ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『回転する世界の静止点 初期短篇集 1938-1949』(1) パトリシア・ハイスミス:著 宮脇孝雄:翻訳

 パトリシア・ハイスミスのデビュー作は、長篇小説であれば『見知らぬ乗客』だけれども、短篇小説も含めると、日本版のWikipediaによると「ヒロイン」という作品であるかのように読める。これは英語版Wikipediaで読むと、この作品でハイスミスは「O・ヘンリー賞」を受賞したということらしい。
 この「初期短篇集」は「1938年から1949年までの作品」を収録したらしく、とにかくは彼女の生前の短篇集にも収録されなかった作品集で、中には未発表作品も含まれているようだ。それで、彼女のデビュー作はもっと以前に雑誌に掲載されていたものだということになる。

 この翻訳本でとにかく残念なのは、訳出された作品の原題、英語タイトルがどこにも掲載されていなくってわからないことで、これは巻末の短い「解説」では、さいしょの仮題、初出時のタイトルなどは英語でも掲載されている。おそらくは目次にでも英語題を重ねて掲載するつもりだったのが漏れてしまったとか、そんな理由で英語題掲載がないのではないかと思える。
 どうでもいいことのようだけれども、けっこうわたしはこういうことにもこだわるタチなもので(日本語に訳されたタイトルを英訳すれば「原題」になるわけではないのだ)、苦労して原題を調べ出したりしてしまった。

 いちおう今日までに5篇の作品を読んだので、そのタイトルと原題、短い感想とかを書いておこうと思う。

●「素晴らしい朝」(The mightiest mornings)
 つまりこういうところで、翻訳では「素晴らしい」となっているタイトルが、英語原題では「Wonderful」ではなくして「Mightiest」になっている。わたしはそういうことを気にするのである。
 主人公はそれまでのタクシー運転手業をとつぜんに辞め、あてもなく汽車に乗る。車窓風景で「この町ならいい暮らしが出来そうだ!」と思った町で降り、下宿を借りてその町でぶらぶらしはじめる。最初のうちは出会う人も見な素敵な人ばかりに思え、この町で暮らす将来に思いを馳せるのだけれども、彼は要するに、その町の人々のコミュニティからは外れているのだ。外から見て「いいなあ」と思っているだけ。じっさいにそこで暮らすということはまったくちがうのだ。そのあたりの描き方が見事だと思った作品。

●「不確かな宝物」(Uncertain treasure)
 浮浪者までいかないだろうが、もっとも社会の底辺で生きているような男の話。駅に置き忘れられたカバンを見つけ、自分の同類のような男とそのカバンの奪い合いみたいにやってカバンを自分のモノにするのだが、しかしカバンを開けてみると‥‥、という作品。

●「魔法の窓」(Magic casements)
 ちょっと最初の「素晴らしい朝」に似ているような、主人公の「思い込み」の話。ある酒場を気に入った主人公は「この酒場でいい出会いがあるだろう」と思い、一人でその酒場に飲みに来た女性に話しかけるのだが‥‥、という作品。

●「ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち」(Miss Juste and the green rompers)
 ミス・ジャストは学校の体育の教師で、その日は学校の大切な客人が視察に来るというので、生徒たちにマスゲーム的な出し物をみっちり教えるのだが、訪れた客人らの前でまだマスゲームを始めないところで、ミス・ジャストの考えでは「うまく行かなかったところ」がいくつかあって、「さあ、これから!」というところで、客人たちは「とっても素晴らしかったです!」と立ち去ってしまうのであった。

●「ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所」(When the door is always open and the welcome mat is out)
 これはニューヨークの話なのか、アパートに住むミルドレッドは姉のイーディスが訪問して来るのを待っていた。他にもやらなければならない多忙な中で、ミルドレッドは心を尽くしてイーディスを迎え、歓迎するのだが、そういうミルドレッドの心づくしではなくして、アパートの周囲の騒音にイーディスはうんざりし、予定よりも早く帰ってしまうのであった。

 まだ半分も読んでいないが、総じて主人公の「自分の思い込みが見事に外れてしまう」というような話が続いた。これから先はどんな話が読めるだろうか?