ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『アネット』(2021) スパークス(ラッセル・メイル&ロン・メイル):音楽・原案・脚本 レオス・カラックス:脚本・監督

   

 ミュージカルである。「ロック・オペラ」ともいわれているようで、つまりほぼすべてのセリフが「スパークス」による楽曲にのせて歌われる。
 映画の冒頭はレコーディング・スタジオで、ミキシング・ルームにいるレオス・カラックスが、自分の後ろにいた娘に「ナスティア 始めるよ」と呼び寄せるところから始まる。
 この映画自体が、まさに「父と娘」の物語という側面を持っているわけだから、この導入部はそれから始まる映画全体とリンクするようにみえる。ちなみに、ここで姿を見せるカラックスの娘は、10年ほど前に不意に亡くなられたカテリーナ・ゴルベワとレオス・カラックスとの娘であり、さらにこの映画の内容とのリンクを感じさせられる。

 ここで、スタディオではスパークスの2人がレコーディングを開始するのだけれども、そのレコーディング・メンバーはそのまま歌いながらスタディオの外の市街へ出て行き、そこにどんどんとアダム・ドライヴァーマリオン・コティヤールらの出演者が加わり、市街をそのまま移動するカメラと共に、長いワンカットのオープニング・ショットになる。
 このオープニングと対になるように、ラストにはまた全キャスト(おそらくはスタッフも)が夜に練り歩くさまが、(おそらくは)ドローン撮影される。わたしはこのオープニングとエンディングがとても好きだ。

 とりあえず映画の展開、ストーリーは書かないが、この作品、まさに「これは映画である」という強い主張をベースにつくられていると思った。
 それは、観る観客の感覚・神経をいかに監督の意識が侵食するのかということであり、逆にたいていの映画、特に商業映画が、観る観客の視覚・聴覚にできる限りその映像と音声で「同化」しようとし、言ってみれば一種「ヴァーチャル・リアリティ」みたいな世界を現出させ、そのストーリー世界をできるだけリアルに「疑似体験」させるような演出の、その対極にあるように思える。
 それはまさに「映画とは何か」という根本的な問いかけでもあるだろうし、そこでレオス・カラックス監督はその映画の「作者」として、自ら自身を投げかけているという印象。
 それは「映画作家」としての知識・蓄積をこの作品に投入している(これは当たり前のことだ)と同時に、監督自身の「生」自体をも作品に投げ込んでいるのだと思う。
 この映画がレオス・カラックス自身と実の娘から始まるところから、そのカラックスの実の「生」がこの映画とリンクするのだと思うけれども、そうすると映画で「父」を演じるアダム・ドライヴァーレオス・カラックスの化身ということになるだろう(だとするとマリオン・コティヤールはカテリーナ・ゴルベワということにもなるのだろうか?)。
 しかしもちろんそのことは、カラックスの「映画作品」として昇華されたかたちのものではあり、むやみと表面的にカラックス自身とこの映画を結び付けてしまうことも、また「ちがうだろう」とも思う。
 それでもやはり、この作品での「芸人」のアダム・ドライヴァーは「ろくでなし」というか、告発されてしかるべき人物ではあり、そこにレオス・カラックスの自虐的自己投影はあったのだと思う。

 それまで「人形」として登場し、言ってみればアダム・ドライヴァーに操られ搾取されて来た娘は、その最後に「生身の」人間として登場し、アダム・ドライヴァーと対峙して彼を告発する。そしてそのあと、ラストにはもういちど「人形」の姿になってしまうのだけれども、わたしにはこの刑務所での面会のシーンはまさに「映画」としての恐怖を味あわされたシーンで、強い残虐さをも感じ、夜中にこの場面を思い出してうなされるのではないかとも思うほどだった。思い返せばさまざまなシーンにその「恐怖感」は描かれていたわけで、この映画はわたしには「恐怖映画」というわけではないが、とことん「恐ろしい映画」ではあった。

 映画のラスト・クレジットに、カラックス監督の「Special Thanks to」として何人かの人名が挙げられていて、わたしはそれを全部は読み切れなかったのだけれども、その先頭には「Edgar Allan Poe」が読み取れ、「なるほど、このダークなファンタジーの背後にはエドガー・ポーの世界があるのか」と思ったが、はたしてこの映画のどこがどうエドガー・ポーなのか、あまりエドガー・ポーの作品の記憶もないわたしにわかるわけではない。
 そしてもう一人読み取れたのは、映画監督の「King Vidor」の名だった。わたしはキング・ヴィダー監督の作品を1本も観たことがないので、このことで何を言うこともできないが、まずは近々、そのキング・ヴィダー監督の作品を観てみようとは思う(あとで調べたら、「Amazon Prime Video」で複数本のキング・ヴィダー作品が無料で観られるようだった。ありがたい!)。