ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2025-07-25(Fri)

 普通に考えると、「今」こそが一年でいちばん暑い時期なのではないかと思うけれども、もう「普通」という概念は通用しなくなっている感があるので、これ以降、もっと暑くなってしまう可能性もあるだろう。わたしは来週の月曜日、28日に、「三ヶ月に一度」の国分寺のクリニックへの通院が控えているので、今から「どうやったら無事に国分寺まで行き、生き残って帰って来られるか」と考えているところである。
 きのうは北のスーパーへ買い物に行ったばかりだし、この日は部屋にこもってエアコンで涼む一日になった。きのうまでは白菜と鶏肉、豆腐とで「水炊き」での食事だったが、「水炊き」は冷めてしまってもそれなりに食べられるのがいい。次は「カレー」をつくろうかとは思うのだが、それは明日のこと。今日の昼食はインスタントのラーメンで、夕食は買い置きのカップ焼きそばと、非常にクオリティの低い食生活になった。
 写真はきのうの買い物の帰りにウチのドアの前で出会った「ニホントカゲ」。からだの縞模様やしっぽの青い色がきれいなのだけれども、ちゃっちゃっと高速で走って逃げて行くトカゲを撮ろうとして、けっきょくピンボケの写真になってしまった。

     

 この日は午後から、ずっと観ているフリッツ・ラングの作品で1944年の『恐怖省』を観た。これはグレアム・グリーンが原作で、(ナチスの)スパイの暗躍するロンドンを舞台にした、実にヒッチコック的な「巻き込まれ型サスペンス」で、とっても面白く観ることが出来た。
 映画のあとは大相撲を見るのだったが、まず、玉正鳳はこの日敗れて、今場所の負け越しが決まってしまった。ちょっと彼の限界も見えてきてしまったか、という場所にもなった気がする。残念だ。それで優勝争いはこの日はずっと「下剋上」の日となり、番付け下位の力士が上位力士を破る取組みがつづいてしまい、やはり今場所は平幕力士の優勝になるようだ。
 いちばんの優勝候補は、この日一山本を破って2敗を守った安青錦で、明日はこの日霧島に勝って3敗でつづく草野との対戦だ。もう一人2敗で並ぶのが琴勝峰で、今日は横綱の大の里に勝ってしまったのだ。大の里はきのうも一山本に負けそうになったし、エネルギー切れというか「ガス欠」ではないか、という感じだ。
 まあまだ2日あるので、もう一人、この日琴櫻に勝って3敗で追う熱海富士を入れた4人で、どう転ぶのかはわからない。わたし的には一山本に10勝はしてもらい、三賞を獲得してもらいたいところだが。

 さてこの夜、首相官邸前で「石破辞めるな」デモが行われたようで、これがけっこう、自民党支持者ではない人々の参加で話題になっているみたいだ。ま、わたしもそんな「石破辞めるな」と言っている一人なわけだけれども、わたしの考えてるのは、8月になると8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日の式典、15日に東京都内で行われる全国戦没者追悼式と、「戦後80周年」の節目の式典が連続しているわけで、今までにも「大戦の日本軍死者の6割が病死や餓死だ」と語られ、「関東大震災」のときの朝鮮人虐殺に関しても「虐殺はじっさいにあった」との前提で「きちんとした情報が伝わらないことがなぜ起きたかに対する反省と検証を常に考え、答えを出していかなければならない」と、これまたあまりにまっとうなことを語られた石破氏なわけだから、8月の式典でも今までの自民党首相は語らなかったことを語られることが期待できるわけだ。そのことが以後の自民党(これからは参政党を含めて)の「歴史修正主義」をけん制することにもなるだろう、とは思っているのだ。ま、8月のそんな時期を経過して辞めさせられるのならば、それはそれでしょうがないだろうとは思うが。

 ちょっとだけ「参政党」のことを書いておけば、東京から立候補して当選した参政党の候補者が、「核武装は安上がり」などと発言したことが問題になっていて、この日、熊本市の大西市長はこのことに苦言を呈した。大西氏はすでに自身の「X」で「日本は核兵器を持つことができない」と主張。会見で「反論できるか聞いてみたい」と述べられたという。これはもう何度も繰り返された論議で、わたしもしばらく前にこの日記で書いた記憶があるけれども、それは現実問題として日本が世界から「孤立」するということであり、昨年「被団協」がノーベル平和賞を受賞したということを「国」として否定することであり、つまり日本の反核団体を切り捨てることを意味している。そのことが世界からどのように見られることか。このことだけでなく、「核ミサイル」の開発、維持に関しても難問が横たわっているわけだが。
 こういうことが起きると、またもやヤフコメでは「核武装」を支持する声があふれることになり、またもや「わたしは今、こういう人たちと同じ国で生きているわけか」と、まさに暗鬱たる思いに囚われてしまうのである。というか、「参政党」の人々の人権の考え方などを見ても、(政治的には逆でも)どうも北朝鮮のような国家を目指されているようにしか思えないことになる。
 こういう話が何度も何度も湧いて来るというのも、やはり今の日本が抱え持っている問題なのだろう(ここに、「参政党」などという党が湧いて出る原因があるのだろう)。いいかげん、どうにかならないものだろうかねえ。