同じハイスミスの初期短篇集、『回転する世界の静止点』と続けて読んで、今までのところどうも作品のテイストが異なるような気がしてしまう。
というのは、『回転する世界の静止点』での主人公らは皆、基本的に自分を取り囲む世界に同化しようとしていて、そのことに失敗してしまうところから「ダーク」な結末に陥ってしまうような作品が多かったと思うのだけれども、この『目には見えない何か』では、主人公は自分が充分に「異常」だということを意識しているように思えてしまう。
そういうところでは今のところ(まだ最初の5篇を読んだだけだが)、初期の『回転する世界の静止点』の方が、ハイスミスらしい「報われない世界」という空気が漂っていて好きなのだが。
●「手持ちの鳥」(A bird in hand)
主人公は何羽もインコを飼っていて、それで毎日新聞を読み、「飼っていたインコが逃げてしまったので探して下さい」という記事から自分の飼っているインコで「コレは似ているだろう」というのを「見つけましたよ」と連絡し、謝礼をいただくのだ。まあそれだけの話でもないが、わたしには共感も何も出来ないか。
●「死ぬときに聞こえてくる音楽」(Music to die by)
郵便局員の主人公は同僚に嫌な奴がいっぱいいて、まずは一人殺害して死体を隠す。さらに一人殺して職場を辞めて転居するが、そのうちにその郵便局に「小包爆弾」が送付され、局員が2人犠牲になる。主人公は「そういうやり方があったか!」と思うのだが、そのまま警察に「あの小包爆弾の犯人は自分だ」と自首する。これもわからない。
●「人間の最良の友」(Man's best friend)
主人公は結婚しようと思っていた女性に振られるが、その女性は彼への「謝罪」のつもりなのか、ジャーマン・シェパードを彼に贈る。その犬が来てから主人公には運が向き始め、「自殺」しようとしたときも犬に助けられる。あるパーティーに出席し、そのかつて恋していた女性と会うのだが、女性はまったくもってつまらない女性なのだった。
●「生まれながらの失敗者」(Born failure)
幼いときから、何をやってもうまく行かない主人公だが、何とか田舎町で雑貨店を営んでいる。兄弟に金をだまし取られたり、やはり最悪の生活ぶりだったが、あるとき遠い親戚が何万ドルもの遺産を彼に遺す。遺産を受け取りに行った主人公はすべて現金で受け取り、フェリー船で家に戻ろうとするのだが、その船上から河に受け取った遺産を落としてしまう。主人公は「これがオレなのさ」と納得している。
●「危ない趣味」(A dangerous hobby)
いちおう知性も教養もある主人公は、けっこうセレブな女性に連絡して彼女の自宅で会い、その彼女の部屋から何かを盗むことを「趣味(?)」としている。あるときその「犯罪」がバレ、だました女性を絞殺してしまう。犯罪は発覚しないのだが警察に「あの殺人はわたしが犯人だ」と自首するが、相手にされない。それでもって主人公は‥‥、という話。
前の『回転する世界の静止点』の執筆時にはハイスミスはほとんど「短篇集」を編むこともなく、そういう意味では「面白い作品」も「単行本未収録」のまま残ってしまったのか。
この『目には見えない何か』の時期にはハイスミスも定期的に短篇集をリリースしていたわけで、そこに含まれなかった作品はハイスミスも「この作品はちょっとね」と思っていたのかもしれない。まあ残りの作品を読まないと即断は出来ないけれども。