ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『キラー・インサイド・ミー』(2010) ジム・トンプスン:原作 マイケル・ウィンターボトム:監督

 作者のジム・トンプスンはいわゆる「ノワール小説」を数多く手掛けたが、ある批評家は彼の小説を「雑貨店(Dimestore)のドストエフスキー」と評したし、彼の小説『グリフターズ』を映画化したスティーヴン・フリアーズ監督は彼の小説には「ギリシア悲劇」の要素があると述べた。また、彼はスタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』と『突撃』に脚本家として参加している。
 日本でも2000年頃にちょびっと彼のブームが起き、その時期に多くの彼の作品が翻訳、刊行されたことがある。わたしもそのブームのとき、この映画の原作『内なる殺人者』などを読んでいる。
 あとでこの『キラー・インサイド・ミー』に何度も映画化の企画があったことを書くが、このマイケル・ウィンターボトム監督による映画は、かなり原作に忠実に映画化しているようだ。それで時にえげつなくなるウィンターボトム監督、この映画もけっこうえげつない仕上がりで、公開当時「女性に対する暴力を露骨に描写している」として批判されたし、サンダンス映画祭でこの映画が上映されたとき、観客から「サンダンスがどうしてこんな映画を上映するのか理解できない!」との声が上がったという。

 物語は1950年代、テキサス西部の田舎町のこと。29歳の保安官助手のルー・フォードケイシー・アフレック)は、一見人当たりのいい好青年で、美しい教師のエイミー(ケイト・ハドソン)を恋人に持ち、平穏無事な日々を送っていた。そんなある日、ルーは町民からの苦情を受け、ひそかに売春を働いていた女性を町から追い払うべく、若くて美しい売春婦ジョイスジェシカ・アルバ)と初めて対面。しかしそこで互いに深く惹かれ合い、彼女と激しいセックスをしたルーは心の奥底に眠っていた衝動(サディズム)に火が点いてしまい、ジョイスのところに何度も通うのであった。
 ルーは幼い頃に家政婦によってSМプレイ、サディズムに目覚めさせられ、実は少年期に幼女に性暴力をはたらいた過去があった。そのことはルーの行為を目撃した兄のマイクが彼の罪をかぶり、他言することはなかった。
 その兄のマイクは勤務先の工事現場の事故で亡くなっており、ルーはそれは事故ではなく仕組まれた殺人だと思っている。ちょうどその兄の死に関係していると思われる男のエルマーがジョイスの客だったことから、兄の復讐の機会だと考える。
 ルーはエルマーがやって来る前にジョイスの家を訪れ、そこで彼女をボコボコに殴り撲殺しようとする。ジョイスが死んだと思われたあと、エルマーがやってくるが、ルーはジョイスの銃を使ってエルマーを撃ち殺すのだった。
 この事件でルーを疑う人間もいたし、彼の犯行の証拠を握る人物もいたが、ルーは彼のことも殺してしまう。そのことはもちろんルーへの疑いが深まることとなるし、さらに現れた証人から脅迫される。ルーはエイミーを殺してその犯人をその証人のせいにし、証人は警察に撃ち殺されてしまうのだが‥‥。

 映画はすべてルーの一人称で描かれ、彼の独白も聞くことができるが、その一線を越えた彼の「残忍さ」は、無表情なルーの見かけもあって、観客にも理解の域を越えているだろう。このことが「とんでもない映画だ!」という感想も生むだろう。
 彼の上司の保安官がしっかりルーのことを信頼しきっていたのも哀れなのだが、「おまえがあやしい」とルーに語る人物は出てくるが、やはりラストまで「決定的な証拠」がなく、言葉で彼を責めるしかない。そんな言葉もじわじわとルーを追い詰めていただろうか。
 ラストは追い詰められたルーが自殺を決意し、家じゅうにガソリンを撒くのだが、そのときに捜査する警察関係者らが、実は死んでいなかったというジョイスを連れてやってくる(多分に、死を前にしたルーの「妄想」であろうが)。ルーは皆の前でジョイスをナイフで刺すが、同時に撃たれて倒れる。そのときに火が燃え拡がり、ルーもジョイスも捜査陣もみんな炎に包まれてしまうのだ。ジ・エンド。このときにカントリー歌手のSpade Cooleyによる「Shame On You」という曲が流れるのだ。この、ある意味「軽い」歌がこの映画にミスマッチすぎて、逆に心に重く残る(まあ「Shame On You」というのはルーに投げかける言葉としてはお似合いだろうが)。

 ルーを演じるケイシー・アフレックは、まさに「好青年」という容貌で、ぜったいに邪悪な表情など見せないポーカーフェイスで悪事を重ねて行く。ジョイスに「ごめんよ、痛いよね」「愛してる」とか「すぐ終わるから」とかソフトな声で語りかけながら、ボッコボコに殴りつづける姿はさすがに恐ろしい。内面を外に出さないようでいて、それでも追い詰められていくさまを演じるのは彼の演技の見どころだろう。『ジェシー・ジェイムズの暗殺』でジェシーを後ろから撃つ「卑怯者」の暗殺犯を好演して以来、わたしはケイシー・アフレックのファンではある。
 あと、ジェシカ・アルバはひたすら美しかったのだった。

 このジム・トンプスンの原作は過去にいちど、1976年にバート・ケネディ監督によって映画化されているけれども、それ以外にもこの原作を映画化しようとした試みは何度も何度もあったようだ。
 英語版のWikipediaにそれらの企画の一覧が出ているのだけれども、それを読むと「ウソだろ???」と、ただビックリしてしまうのだ。
 ちょっと以下にその企画を書き写してみるが、まずさいしょ、1956年に20世紀フォックスがなんとマリリン・モンローの主演作として企画している。その企画ではルー・フォードマーロン・ブランドジョイス役がマリリン・モンローで、エイミー役にはこれもびっくり、エリザベス・テイラーが検討されていたというのだ。しかしこの企画、マリリン・モンローの急死で棚上げされたという。この企画がいちばんすごいのだが、そのあとにも以下のようにつづく。
 1980年代の企画 ルー・フォード役:トム・クルーズジョイス役:デミ・ムーア、エイミー役:ブルック・シールズ。この企画はとん挫。
 1990年代の企画 監督:クエンティン・タランティーノルー・フォード役:ブラッド・ピットジョイス役:ジュリエット・ルイス、エイミー役:ユマ・サーマン。この企画は9.11のテロのあと「脚本が暴力的すぎる」と中止になった(いやあ、タランティーノは原作のあるものは映画化しないと思うけどな)。
 2002年の企画 脚本:アンドリュー・ドミニク、監督:ドミニク・セナルー・フォード役:レオナルド・ディカプリオジョイス役:ドリュー・バリモア、エイミー役:シャーリーズ・セロンアンドリュー・ドミニクは途中で脚本を投げ出し、代わりに『ジェシー・ジェイムズの暗殺』をケイシー・アフレックを使って監督し、この企画がこの2010年の『キラー・インサイド・ミー』の原型になったみたいだ。
 ‥‥どの企画のキャストも強烈で、「そりゃあ観てみたかった!」というものばかりだけれども、やっぱいちばんルー・フォードが似合いそうなのはディカプリオじゃないかな、などとわたしは思うのだった。しかし、こ~んな「サイコパス男」の原作にねえ。そんなにまで映画化したくなる本なのかねえ。たしかに面白い本だろうけれども。