ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2025-04-09(Wed)

 昨夜、寝ようとしてベッドのある和室へ行くとベッドの上にニェネントくんがいて、わたしが近づいても逃げないのだった。「それでは」と、ニェネントくんを抱き上げてベッドに入り、ニェネントくんを胸の上に乗っけていろいろとかまってやった。頭や顔をなでてあげ、「暖かくなったね」とか話しかけてやる。
 ニェネントくんはしばらくはベッドの上にいたけれども、そのうちに跳び下りてしまった。この夜はもう、自分からベッドの上にやってくることはなかった。

 昼食に、きのう買った焼きそば麺で焼きそばをつくる。わたしのつくる焼きそばは麺についている粉末ソースは使わず、水の代わりに料理酒を使い、鶏がらスープで味付けをする「塩焼きそば」である(塩はまったく使わないが)。野菜や肉をたっぷり使い、わたしのお気に入りの味ではある。この日もまあまあ美味しくできた。

 午後からは、録画してあった『地球ドラマチック』の、「リトル・サピエンス 子どもたちの人類史」というカナダ製のドキュメンタリーを見た。発掘された遺跡に残る古代人の生活のあととか、骨とかをたよりに、人類史の中で子どもたちがどんな役割を果たしていたか、子どもたちはどのように成長したかを解き明かす番組。
 遺跡には子どもたちの遊んだ痕跡なども残っているし、「宗教的なもの」ではないかと思われていた小さな動物の像が、実は子どものおもちゃだったのではないか、という仮説。そして石器づくりに子どもたちも加わっていただろうと。

 そのあと、この日は久々に東のコンビニの方へと歩いてみた。特に買い物の用があったわけではなく、そのコンビニの先にある桜を見たいと思ったからだし、「ちょっと外を歩きたい」という気分もあったから。
 このあたりの桜というと、「ふるさと公園」周辺の桜、そして西のコンビニの手前にある神社の桜、そしてこの日行った東のコンビニの先の桜とだろうか。児童公園の周辺に2~3本の桜が見られるところもあるけれども、「桜が群れて咲いている」というのは、その三ヶ所ではないかと思う。ただ、この東の桜は「桜並木」というほどではなく、10本ほどの桜の木が道路に沿って植わっているというところで、せいぜい2~30メートルほどの範囲ではある。
 そのスポットへ着いてみると、こちらの桜の花はほぼ満開で、すでに散った桜の花びらが道路に舞っていた。このスポットの桜は、次の週末までは持たないだろうか。

     

     

 帰宅して、何か映画を観ようかと思い、まずは先日観るのを中断していた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観ようかとは思ったのだけれども、これは長さが140分もあって、観終えてからだと夕食が遅くなってしまうので「もっと尺の短かい映画を」と思い、実は去年いちど映画館で観た映画、わずか90分弱という、イーサン・コーエン監督の『ドライブアウェイ・ドールズ』を観ることにした。
 映画館で観たときは「な~んてアホらしい、くだらない映画だろう」って思っていた記憶はあるけれども、今となってはたいていのストーリーも忘れてしまっているし、「本当にアホらしい映画だったの?」っつうことを確認するためにも、また観てみることにしたのだ。
 ‥‥観終わって、やっぱし「アホらしい映画」ではあったけれども、けっこう理詰めなところもあって、「バカなことをマジメに撮る」っつうことで、面白くないことはなかったのだった(変な言い方)。

 その『ドライブアウェイ・ドールズ』にも、「アホな未来の大統領候補者」(マット・ディモンが演じておった)が登場してきたけれども、現実世界でアホなままアメリカの大統領になってしまったドナルド・トランプは、この日から例の「トランプ関税」を本当に施行しはじめ、アメリカも全世界も「てんやわんやの大騒ぎ」になっているようだ。トランプは「何かをなおすために、時には薬が必要だ。私たちは他国からひどい扱いを受けてきた。これを許してきた愚かな政権があったからだ」と自分の政策を正当化しているけれども、こうやっていつまでも「バイデンのせいだ」と言いつづけるつもりなのか。トランプの処方箋の「薬」とは「毒薬」じゃーないのか。
 「耐え抜け。簡単ではないが、最終的な結果は歴史的なものになる」と語るトランプ氏だが、最終的な結果は「歴史的な愚策」となるのではないのか。
 しかし、トランプもトランプだが、トランプの側近はみ~んなトランプに忖度する「イエスマン」ばっかりなのか。マジでトランプの関税政策を支援しようとしてるんならあきれてしまう。おそらくトランプが退いたあと彼らは「そんなつもりじゃなかったが、どうしようもなかったんだ」と、ヒトラーに協力したナチ政権の連中のようなことを言い出すことだろう。

 しかしこの問題、わたしとしてもいつまでも「他人事」としてスルーできることでもなく、近々その影響をかぶりはじめることになるわけだ。いったい世界はどうなってしまうことやら。