ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『オー・ブラザー!』(2000) イーサン・コーエン:脚本・製作 ジョエル・コーエン:脚本・監督

 原題は「O Brother, Where Art Thou?」で、これは「おゝ兄弟よ、汝何処におわすや?」みたいな感じだろう。
 この作品はユリシーズ・エヴェレット・マッギル(ジョージ・クルーニー)、ピート(ジョン・タトゥーロ)、そしてデルマー(ティム・ブレイク・ネルソン)の3人の脱獄囚の脱獄後の旅を描いた作品だけれども、ジョージ・クルーニーの役名が「ユリシーズ」であることからも、そして後半に登場する彼の妻がペニー(ホリー・ハンター)ということからもわかるように、ホメーロスの『オデュッセイア』を下敷きにした作品で、他にも片目の聖書セールスマンのビッグ・ダン(ジョン・グッドマン)はまさに「キュクロプス」役であるし、途中の川には3人を惑わす女性たち「セイレーン」も登場する。また、この映画の中には多くの「盲目」の人物が登場するけれども、それは『オデュッセイア』の作者ホメーロスが盲目だったという言い伝えから来るもので、映画の中でそのような盲目の人物はユリシーズらの未来を予言したり、彼らの未来を大きく変えるきっかけを与えたりする。

 この作品は現実の1937年のアメリカを舞台ともしているそうで、当時の政治情勢を描いたり、「ベイビー・フェイス・ネルソン」などという実在の銀行強盗も登場するし、「十字路(クロスロード)で悪魔に魂を売り渡し、ギターの超達人になった」ロバート・ジョンソンをモデルとした、トミー・ジョンソンという人物も登用する。そういうところからも、この作品には当時のカントリーやフォーク、ブルースやブルーグラスなど、多くのアメリカン・ルーツ・ミュージックが歌われて演奏され、それがこの作品の一方の大きな魅力にもなっている(その音楽担当はT=ボーン・バーネット)。じっさい、この作品では誰もが知っている「You are My Sunshine」が選挙のキャンペーン・ソングとして使われているのが聴かれるけれども、それも事実である。そんな中で保守反動、人種差別、KKK所属の候補者が放逐されるあたりが小気味よく描かれる。
 しかしこうやって、登場人物がユーモラスにマイクの前で歌う映画というと、アダム・ドライヴァーがおかしなコーラスをつける映画があったなあと思っていたら、その映画は『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』で、それもやはりコーエン兄弟の作品なのだった。
 また、ユリシーズら3人が脱獄したというのも、昔隠して(埋めて)おいた金を取り返すためで、その金はあと4日でそこにダムが完成すると水中に没してしまうというのだが(この話全体がユリシーズの「ウソ」だったのだが)、「隠しておいた金」というとやはり、コーエン兄弟の名作『ファーゴ』を思い浮かべてもしまう。

 ところで、映画の中で彼ら脱獄囚らが(日本語字幕で)「ズブ濡れボーイズ」として大人気が出ることになるけれど、英語では「ズブ濡れボーイズ」は「Soggy Bottom Boys」と言われていて、この「Soggy Bottom」というのは、「ケーキやパイを焼くとき、底が焼けてなくってぐっしょりしている」という状態と「濡れたお尻」とのダブル・ミーニングのネーミング。

 映画のラストはダムの決壊での大洪水になるけれど、ここでの水中の撮影が素晴らしいことになっていた。しかし『オデュッセイア』の方のラストは、特に「大洪水」とかいうことではなかったと思うが。