ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『Coda コーダ あいのうた』(2021) シアン・ヘダー:脚本・監督

 わたしはこの映画をどういう映画なのかまったく知らずに観始めたのだけれども、ファーストシーンは漁船の上で、若い女の子が獲れた魚を二人の男といっしょによりわけているシーンで、船の上では大音量で「Something's got a hold on me」(エッタ・ジェイムスの曲だ)が流れ、女の子はいっしょになって歌っている。「魚の仕分け」という仕事をやってるときに、他の男二人は「うるさい」と思わないのだろうか?などとは思ってしまったが、二人の男は彼女の父親と兄で、二人とも聴覚障害なのだった(親が聴覚障害の子は「Child of Deaf Adults(CODA)」というらしい)。両親と兄との四人家族の中で、聴覚障害ではないのは、このヒロインのルビーだけなのだ。成り行きとして、ルビーはハイスクールに通いながらも、「家族の通訳」の役をつとめることが多い。

 父親が所属する漁港では、政府の要請で漁船に「海上監視員」を乗せなければならないと言っている。港での魚の買い上げ額が低いこともあり、父親と兄は「自分たちで組合をつくって魚を販売すべきだ」と考えている。
 歌うことが好きなルビーはハイスクールの合唱サークルに入るが、いっしょに入部したマイルズと共に音楽教師のV先生に見込まれ、「奨学金を得てバークリー音楽大学へ進学しないか?」と勧められ、またマイルズとも仲が良くなる。

 しかし「海上監視員」の同乗した父と兄の漁船は、ルビーが乗っていなかったために港からの緊急連絡を聞けず、海上監視員からしばらくの「出航禁止」を言い渡され、必ず聴覚障害のない人物を同行させるようにと言われる。
 ルビーはバークリーへの進学をあきらめて父と兄を手伝おうと決めるが、学校での音楽サークルの発表会に家族が皆で来る。

 この映画、2014年のフランス映画『エール!』のリメイクなのだという。『エール!』では酪農家という設定だったらしいが。
 お母さん役をやっているのは、じっさいに聴覚障害者として過去に『愛は静けさの中に』などの演技で有名だったマーリー・マトリンが演じ、彼女のコネクションで父親役のトロイ・コッツァー、兄役のダニエル・デュラントと、二人の聴覚障害者を配役したという。
 この家族の配役は絶妙で、父親と母親とのけっこうあけすけな下ネタジョーク(もちろん「手話」でやるのだが)もおかしいし(聴覚障害者らが性的におおらかだという描写は観ていても気もちがいい)、特にルビーの音楽会のあと、父親が家の外でルビーに自分の前で歌ってもらい、それを彼女の喉に手をあてて理解しようとする姿は「感動的」だった(父親役のトロイ・コッツァーは、この年のアカデミー助演男優賞を受賞したという)。
 監督のシアン・ヘッダーにとって、この作品はまだ2本目の長編映画だったそうだが、世界各国で好評を持って迎えられたようだ。

 漁船での漁の情景や、漁港、海辺の景色なども印象的だったし、いろいろと歌われる曲が60年代から70年代にかけての音楽だったのも、わたしの知っている曲が多かったのでうれしかった。
 そんな中でも、ルビーが自分の部屋にマイルズを招いたときに彼女が聴いているのが、カルトな人気を誇るシャッグス(Shaggs)の曲だったというのに驚いて、喜んでしまった(マイルズにしても、合唱サークルに最初に来たとき、キング・クリムゾンの「ディシプリン」ジャケットのTシャツを着ていた)。
 このシャッグスはほとんど楽器を触ったこともなかった3姉妹によって結成されたバンドで、その演奏と歌の稚拙さ、頼りなさとで、のちにカルト人気を持つことになったバンドで、彼女らなくして「レインコーツ(Raincoats)」の存在もなかったことだろう(そんなことはないか)。せっかくだから、映画でもちょっと流された曲を貼っておきましょう。ルビーは「この歌い出しが好き!」と言ってましたね。

 その他にも、わたしの好きなアイルランドのバンド、ホースリップス(Horslips)の曲がちょこっと使われたりして、わたしを喜ばせてくれる作品だった。

 ちょびっと、オプティミスティックすぎるように感じるところもあるけれども、それでも観る人に「喜び」を与えてくれるし、ホロリとさせてもくれる、いい映画だと思った。