ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ゴルフコースの人魚たち』パトリシア・ハイスミス:著 森田義信:訳

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 この短編集は1993年に刊行された、おそらくパトリシア・ハイスミス自身が内容もタイトルも決めて刊行した、生前さいごの短篇集だと思われる。全11篇、いちいちの感想はそれぞれ読んだ日の日記に書いたけれども、その原題と邦訳タイトルを並べておきましょう。

●"Mermaids on the Golf Course"(「ゴルフコースの人魚たち」)
●"The Button"(「ボタン」)
●"Where the Action Is"(「事件の起きる場所」)
●"Chris's Last Party"(「クリス最後のパーティー」)
●"A Clock Ticks at Christmas"(「カチコチ、クリスマスの時計」)
●"A Shot from Nowhere"(「無からの銃声」)
●"The Stuff of Madness"(「狂気の詰め物」)
●"Not in This Life, Maybe the Next"(「たぶん、次の人生で」)
●"I Am Not As Efficient As Other People"(「僕には何もできない」)
●"The Cruellest Month"(「残酷なひと月」)
●"The Romantic"(「ロマンティック」)

 ‥‥通読して、もうここまで来ると「ミステリー」、「サスペンス」などというジャンル分けはまったく不要で(わたしはそういう「ジャンル分け」で本を読んだり映画を観たり、また音楽を聴いたりなどと言うことをしたくない人間だけれども)、特に「事件」、「犯罪」と呼べるようなことが起きるわけでもない短篇も多いわけだ。
 そういう風に言って、この短篇集に共通するものがあるとしたら、たいていの作品の主人公は、その作品の中で起こる「あることがら」から生き方が変化するというか(実はその結果主人公が「死」を選ぼうとするという作品が、4篇はあるだろうか)。
 たいていの作品の主人公は「順風満帆な」人生を送っているというか、そこまでに不幸な生活ではない、むしろ一般に考えれば「成功」して幸福に見える生活をしているように思えるのだけれども、そこにパトリシア・ハイスミスの筆のメスが入ると、その「順風満帆な」生活の裏側の、残酷な現実が見えてくるだろうか。
 ただ、その「残酷さ」の解き明かしも、ハイスミスの筆によって「それは主人公にとって<残酷>なことではない」と展開するわけで、一篇ごとにそのタッチは異なったものになる。
 「ボタン」のように、主人公が犯罪を犯すことによって救われたり、「たぶん、次の人生で」のように、<それでいいではないか>と、読者を納得させてくれたりもするだろう。
 「残酷なひと月」のヒロインは、そんな現実を見ても「わたしはわたしよ、それでいいじゃないの」みたいに回帰してしまうし、「ロマンティック」のヒロインは「現実」を見ないという生き方を選ぶようにみえる。

 トータルにやはり、パトリシア・ハイスミスらしい、「世界を斜めから見る」その視点の鮮やかさ、切り口の鮮烈さに惹き付けられる短篇集なのだとは思った。