ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ゴジラ対ヘドラ』(1971) 坂野義光:監督

 日本映画界の斜陽化はさらに深刻になっていたし、前年の初めに特技監督を長く務めた円谷英二氏も亡くなられ、東宝の特撮チームはほぼ壊滅状態。
 そんな中、これまでのゴジラ映画のプロデューサーの田中友幸は、「もう一度ゴジラを撮ろう」と考え、前年の万博などで手腕を発揮した坂野義光に企画を依頼した。板野は「題材は何でもいい」と言われたので、当時問題になっていた「光化学スモッグ」騒ぎなどから、「今最もポピュラーな問題は<公害>だから、<公害>の怪獣で行こう」ということになったという。
 低予算と製作期間の短さで製作は苦労したらしいが、特殊撮影には中野昭慶があたることになった。坂野は中野と「これまでになかった映像を取り入れよう」と、マルチ画面やアニメーションを作中に挿入し、坂野がスキューバダイヴィングが出来たことから、水中撮影も取り入れたのだった。

 この坂野義光という人物、過去には黒澤明監督や成瀬巳喜男監督らの下で助監督を務めたこともあったようだけれども、監督の経験はなく、1966年の『南太平洋の若大将』で「水中撮影」を担当したぐらい。実はこの『ゴジラ対ヘドラ』以降も単独監督の作品はなく、わずか2本の作品で監督に協力したのみなのだった。それ以降、得意の水中撮影を生かしてテレビのドキュメンタリーの世界で活動したり、プロデューサーとして活動したりしていたようだ。

 先に書いておけば、坂野はこの『ゴジラ対ヘドラ』の中で、ゴジラが放射熱線を使って空を飛ぶシーンを撮ったのだが、これはそのことに反対していた田中友幸の承認を得ていないままに映画に使い、田中はそのことに激怒して「もう坂野に監督はやらせない」と言ったという。
 この作品を観て、わたしは田中友幸は単に「ゴジラの飛行シーン」に怒ったのではなく、この作品が「映画の体をなしていない」ことに怒ったのではないかとも想像した。

 わたしは昨日観た『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』を賛美して、「(映画というのは)『フィルムで撮られた世界』なのだと考えたとき、そのフィルムをいかに『見ごたえ』のあるものにするか、ということこそがどんな映画でも重要だ」と書いて本多猪四郎監督の手腕を讃えたのだけれども、まさにこの『ゴジラ対ヘドラ』はその正反対の映画という感じで、この監督は黒澤明成瀬巳喜男のところで助監督をやっていて、いったい何を学んだのだろうといぶかしく思ってしまうのだった。
 まずこの映画には「高低・強弱」のリズムがなく、編集のメリハリもなく、スピード感もない。映像の中で「何を見せたいのか」という意思がわからない。はっきり言って、これなら大学の映研の連中がつくった映画の方がマシではないかと思えるし、正直、これまでいろいろ観てきた映画の中でも「超・最低」クラスだと思った。
 例をあげればラストのゴジラヘドラの対決シーンで、その戦いの合間に何度もそれを見る人間たち(自衛隊員)の姿が映されるのだけれども、その何度も映される人間たちはいつもいつも「卒業記念写真」のように「直立不動」で、まったく動きもない。これならスチル写真をはさみ込めばそれでいいじゃないか、というところである。音楽がないこともそんな印象を倍加させてもいたと思うが、全体の照明も酷いものだった。
 もっともっと最初から「これは酷い」というのを書いて行ってもいいけれども、そういう非生産的なことはやりたくない。

 当時の(今もつづく)公害問題を俎上に上げ、問題提起したことは評価されるべきかもしれないけれども、それは映画監督としてではなく、映画プロデューサーとしての成果ではないのか。先に書いた「マルチスクリーン」や「アニメの導入」についても、それも「場面を構築する」という監督の役目からは離れ、プロデューサー的な手腕ではないかと思う。冒頭の女性歌手の歌うカラフルな映像も、当時の「007映画」の影響かと思うし、「今はこんな映像が流行しているのか」というのを目ざとく取り入れる才はあったのかもしれない。

 もう一回書いておけば、「わたしは今まで生きてきて、これだけ酷い映画というものを見たことはない」。日本映画界の斜陽化はとまるところがないのだ。
 この映画で気に入ったところも書いておきたいけれども、今回のゴジラの着ぐるみはこれまでの「お子さまのおもちゃ」路線から多少原点復帰したようなところもあり、特にその横からの姿は、今までトップクラスの「カッコよさ」だったと思う。