ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ミラーズ・クロッシング』(1990) ジョエル・コーエン:監督・脚本 イーサン・コーエン:製作・脚本

 コーエン兄弟の作品としては珍しく、しっかりと「シリアス」なつくりで(まあ喜劇的なところもあるけれども)、二転三転するストーリー展開を堪能する。

 主人公のトム(ゲイブリエル・バーン)は町のボス、レオ(アルバート・フィニー)の腹心、ブレイン(「懐刀(ふところがたな)」というヤツだろう)で、レオのアドヴァイザー。しかし実はレオの愛人であるヴァーナ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)と通じている。ここに町のもう一方の実力者であるジョニー・キャスパー(ジョン・ポリト)がのし上がって来て、キャスパーの工作する八百長のじゃまをしてぶち壊す、チンピラのバーニー(ジョン・タトゥーロ)を始末してくれとレオに陳情する。
 しかしバーニーはヴァーナの弟であり、ヴァーナに惚れているレオはキャスパーの陳情をはねつける(トムは、キャスパーの言う通りバーニーは消すべきだとこのときは思っていたが)。
 トムも賭博には目がないのだが、負けてばかりいて借金もかさんでいる。
 そんなとき、ヴァーナを尾行して行動を探っていたレオの部下が街頭で死体で見つかる。「キャスパーの仕業」と踏んだレオはキャスパーのアジトを急襲し、逆にレオもキャスパー一味に自宅で襲われる。
 いろいろあるが、ヴァーナに夢中になりすぎているレオへの反発もあり、トムはレオに「自分はヴァーナと通じている」と告げる。
 レオにフルボッコにされたトムは、キャスパーのところへ行く。トムの頭脳を評価していたキャスパーはすぐにトムを腹心の部下にするが、もうひとりのキャスパーの部下のディン(J・E・フリーマン)はトムに下心があると、彼を嫌っている。
 ディンはトムを試すこともあり、隠れていたバーニーを捕え、「ミラーズ・クロッシング」の森の中でトムにバーニーを殺させる。しかし森の奥でバーニーと二人きりになったトムは、「二度と姿を見せるな」とバーニーに言い、彼の命を助けるのだった。
 しかし性根の腐ったバーニーは、トムの部屋に姿をあらわし、逆にトムを脅迫するのだった。さてさて。

 書くのを忘れたが、レオは「アイルランド系」、キャスパーは「イタリア系」と、まさに「マフィア」の正統派ではあるが、レオが自宅で襲われたとき、彼が蓄音機で「ダニー・ボーイ」を大音量で聴いているのがいい。レオはギャングでありながら「紳士」という身のこなしだが、キャスパーはどうも「お下劣」である(彼の十歳ぐらいの息子は「アホ」である)。トムがキャスパーの下でおさまるとはとっても思えないのだが。

 「トム」とはどんな男なのか。それがこの映画の主題かとも思うのだが、博打には負け続け、レオにもディンにも、そしてヴァーナにもぶん殴られてばかりである(ちなみに、ヴァーナはそんなトムに惹かれてはいるようだ)。
 どうもトムという男、自分の立場を計算して状況に合わせて立ち位置をあれこれと変えることに長けているようだが(そういう意味で、彼の「身の振り方」こそがこの映画のみどころとも言えるだろうか)。
 けっきょく、トムは「いくらぶん殴られても」じぶんの取り分をこそ守ろうとしていたのかもしれない。しかし、(結末を書いてしまえば)バーニーはキャスパーを撃ち殺し、その現場に踏み込んだトムはバーニーを撃ち、バーニーとキャスパーとが「撃ち合い」の同士討ちになったとの工作をする。町のボスはレオに復帰するわけで、普通に考えれば、トムはまた映画の始まったところのように「レオの懐刀(ふところがたな)」に戻れば「めでたしめでたし」なのだが、そこでトムはレオがヴァーナと結婚するということを聞く。それも、ヴァーナの方からレオに求婚したのだという。
 ヴァーナはバカな女ではないから、弟のバーニーを殺害したのが誰かかはわかっているのだろう。ヴァーナはトムを「捨てた」のだ。
 それをレオから聞いたトムは、レオの「戻って来てくれるよな?」という要請を切り、(おそらくは)町から一人出て行く道を選ぶのだ。
 トムがバーニーをさいごに撃つとき、バーニーは「頼むから撃たないでくれ。あなたの心に聞いてくれ」というのだが、トムは「心はない(No heart)」と答えて引き金を引くのだが、この複雑な抗争劇の中で、トムはたしかに心を失ってしまったのだろう。

 いい映画だと思う。撮影は初期のコーエン兄弟の撮影を担当していたバリー・ソネンフェルドで、これが彼がコーエン兄弟と撮った最後の作品になるのか。音楽は『ファーゴ』と同じくカーター・バーウェルの担当で、わたしの中ではこの『ミラーズ・クロッシング』と『ファーゴ』との音楽こそが、アイルランドのトラディショナル音楽を思わせられるところがあり、わたしの最も愛するところの音楽ではある。特にこの冒頭の、(これはトムの「夢」のシーンなのか)そのミラーズ・クロッシングの森の中、風もないのに飛んで行くトムの帽子と、そのバックに流れる音楽とが「とてつもなく」好きである。