ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ジョーカー』(2019) トッド・フィリップス:監督

 わたしは「バットマン」のシリーズ作品はずいぶん以前のティム・バートンの作品でしか観ていなくって、しかもその映画の記憶も残っていないから、「ジョーカー」がどんな悪役なのかわかっていない。ただ、ジャック・ニコルソンが演じていたことを何となくぼんやりと記憶しているだけ。

 どうやら、「ジョーカー」というのは「笑う殺人鬼」という性格付けのキャラクターらしく、この映画でもそのあたりのことは描かれていて、「自分の意思に関係なく唐突に笑いだしてしまう」奇病なのだという(これがじっさいにそうなのかは、彼自身が言っているだけなので信用はおけないが)。

 この『ジョーカー』は、そんなピエロのメイクをしてわずかな収入を得ていたアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)という男が、いかにして多くの人を殺害する犯罪者になってしまったかを、けっこう丁寧な描写で描いた映画だった。
 彼は本来、認知症の母の面倒も診つづける「やさしい」男なのだが、現実の方がそんな彼を裏切り続ける。

 舞台は「バットマン」シリーズで共通のゴッサムシティという、ニューヨークに酷似してはいるが架空の街で、貧富の差は拡がり、映画の始まった時点でゴミ収集業者らのストライキが長期にわたっていて、街は黒いビニールのゴミ袋にあふれている。まさに大きな犯罪がいつ起きてもおかしくはない状況だろう。
 アーサーは売れないコメディアンらが所属する派遣会社に籍を置いていて、街頭でピエロの扮装で看板を持ち、芸を見せながら客を呼び込む仕事をやっていたのだけれども、不良少年らに肝心の看板を奪われ、仕事はクビになってしまう。
 同僚から護身用にと拳銃を手渡されたアーサーは、地下鉄の中で女性に絡む3人の男ともめ、ついには3人を撃ち殺してしまう。そのときにピエロのメイクをしたままだったので、その殺人事件の犯人はピエロの顔をしていたとスキャンダラスに報道され、デモにピエロの仮面をかぶって参加する人も増加する。
 アーサーは自分が母親の実の子ではなかったこと、虐待されていたことを知ることとなり、入院していた母親をも殺害してしまう。
 アーサーのもとに、テレビのトークショーから出演の依頼が来るが、そのトークショーの司会者(ロバート・デ・ニーロ)が実はアーサーのことをバカにしていることを知り、テレビに出演中に拳銃自殺することも考えるが、じっさいにはオンエア中に司会者を射殺する。

 ゴッサムシティにはゴミ袋が散乱して薄暗く、いかにも「犯罪都市」という様相なのだけれども、そこまでにめっちゃくちゃ犯罪がまん延しているわけでもなかったというか、アーサーの地下鉄での射殺事件はけっこう大々的に報道されることになる。そういうところで「ピエロ姿のアーサー」は、「悪のヒーロー」にされてしまうわけだろう。そしてだんだんに、アーサー自身はそれに似合うような「犯罪者」へと自分を仕立て上げて行くというか、まわりの状況が彼をそんな「犯罪者」へと追い立てていくかのようではあった。
 まあ「バットマン」シリーズというのは、どこか荒唐無稽なところもあったという記憶からも、この『ジョーカー』という映画ももっと「虚構性」を表に出した作品なのかと思い込んでいたけれども、意外とストーリー仕立ては「リアル」なもので、それだけに映画を観ての「衝撃」も、少なからずあったのだった。

 あと、この映画で「いいな」と思ったのは、映画の中とラスト・クレジットのときにFrank Sinatraの「That's Life」を使ったこと。この曲はSinatraが「夜のストレンジャー」を大ヒットさせた1966年にシングルでリリースされた曲で、なんとSinatraがリズム&ブルースに挑戦した曲として話題になったもので、チャート1位にはとどかなかったものの、けっこうなヒットになったのだった。
 それで、この曲の歌詞がまたシブいというか、ラブソングではないし、「My Way」のように「オレは成功者だぜ!」と唄うのではなく、まさにこの『ジョーカー』の映画にぴったりの、紆余曲折の人生の苦さを唄うものだった。例えばこの曲のサビの部分にはこういう歌詞もある。

I've been a puppet, a pauper, a pirate, a poet, a pawn and a king
I've been up and down and over and out and I know one thing
Each time I find myself flat on my face
I pick myself up and get back in the race

 この、"Each time I find myself flat on my face"などという歌詞は、まさにこの『ジョーカー』にピタリのものではなかっただろうか。リズム&ブルースっぽい曲調もこの映画の雰囲気に合っていたと思うし、この曲を選曲したのは「勝利」だな、と思ったのだった。

 (むかしは一日に2本の映画を観るなんてしょっちゅうやっていたことだけれども、今日はほんとうに久しぶりに一日に2本の映画を観たのだった。そのことはいいのだけれども、こうやってこの日記にその感想を書くのがいかに大変なことか! むかしも日記は書いていたが、映画の感想などはもっともっと短く書いていたのだった。まあそういう風に短かい感想にしてもいいのだけれども、やっぱりある程度のことは書いてしまうのだな。)