爪を切ろうとしたら、爪切りが壊れてしまった。まさか爪切りが壊れてしまうなどと思ってもいなかったけれども、もう十年とか二十年とか使ってきた爪切りだろう。まさに「寿命」だったか。
どうせならあと2~3日早く壊れてくれていれば、先日100円ショップに行ったときに買っていたものを、とは思う。
今日も午前中に北のスーパーへ買い物に行き、いつもの定番のバナナやバターロールパン、ポテチなどなどを買った。
帰り道にいつものツバメの巣の前を通って、巣をのぞき込んでみたら、1羽のヒナが頭を出しているのが見えた。目視では白い口ばかりが目立っていたのだけれども、帰宅して写した写真を見てみると、まだ眼も開いていないような、産毛も生えていない産まれ立てのヒナのようだった。元気に育って、無事に巣立ちしますように。
わたしは今まで、何かで「バナナは冷蔵庫で保存しない方がいい」と読んでいたもので、ずっと外に出して放置して保存していたのだけれども、最近の暑さでバナナの傷みも早くってついに冷蔵庫で保存するようになったのだけれども、今までよりもずっと長持ちするし、何よりも冷やされたバナナは冷たくって甘くっておいしいのだった。「今までなんで冷蔵庫で保存しなかったのか」と、自分のことを「今までバカだったなあ」とは思うのだった。
帰宅して見たニュースで、トランプ大統領がホワイトハウスにイスラエルのネタニヤフ大統領を招いて会談したというのだが、その会談の席でネタニヤフ氏がトランプ氏に「わたしゃあんたを<ノーベル平和賞>に推薦したぜ」と、推薦状を見せるのであった。
今、プーチン氏らと共に、この地球上でもっとも<平和>から遠いところにいるだろうネタニヤフ氏が贈る推薦状、それは「あんたもワシらの仲間になりんしゃい」という、「反平和」のしるしではあるだろう。まるで悪魔同士が契約する姿を見るようだった。
午後からまたフリッツ・ラングの監督した映画を観た。今日観たのは『真人間』(1938)という作品だ。原題は「You and I」なのに、どうして『真人間』になってしまったのか。まあ内容を考えれば『真人間』でもいいか、とは思うけれども、この時代の映画の邦題というのは、時に奇妙に思える。
今日は夕食に、久々に「ダブリン・コドル」をつくった。わたしは今まで「ダブリン・コデール」だと思い込んでそう書いていたのだけれども、どうやら正しくは「ダブリン・コドル」というらしい。だから今日からはキチンと「ダブリン・コドル」と書こう。
「ダブリン・コドル」は要するに「アイルランド風肉じゃが」というか、ジャガイモやニンジンやタマネギ、そしてウィンナーソーセージを顆粒コンソメで煮込んだだけで、何の手間もかからない「お手軽お惣菜」なのだが、今日は冷蔵庫のなかでトマトが「食べてちょうだい!」と訴えていたので、トマトも入れてみた。
何がよかったのかわからないけれども、今まで幾度もつくってきた「ダブリン・コドル」のなかでも、いちばん美味な出来上がりになった。煮汁にしっかりと甘みも出て、われながら「こりゃうまい!」とうなったのだった。
このところ、また「読書」が停滞している。7月になってから、まったく本のページをくくっていない。毎夜寝るときにベッドに行くのに1冊本を持って行って、「今夜は読むぞ!」と思っているのだが、「本を読む前に」とスマホのニュースなどを閲覧していると、そっちにしっかり時間を取られてしまい、おしまいには「今夜は本を読まずにもう寝よう」となってしまうのだ。どうもいけないな。