ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2024-05-14(Tue)

 この朝は、ニェネントくんがベッドに跳び乗ってきた気配で目が覚めたが、目を開けてみるとニェネントくんがわたしの顔のすぐそばで「どアップ」でわたしの顔を覗き込んでいたのだった。もうわたしの顔をペロッと舐めて来そうな感じだったが、わたしが目を開けて目覚めたのを確認したからか、ベッドから降りて行ってしまった。

     

 どうも、「朝ごはんをちょうだいよ」の催促でわたしを目覚めさせたのではないかと思う。外は明るくなっていたとはいえ時間はまだ5時ぐらいで、いつもわたしが起きて朝ごはんをあげる時間よりずいぶんと早い。「ニェネントくんの体内時計もちょっと狂ってるのかな?」と思ったりしたが、わたしはそのまま寝つづけて、いつものように6時になってから目覚めて起き出して、ニェネントくんに朝ごはんのカリカリを出してあげるのだった。

 わたしの朝食は、まずはニェネントくんに食事を出してあげたあとにバナナを1本食べて、落ち着いてからバターロールパンとインスタントコーヒー、というのがこの半年ほどの日課になっているが(その前は食パンをトーストしていた)、そうすると自分のカリカリを食べ終えたニェネントくんが机の上にあがって来て、わたしの食べているバターロールを食べたがるようになってしまった。
 さいしょのうちは「少しならいいか」とか思ってバターロールパンをかじらせていたのだけれども、やはり「ネコにパンはあげないほうがいい」というのを読んだりして、「もうあげるのはやめよう」とした。でもそれでもわたしがパンを食べ始めるとすぐにそばに寄って来るのは変わらない。それで先週から、さいしょにニェネントくんにあげるカリカリの量を減らし、わたしがパンを食べるときにニェネントくんにもカリカリの追加をあげるようにした。
 おかげでわたしが食べているときに寄って来なくなったし、前からニェネントくんは「朝食の一気食い」で食べてすぐに吐いてしまうことがしばしばあったのだけれども、今はそうやって「一気食い」の防止にもなっていて、今のところ吐くことにはなっていない(まだ始めて日が経たないので、効果があるのかはもう少ししないとわからないが)。

 そのあとわたしはテレビは見ないで、しばらくはradikoでラジオの生活情報番組を聞いている。テレビのニュースよりは一歩踏み込んだ解説もされるし、身近な生活関係のことも語られるので愛聴しているのだ(テレビだと画面見てないといけないし、そういうことからも解放されて「ながら」が出来るのだ)。それで8時になるとテレビをつけ、朝ドラの「虎に翼」を見るのが日課だ。

 その「虎に翼」について、ネット上の「夕刊フジ」の記事で、「これは『フェミニズムの重要性』を訴える作品なのだろうか。政治的な意図やメッセージを社会に訴え、ドラマで社会を操ろうとする姿勢は感じ悪い」などと書かれていた。
 まあ「フェミニズム」とかが大っ嫌いな「産経新聞」・「夕刊フジ」らしい論調だけれども、書いた人の中にこそ「政治的な意図」がありそう。
 「虎に翼」を見ていればわかるのだけれども、今の時代では「あたりまえ」になっている「男女同権」さえなかった時代、女性初の弁護士になった主人公の奮闘ぶりを周囲の人たちとの楽しい交流をまじえ、コミカルなタッチを加味して描いたドラマなわけだけれども、そ~んな政治的意図とかメッセージを読み取ろうとするのは「深読み」しすぎ。逆に「男女同権」を訴えるだけで「フェミニズムだ!」と反応するのはまさに「反動」というか、「産経新聞」や「夕刊フジ」は戦前の日本を復活させたいわけだろう。
 ネットで「虎に翼」の一般の人の感想を読んでも、そういう「政治的な意図、メッセージがある」とか「感じ悪い」などという感想を書いている人はいない。今日になってネットでは、その「夕刊フジ」の記事を批判するものが出てもいた。「夕刊フジ」の「反フェミニズム」という「政治的意図」は、今のところ受け入れられていないようだ。

 さて午後からは「ゴジラ映画シリーズ」の第11作、『ゴジラ対ヘドラ』を観た。この作品を評価する声も多いのでちょっと楽しみにしていたが、これは「最悪」だった。ストーリーがどうこうと言う前に、これは「映画」になっていない。これだけ映画センスの欠如した映画は、生まれて初めて観た思いだ。

 映画のあとは大相撲。この日からは高安までも休場してしまった。今は宇良が好調で、彼の相撲を見るのは楽しいが。

 夕食は前に買ってあった「一ランク上のインスタントラーメン」(ちょっと高かった)とかいうのをつくってみたが、ぜ~んぜん美味しくなかった。またガッカリではあった。