ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『シャレード』(1963) スタンリー・ドーネン:監督

 監督は『雨に唄えば』で有名なスタンリー・ドーネンだけれども、わたしはその有名な『雨に唄えば』をまだ観たことがない。そもそもスタンリー・ドーネン監督の作品自体、一本も観ていないわけだけれども、オードリー・ヘプバーンが出演した作品も、この『シャレード』を合わせて3本撮っていて、どれも評判がいいみたい。「いちばんオードリー・ヘプバーンを理解していた監督」とも言われたらしく、このあとの『いつも2人で』(1967)も、相当に人気のある作品みたいだ。

 スタンリー・ドーネンヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のような映画を撮りたいと思っていて、この脚本に飛びついたらしい(『北北西に進路を取れ』に出演していたケーリー・グラントも、この作品に出ている)。
 たしかに、(そもそも離婚しようと思っていた)夫が死に、夫が持っていたはずの25万ドルをめぐる争いにオードリー・ヘプバーンが巻き込まれてしまうという展開は、まさにヒッチコック映画の「巻き込まれ型」の典型のようではあるし、「男性と女性のペアで解決しようとし、ロマンスも生まれる」というのも、スパイ絡みのヒッチコック映画の「お約束」でもあっただろう。

 実のところこの物語の本質はミステリーで、けっこう死体も登場して来るのだけれども、そんな状況をオードリー・ヘプバーンは無邪気にエレガントに、そして優雅にウィットに富んだ演技をみせてくれる。これでは誰もがオードリー・ヘプバーンに夢中になってしまうだろうけれども、ところが映画では、オードリー・ヘプバーンの方がケーリー・グラントに夢中になってしまうのである(これはオードリー・ヘプバーンケーリー・グラントとの実年齢差を考慮して、脚本をリライトしたのだそうだ)。
 たしかにヒッチコックの『北北西に進路を取れ』では「敵だと思った人物が実は味方だった」という設定もあったし、ラストの粋なラブシーンとかはこの『シャレード』に通じるものもあるだろうし、「女性が男性に夢中で、冒険的な活躍を見せる」というのは、ちょっと『裏窓』を思わせられるところもある。じっさいこの作品、「アルフレッド・ヒッチコックが監督をしなかったヒッチコック映画の最高傑作」とも言われているらしい。

 冒頭のオープニング・タイトル・デザインはたしかにちょびっとヒッチコック映画のソール・バス風のデザインだけれども、作者のモーリス・ビンダーは一貫して「007シリーズ」のオープニング・タイトルを手掛けた人なのであった。例の、銃口から覗かれたジェームズ・ボンド銃口に向けて銃を撃ち、上から赤い血が降りてくるというショット(ガンバレル・シークエンスという)も、この人の作品である。

 本編はアルプスのスキー場のロケから始まり、そのあとはパリ市内でのロケがふんだんに使われていて、いつもジバンシイをまとっているヘプバーンに合わせて、雰囲気をしっかりつくっている。
 さいごの追われるオードリー・ヘプバーンが地下鉄で逃げるシーンもすばらしいし、そのあとの柱廊での逃走シーンはパレ・ロワイヤル。そしてスリリングな劇場内での展開は、コメディ・フランセーズ劇場を使ったらしい。

 さてそれで、作品の中で「3枚の古い切手」が終盤に大きな意味を持つことになるのだけれども、そのくだりを見たときわたしは、「ああ、むかしこのことが書かれた雑誌の記事を読んだ記憶があるな」と思い出したのだった。
 こういう希少な切手というのは、この映画の通りにものすごい価格が付くわけで、ちょっと調べてみたら、今世界でいちばん高価格が付いた切手というのは、1856年に英領ギアナで発行された1セント切手で、その切手1枚に付けられた価格は、なんと9億7000万円なのだったという。これはそんじょそこらの「名画」もかなわない価格ではないのか。驚きである。

 ‥‥というわけで、いかにも「映画」らしい非現実のファンタジーを盛り込みながらも、それなりにサスペンスも味わえ、楽しい気分にさせられる「気分の良くなる映画」ではあった。