ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『目には見えない何か 中後期短篇集 1952-1982』(3) パトリシア・ハイスミス:著 宮脇孝雄:翻訳

 最後の4篇を読み終えた。トータルに言って、この後期短篇集には「自殺」で終わる作品が多く、最後の4篇のうち2篇もそういう内容だった。ハイスミスの長篇にはそういう「自殺」を描いた作品はなかったはずだし、すでに編まれていた短篇集も、今は思い出せないがそういう作品はあまりなかったと思う。
 けっきょく、こうやってハイスミス自身が自分で編んだ短篇集に加えなかったこの短編集に「自殺」ネタが多かったというのは、ハイスミスの中にそういうことを書きたいという欲求はあって書いたが、いざ自分で短篇集を編もうとしたとき、「自殺」を扱った作品は入れなかったということも考えられる。ある意味、ここにパトリシア・ハイスミスのダークな一面があらわれているとも言えるだろうか(いや、他の短篇集にもそれなりに「自殺」を扱った作品もあったのかもしれないが)。

●「取引成立」(It's a deal)
 これはハイスミスらしい一篇。ふくらませば長篇にもなりそうだ。
 完全犯罪を狙って用意周到に妻を殺害した主人公だったが、実は隣の家のシングルマザーの女性が、彼が妻を殺して死体を車に乗せるところを見ていたのだ。彼女は主人公に「わたしはあなたを精一杯幸せにしてあげられる。いっしょに素敵な人生を送れると思わない?」と言われ、「ああ、そうだね。取引成立だ。」と答えるのだ。

●「狂った歯車」(Things had gone badly)
 この主人公も妻を殺害するのだが、すぐに逮捕される。自分は妻を愛しているというのにどうして殺すことになったのかわからないと言う。警察の取り調べにも精神医の問診にも説明がつかないのだ。
 でも、ただいつからか妻は以前の妻ではなくなったというのだから、そういうところから考えればそんなに特異な話とも思えない。

●「ミセス・ブリンの困ったところ、世界の困ったところ」(The trouble with Mrs. Blynn, the trouble with the world)
 主人公のミセス・パーマーは臨終の床にある。彼女は一人旅の途中で体調が悪くなり、その地の医師の勧めで今の見知らぬ土地にこの家を借りて住み始めたのだ。彼女の家にはメイドのエルシーと、今はエルシーの娘のライザ、そしてエルシー家の犬のプリンシーとが家にいる。あとは看護のミセス・ブリンが時間を決めてミセス・パーマーを訪ねて来る。この地にミセス・パーマーが知る人は他にいない。
 ミセス・ブリンは来るといつもミセス・パーマーのベッドテーブルを見ている。そこにはミセス・パーマーのアメジストのブローチが置いてある。「わたしが死んだらミセス・ブリンはこのブローチを自分のものにするつもりだわ」とミセス・パーマーは思うのだった。それで先回りしてミセス・パーマーはそのブローチをエルシーにあげようとするのだ。

●「二本目の煙草」(The second cigarette)
 ドッペルゲンガーの話。主人公のジョージは、ある日自分の部屋の中に「もう一人の自分」がいることに気付く。その分身はジョージに話しかけたりもする。ジョージはそのときの自分の心理状態から、その分身は「自分の良心」なのかと思うのだが、分身は「わたしはキミの良心ではないよ。キミ自身なんだ」と言う。
 その分身は毎日のようにあらわれるが、最後には「コイツに体当たりすれば<一心同体>になれるかも」と思うのだ。
 
 とにかくはこうやってハイスミスの未発表短篇集を読んでしまうと、やはりハイスミス生前に発表された短篇集を読み、この未発表短篇集の作品とどのような差異があるのか確認してみたくなる。
 過去の既刊のハイスミスの短篇集はすべて持っていて、どれも過去に読んだわけだけれども、例によって記憶障害で何ひとつ記憶していないわけだし。