ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『コントラクト・キラー』(1990)アキ・カウリスマキ:脚本・監督

 ジャン=ピエール・レオが主演なのだが、舞台はフィンランドでもフランスでもなくってイギリス。イギリスの俳優が多く出演していて、映画の言語もすっかり英語である。カウリスマキ映画で恒例の「バンドの生演奏」の場面では、ジョー・ストラマーが出演している。あと、冒頭のクレジットでフランスの名優、セルジュ・レジアニの名を見つけ、「どこに出てくるのかな?」と、楽しみにはなったのだった。

 主人公のアンリ・ブーランジェ(ジャン=ピエール・レオ)は、ロンドン水道局にもう15年も勤めているフランス人。フランスでも周囲になじめずにイギリスにひとりで来たようだが、この地でも友だちもいなくって孤独な生活を送っている。
 ところが水道局が民営化されることになり、リストラで外国人から解雇されることになり、アンリも突然に解雇される。わずかな生きるよすがを失ったアンリは「自殺」することにし、ロープで首吊り自殺しようとしたが、ロープをとめた金具がもげて失敗。ではガス自殺しようとしたが、ちょうどそこでロンドンのガス会社がストライキを始めてガスがストップ。またも失敗。
 「どうしよう?」と思うアンリは新聞で「契約殺し屋(コントラクト・キラー)」の記事を見て「自分も殺し屋と契約して自分を殺させればいい」となる。殺し屋と契約出来る場末にある「HONOLULU BAR」を探し出し、ついに代理人と契約する。「気が変わったらお早めに連絡を」。
 住まいのアパートに戻ったアンリ、アパートの窓からパブを目にし、「死ぬ前に寄ってみるか」って感じでパブへ行く。そのパブに花売りのマーガレット(マージ・クラーク)がやって来る。運命の出会い! アンリはマーガレットを口説き、マーガレットのアパートへと行く。しかし、すでにアンリを狙う殺し屋はすぐそばまで来ていた。
 マーガレットに「あなたと出会ったからもう死ぬ気はない」と話し、「ではその契約をキャンセルすればいいわ」と言われたアンリは「HONOLULU BAR」へ行くが、なんとあたりの建物はすべて取り壊されていたのだった。

 ‥‥このあともアンリは宝石商の強奪事件の犯人と間違えられて追われるし、アンリを追う殺し屋(ケネス・コリー)が実は癌を患っていて「余命一ヶ月」と診断されたりといろいろなことが起きる。まあアンリが殺されることはないだろうが、どういう結末になるのだろうか?

 お目当てのセルジュ・レジアニは終盤に登場。アンリは「宝石強盗」の犯人として手配され、また「もう死んでしまおう」とマーガレットの前から姿を消し、跨線橋の上から列車に身を投げようとしたようなのだがやっぱり果たせず、なぜか墓地のそばのハンバーガー・ショップの手伝いをやっている。そのハンバーガー・ショップの主人がセルジュ・レジアニなのだった。

 例によってカウリスマキ作品らしくも、登場人物は「無表情」に近いのだけれども、これまでの作品に比べて、俳優らの演技の幅は大きい。
 特にアンリがパブに行って「ここにはビールかウィスキーしか置いてない」と言われ、ウィスキーをダブルで注文するのだが、おそらくそれまで酒をたしなんだこともなかったのだろう。ウィスキーをゴクリと飲んだときの、ジャン=ピエール・レオの「顔芸」というか表情の演技こそは爆笑モノで、わたしもこの場面には大笑いしてしまった。
 それで実は殺し屋には別居している娘がいて、さいごに娘に会ったときに今回手にした契約金を娘に渡し「お母さんに渡してくれ」と言うんだけれども、それで見ていてもだんだんにその殺し屋に感情移入してしまうわけで、主な登場人物がみ~んな愛おしくなってしまうのがこの作品。

 カウリスマキ作品のいつものことだけれども、特に今回は撮影が素晴らしい。撮影監督はティム・サルミネンという人で、この方はカウリスマキ監督の最新作『枯れ葉』まで、ほぼすべてのカウリスマキ作品の撮影を担当されている。
 映画の冒頭は廊下を行く台車を押す男にカメラがついて行き、ドアを開けて広い部屋に入ると皆が机に向かって仕事をやっているというワンショットなのだけれども、いっぺんでその職場の雰囲気が伝わって来るし、皆の机に山のように積まれた書類が黒澤明監督の『生きる』を思わせる。
 あと、アンリがロンドンの下町を歩くのを移動カメラで追うシーンも、その壁に貼られたポスターとか看板とかをちらっと見せながら「いかにもロンドン」という感じで印象に残ったし、どんな場面も構図がきまっている。
 ラスト近く、アンリがいるハンバーガーショップについに殺し屋がやって来て、アンリが墓場の中に逃げるシーンがノワールタッチというかサスペンスタッチになり、やはり影を強調した50年代アメリカ映画っぽい絵になっていたのだった。