だということが、この作品の「人間パート」での主題とオーバーラップするのだろう)。
あとで義母は「ネコのことで近所から苦情が来るけれども、全部自分が聞かなくてはならない」とグチを語りもする。
わたしは「福祉有償運送」という業務のことをまるで知らなかったのだけれども、これも介護の一環ではあって、身体不自由な人の福祉センターへの送り迎え、買い物の付き添いなどを行うのだ。「有償運送」だから無料ではなく援助はあるのだけれども、それはまさしく「ガソリン代」を規定するぐらいのもので、従事する人の「労働賃金」というものは「無」に等しいということなのだ。
このことは義母の行う「訪問介護」にも同じような問題があり、「訪問介護」に費やす時間は「1時間」という規定があるらしいのだけれども、じっさいには2時間も3時間もかかるわけで、そのあいだの「駐車料金」などは自腹を切るのだという。
作品はそんな義父、義母のボランティアに近い仕事を伝えるだけではなく、2人の介護を受ける側の人たちのことも描かれることになる。義父が身体障害のある方が靴を買いに行くのに同行し、いっしょに店のなかで靴を選ぶシーンがあって、わたしはこのシーンが気に入ったのだけれども、その方が車のなかで義父に「僕は『片端(かたわ)』だからお嫁さんが来てくれない」と言う。義父は「そりゃあ、なかなか来てくれないかもね」みたいなことを言うのだけれども、それは義父が彼に心を通わせているからこそ言える言葉なのだろう。ここに大きなドラマを感じた。
それから義母が訪問して通院の手助けをする橋本さんという91歳になられる方がいて、この「橋本さん」はこの作品の「主人公」でもあるだろう。実は彼は肺がんで「ホスピス」の段階なのだが、タバコの「ピース(Peace)」をやめることはない(この「Peace」が作品のタイトルとも思え、タバコの「Peace」のロゴがそのまま作品タイトルに使われている)。
一人暮らしの橋本さんの部屋はダニとネズミの棲み処で、義母は彼の部屋に入るときにダニ除けのスプレーを自分にかけてからになる。でも橋本さんはダンディというか、病院に行くときには必ずネクタイをしめて背広を着て行くのだ。けっこう病院でも「人気者」というか、行き交う看護師さんは彼にあたたかい挨拶を送るのだ。
作品の終盤で橋本さんがとつぜんに戦中のことを話し始めるのだが(義母も「橋本さんが戦争中のことをしゃべるのは初めて聞いた」という)、その頃「召集令状」は軍からのハガキ1枚のことで、当時のハガキの郵便料金は「一銭五厘」。だから当時招集された人らは「一銭五厘」で兵隊にされたというのだったらしい。
わたしも「一銭五厘」という言葉はむかし、当時の「暮らしの手帳」の編集長だった花森安治氏のベストセラーに『一銭五厘の歌』というのがあったことを記憶していて、「『一銭五厘』とは何のことだろう?」とは思っていたのだけれども、この日とつぜんにその「答え」を知ることができたのだった。
招集されて乗る列車も外が見えないように窓に暗幕がかけられていて、着いてみなければ自分がどこに送られたのかはわからないのだという。う~ん、まるで「人間扱い」されていなかったのだな。
作品のさいごに義母が橋本さんを訪問したとき、おそらくはカメラで撮られていたからだろうが、やはりちゃんと着替えてネクタイをしめる橋本さんだった。
作品のさいごに「橋本さんを偲ぶ」という、橋本さんの写真とテロップが入る。撮影終了後に亡くなられたのだろう。
‥‥ネコたちのこと、そして障害者さんたちのこと、介護など福祉にたずさわる人たち、そして人の人生のことなど、いろんなことを思わされ、考えさせられる作品だった。みじかいけれども心に残る作品だった。