ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ビッグ・アイズ』(2014) ティム・バートン:監督

 何ともはや、スキャンダラスな「実話」の映画化で、登場人物も皆「実名」で登場するみたいだ。わたしはこの映画のDVDとかのカヴァー写真より、アメリカ公開時のポスターがずっと好きなので、ここにちょっと載っけておいてしまおう。

       

 主人公はマーガレット・キーン(エイミー・アダムス)という女性で、若い頃から絵を描いていたが、彼女の描く絵はいつも「大きな目をした子ども」が主題だった。さいしょの結婚で娘のジェーンが産まれてしばらくして離婚。サンフランシスコに転居し、シングルマザーとして苦労してジェーンを育てるが、「少しでも家計の足しになれば」と公園で似顔絵描きをやる。そのときにそばで「パリの街頭風景」の絵を売っていたウォルター(クリストフ・ヴァルツ)という男と出合い、彼と意気投合して1955年に結婚することになる。
 ウォルターは不動産業で財を成していたが自分の絵を売ることに熱心で、街のギャラリーに展示を断られたあと、ジャズクラブの通路の壁面に絵を飾らせてもらうようになる。ずっと絵を描きつづけていたマーガレットの絵も、ウォルターの絵といっしょに展示されたのだけれども、あるとき「絵」とは関係のないネタで新聞に彼女の絵の写真が掲載され、それから俄然彼女の絵は注目を浴びるようになるのだった。しかし、ウォルターはマーガレットの描いた絵も「自分が描いた絵」と宣伝し、マーガレットに「わたしの絵だ」と言わないようにと、固く口止めした。
 商才に長けたウォルターはマーガレットの絵をポスターにしたり絵ハガキにしたりして売り、マーガレットの絵の知名度アメリカじゅうに拡がる。財を成して豪邸に住まうようになった夫妻だが、マーガレットが絵を描くときはアトリエにこもり、娘も誰もアトリエのなかに入れなかった。
 ついにはウォルターはニューヨークで開催される万国博覧会に出品する計画を立て、マーガレットを駆り立てるが、そのときにはすでに娘のジェーンも「ほんとうの絵の作者は母だ」と知っていた。
 万博開催前の内覧でマーガレットの新作を見たある美術批評家(テレンス・スタンプが演じている)はその絵を酷評。怒ったウォルターはその怒りをマーガレットにぶつける。「いくら絵を描いても自分のものだと知られることがない」という不満がたまっていたマーガレットは応戦するが、ウォルターに脅される。しかしマーガレットはウォルターが昔っからぜんぜん絵を描いたことなどなく、「彼の絵」だと思っていた絵も別の誰かの絵だと知るし、ケンカのあげくジェーンといっしょに家を飛び出すのだった。
 新婚旅行の思い出の地のハワイで暮らすようになって落ち着いたマーガレットだが、ウォルターはすべての絵の権利を彼に譲渡し、これからさらに百枚の新作を送ってくれれば「離婚」に同意する、と連絡してくるのだった。あるとき訪ねてきた「エホバの証人」信者の話を聞いたマーガレットは、生きるうえで「誠実であること」が大切と悟り、1970年になって出演したラジオ番組で「ウォルターの絵の真の作者は自分である」と明かし、これが全国ニュースになる。ウォルターは「マーガレットは妄想を抱いている」と主張して新聞に掲載され、怒ったマーガレットはウォルターを「名誉棄損」で訴え、ことは裁判沙汰となるのであった。さて‥‥。
 裁判の解決法は、誰もが考えるように裁判所で両者に絵を描かせればいいわけで、現実にもそういう展開になり、ウォルターは「腕が痛い‥‥」と言って筆を手に取ることもせず、マーガレットの勝訴となるのであった。
 映画のエンディングには両者の「その後」が字幕で示され、ウォルターは死ぬまで「作者は自分だ」という主張を下ろさないまま、貧困のうちに2000年に亡くなられたということ。マーガレットは再婚してサンフランシスコに戻り、新しいギャラリーを開いたのだった(彼女は2022年に亡くなられた)。

 女性の美術作家といえば「ジョージア・オキーフ」ぐらいしか知られていなかった時代(今でもあまり状況は変わっていないのかもしれないが)、女性が美術で認められようとすればひと苦労だったことだろう。
 そういう意味では、たとえ「自分の絵」と偽っていたにせよ、ウォルターの売り出し戦略は大したもので、そんなごまかしすることなく、マーガレットのマネージャーとしてやって行けば「WinWin」で、どっちもうまくいったのではないかとも思うのだけれども、たしかに「女性の描いた絵」だと売れなかったかもしれないし、なぜかウォルターという男は「絵描き」のフリをしたがる男だったのだ。

 マーガレットの絵はじっさい人気があり、アンディ・ウォーホルも彼女の絵を賞賛しているし(そのときは「ウォルター作」だと思っていたわけだが)、監督のティム・バートンも若い頃は彼女の絵のファンだったという。ただ、シリアスな美術評論家などは彼女の絵を評価することも少なかったみたいだ。今彼女の絵を見ると「ちょっとキモカワ」というか、サブカル系統で人気が出そうに思えるし、日本のマンガやアニメなどに通底するようでもあり、彼女の絵に感じられるどこか悲しげで「ユーウツ」な感じは、ティム・バートンの描いた「暗鬱な」イラストにも共通しているかもしれない。

 ティム・バートンの映画としてはちょっと異色というか、ファンタジー色の薄いドラマではあるだろうけれども、(特に冒頭の)アメリカの田舎の風景、その青い空や緑の草むら、こじんまりした家々とかの色彩はまさに「ティム・バートンの世界」だと思った。
 主演のエイミー・アダムスは、絵描きとしての夢と希望、そして夫に虐げられる「憤り」をしっかり演じていて、マーガレットという存在にリアリティを与えていたと思う。
 しかしやはり、わたしが熱中したのはクリストフ・ヴァルツの演技で、特に終盤の「法廷」での一人二役の「自己弁護」など彼の独壇場で、大笑いさせてもらった。日記にも書いたことだが、ここで怒りをあらわにして侮蔑の言葉を吐き散らす彼からは、どうしてもあのドナルド・トランプのことを思い出してしまうのだった。

 さいしょにマーガレットがウォルターと出合うシーンで、マーガレットの後ろの方のベンチに一人の女性がずっとすわっていて、「何であの人、写ってるんだろう?」とか思ったのだけれども、あとでこの映画のことを読むと、あの女性は実物のマーガレット・キーンその人、だったらしい。