ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ユリシーズ』(1954) マリオ・カメリーニ:監督

 つまりは、ありそうでなかったホメーロスの『オデュッセイア』の映画化作品がこれ。わたしもこんな映画が存在するのは知らなかったが、調べてみるとそれなりに『オデュッセイア』の映画化作品はあるのだった。近年ではコッポラが総指揮をとってアンドレイ・コンチャロフスキーが監督をしたという『オデュッセイア/魔の海の大航海』というTVドラマがあったようだし、その前日譚『イーリアス』を下敷きにしたブラッド・ピット主演の『トロイ』という映画はあったし、これも過去をたどれば『トロイのヘレン』という、ロッサナ・ポデスタ主演の映画もあった。
 しかし今ではそ~んな映画もほとんど忘れ去られ、このSFX全盛の時代でも、そもそもが『オデュッセイア』を映画化しようとすることが「無謀な試み」ではないのかとも思える。だいたい、この『オデュッセイア』というのは、そういうアクション映画として撮っても原作の心髄は伝わらない種類のものではあろう。
 そういうわけで、この『ユリシーズ』もまた、今では忘れられている作品ではあるだろう。ユリシーズを演じているのはカーク・ダグラス。戦いの旅に出たユリシーズの帰りを待つ妻のペネロペを、シルヴァーナ・マンガーノが演じている。この作品のあとに『トロイのヘレン』で主演したロッサナ・ポデスタも出ているし、アンソニー・クインも(ちなみにこの作品はイタリア映画で、この年にアンソニー・クインフェリーニの『道』にも出演している)。
 カーク・ダグラスという人はその出世作もボクサー役で、そういう筋肉質で力強いヒーローというイメージはあったのだろうか。このしばらく後には『バイキング』という映画で「海賊」を演じているし、あのキューブリックの『スパルタカス』では自ら製作総指揮し、自分で主役スパルタカスの役を選んでいるのだから、そこにはけっこうこの『ユリシーズ』が気に入っていたということがあるのかもしれない。

 だいたいこの作品の尺は103分で、そ~んな短かくって『オデュッセイア』を描き切れるわけがないではないかと思うわけだけれども、かなり大胆に原作を脚色して端折って(テーレマコスの冒険はすべてカット!)、けっこう要領よく「こ~んな話だよ」という要点はみせてくれていると思う。この映画でのユリシーズの冒険のひとつの見せ場は、一つ目巨人のポリュペーモスとのちょっとユーモアを含んだ場面だろうけれども、ポリュペーモスのメイクアップだけで特撮技術も使わず、うまいこと演出していたと思う。セイレーンのシーンはイマイチだったが、わたしが気に入ったのはさいごの「求婚者たち」の虐殺シーンで、わたしはギュスターヴ・モローの絵画作品でこの屍体の折りかさなるタブローに魅了されたものだったけれども、この映画はそのあたりをけっこう見事に描いていた。この場面だけでも記憶にとどめておこう。

 時代的なこともあるのか、意外にもフィルムもスタンダードサイズで、スケールの大きな場面も多いだけに残念な気もする。こういう話というのは、日本でいえば(ぜ~んぜん違うけれども)『日本誕生』みたいなもので、カーク・ダグラスはそういうところでは『日本誕生』で日本武尊を演じた三船敏郎みたいなものであろう。などと思ってちょっと調べてみたら、カーク・ダグラスは来日したときに三船敏郎に会いたがり(別に『日本誕生』ゆえではないだろうが)、『赤ひげ』撮影中だった三船と黒澤明監督との邂逅を実現したという。