ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『遥か群衆を離れて』(1967)トマス・ハーディ:原作 ジョン・シュレシンジャー:監督

 トマス・ハーディによる原作は1874年、彼の4作目の長編小説として出版されベストセラーとなり、以後のトマス・ハーディの作家生活を確立させるものになった。今でも「名作」として通り、2007年にガーディアン紙が発表した「史上最高のラブストーリー」で10位に選ばれてもいるのだが、意外なことに現在は邦訳は出ていなくて、入手困難である(このDVDもまた、今は「廃盤」ではあるが)。

 このジョン・シュレシンジャーによる映画化は、相当に原作に忠実に撮られているようで、イングランド南西部のドーセットとウィルトシャーで、撮影監督ニコラス・ローグのもとで撮影された。
 この時期のニコラス・ローグは撮影監督専門だったが、とりわけ『アラビアのロレンス』(1962)での砂漠のロングショットの撮影は心に残るものだった。そしてこの『遥か群衆を離れて』でも、イングランドの起伏に富んだ緑の草原を、まるで『アラビアのロレンス』での砂漠に見立てたような、美しいロングショット撮影でいっぱい見せてくれるのである。

 物語はのちに農場主となる、独立心の強い女性バスシーバ・エバディーン(ジュリー・クリスティ)をめぐって、3人の男とのそれぞれの愛の展開を描くもの。

 時代は19世紀中ごろ、映画冒頭でさいしょにバスシーバに求婚するのは羊飼いのゲイブリエル・オーク(アラン・ベイツ)なのだが、彼に物足りなさを感じたバスシーバは、その求婚を断るのだった。
 バスシーバは叔父から農園を相続し、自ら経営しようとする一方、ゲイブリエルは飼っていた羊をバカな牧羊犬のせいで全滅させてしまい、成り行きで偶然、バスシーバの農場に雇われることになる。
 土地の近郊には裕福な地主ウィリアム・ボールドウッド(ピーター・フィンチ)が住んでいたのだが、バスシーバは「女性に目もくれない」といううわさの中年のボールドウッドをからかうつもりで、冗談で「Marry Me!」というバレンタイン・カードを送る。これをボールドウッドは本気にしてしまい、バスシーバに結婚を申し込む。困惑したバスシーバは返答をはぐらかすのだが、そんなとき、町に騎兵部隊が駐屯してくる。軍曹のフランク・トロイ(テレンス・スタンプ)はまずは農家の女中のファニーと親しくなり、町の教会で結婚しようとまで仲は進展するのだが、その結婚の当日、ファニーは教会を間違えるという「致命的ミス」を犯してしまう。トロイは侮辱されたとファニーを打ち捨て、農地で出会ったバスシーバとの仲を深めて行く。
 ふたりの仲を知ったボールドウッドは、トロイに金を与えて「バスシーバと別れてくれ」と言うのだが、トロイは笑みを浮かべてその金を打ち捨ててしまう。
 バスシーバはトロイに夢中になり、結婚する。トロイは農場の金を闘鶏に使い込んで夫婦の仲はうまくいかなくなる。自分が捨てたファニーが極貧の中で出産時に死亡したと知ったトロイは後悔に苛まれて自費でファニーの墓を建立してバスシーバの元を去り、海に身を投じてしまう。
 バスシーバへの思いを捨て切れないボールドウッドは結婚を申し込み、バスシーバは逡巡の末にトロイが法的に死んだと宣告される6年後まで待って欲しいと返事をする。2人の婚約を発表するためにボールドウッドが開いたパーティーに、生きていたトロイが突然現れて、バスシーバを強奪しようとする。激怒したボールドウッドはトロイを射殺し、牢獄に送られる。トロイをファニーと同じ場所に埋葬したバスシーバに、ゲイブリエルはアメリカに渡って人生をやり直すつもりだと告げる。これまでゲイブリエルが与えてくれていた無償の献身をようやく自覚したバスシーバは、ゲイブリエルに農場に残って欲しいと懇願し、ゲイブリエルが提示した唯一の条件である結婚を受け入れるのであった。

 このバスシーバと彼女をめぐる3人の男たちの話では、いくつかの「事件」が登場人物の進む道を変えてしまう。しかしそのなかでは、バスシーバがボールドウッドに送った「バレンタイン・カード」の件はあまりにも「罪つくり」だっただろう。「冗談では済まされない」とはこのことで、ボールドウッドはあまりにかわいそうだし、バスシーバへの評価は下がるね。
 トロイはそもそも「遊び人」なわけだが、ファニーが結婚のための教会を間違えたりしなければファニーと結婚していただろう。そのときトロイにファニーのミステイクを赦す度量があればとは思うが、それが出来ないのがトロイだろう。しょうがない。そしてそんなトロイを選んでしまうバスシーバのポイントは、またマイナスになる。
 ゲイブリエルについては、牧羊犬の過ちで羊が死んでしまわなければ以後は羊飼いをつづけ、バスシーバとは距離を置いてあきらめもついたことだろうに、次に雇用されたのが偶然バスシーバの農場だったというのが「運命」だろうか。
 ただ、この4人のなかでゲイブリエルだけが「愚かな行い」を免れているとも言えるし、彼の「忍耐」というものが称賛されもするかと思えるのだが、ではヒロインのバスシーバはどうなのか、これらのできごとのなかで、彼女は何か「成長」したのだろうか。そうは見えないというところが、このストーリーの最大の弱点ではないかと思える。ヒロインへの「共感度」が低い。

 地主としての財力も権力もあるボールドウッド、実直だが農業、牧羊への知識は豊富なゲイブリエル、そして「異次元からの闖入者」と言えるトロイと、三者三様の男性たちだが、やはりトロイの「異次元」ぶりというのが目にとまるだろうか。
 この3人の役者、ピーター・フィンチとアラン・ベイツ、そしてテレンス・スタンプはそれぞれの持ち味を出していて、この映画を支えていると思う。

 イングランドの古いトラディショナル・フォーク・ソングをいっぱい聴かせてくれるこの映画、その点でもわたしの「お気に入り」で、宴会のバンドでフィドルを奏でているのは、わたしの大好きなバンド「Fairport Convention」のデヴィッド・スウォーブリックだったりもした。
 農民や農婦たちの集いで皆が歌を聴かせてくれるシーンもあるが、そこで歌われるのが「Seeds of Love」という歌だし、そこでジュリー・クリスティが歌うのが(実は吹き替え)「Bushes and Briars」。わたしはこれらの曲をイギリスのフォーク・シンガーが歌ったレコードを持っていたが。そしてあとでもう一度ジュリー・クリスティが歌う印象的な曲は「The Bold Grenadier」という曲で、この曲のなかには「'O soldier, O soldier, Will you marry me ?’ ‘Oh, no my sweet lady, That never can be'」という歌詞もあるのだが、同じような歌詞は他のフォーク・ソングのなかにも出てくるもので、当時の農婦らにとって「兵士」というのが「あこがれの存在」だったことがわかるし、そんな曲でも、「兵士」というのは不実な存在なのだった。