ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『北北西に進路を取れ』(1958) アルフレッド・ヒッチコック:監督

 ヒッチコックの作品では唯一、「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」の製作になった作品。
 脚本はアーネスト・レーマンという人物によるが、この作品でアカデミー賞脚本賞の候補にノミネートされている。ヒッチコック作品で「脚本賞」にノミネートされるのは珍しいことに思えるが、じっさい、いつものヒッチコックのようにつじつまの合わないところを無視して突っ走る作品でもない、見事な脚本に思えた。アーネスト・レーマンは『麗しのサブリナ』の脚本で売り出した人物で、この他に『王様と私』や『ウエスト・サイド物語』、『サウンド・オブ・ミュージック』といったミュージカル映画の脚本も手掛けた。

 主演はケーリー・グラントだが、実は『めまい』で主演したジェームズ・ステュアートもこの役をやりたいと思ったらしい。しかしヒッチコックはどうも、ジェームズ・ステュアートでは老けて見えすぎると考えたらしく、やんわりと断ったという(現実にはケーリー・グラントの方がずっと年上なのだけれどもね)。ジェームズ・ステュアートだって、あんな『めまい』の変態男のあとは、こういうカッコいい男を演じたかったことだろうに。かわいそうに。
 ヒッチコックは相手の女優に、1954年の『波止場』でデビューして、いきなりアカデミー助演女優賞を獲ったエヴァ・マリー・セイントを選んだが、エヴァ・マリー・セイントは誰かに「ヒッチコックはこういう服装の女性が好きだから、会うときにはそういう格好で行くといいよ」と言われ、その通りにしたおかげで選ばれたと思っているらしい。
 この映画にはその他に、ジェームズ・メイソンやマーティン・ランドー、そしてレオ・G・キャロルなどという役者が出演している。

 ヒッチコックはこの作品に自分のイギリス時代の『三十九夜』(1935)のアメリカ版を、という構想があったらしいけれども、同じような構想でつくられた『知りすぎていた男』と、オリジナルの『暗殺者の家』のプロットがほぼ同じだったことに比較すると、「まったく別モノ」といっていいだろう展開の作品になっている。

 物語は、敵のスパイに「スパイのカプランだ」と誤認されたロジャー・ソーンヒルケーリー・グラント)がスパイ一味に拉致され、郊外の「タウンゼント邸」というところに連れ込まれ、そのタウンゼントを名乗る人物に情報をしゃべるよう脅迫されるが、もちろん知らないので殺されそうになるが、そこを何とか抜け出して警察に行く。警察と共に「タウンゼント邸」を訪れるが、そこにいた家政婦は「ソーンヒルは昨夜確かに来たが、泥酔して帰った」と言い、ソーンヒルの話を否定する。
 タウンゼントという人物は国連本部ビルに行っているとの情報を得て、ソーンヒルも国連ビルへ行ってタウンゼントに面会を請うが、ソーンヒルの前に昨夜彼が会った男とは違うタウンゼントがあらわれるが、彼の目の前で後ろから刺されて倒れる。ソーンヒルはとっさにタウンゼントを刺したナイフを抜き取って自分の手に取ったため、彼が刺殺犯人にされてしまう。

 その場を逃げたソーンヒルは、自分が間違えられたカプランという男はシカゴに行ったとの情報を得て、カプランに会うためにシカゴ行きの寝台特急列車に飛び乗る。そのときすでに、ソーンヒルの写真は「殺人犯」として新聞に大きく掲載されていた。
 列車内でソーンヒルはイヴ・ケンドールという女性(エヴァ・マリー・セイント)と出会う。彼女はソーンヒルを手配されている男と知りながら、かくまってくれる。
 実はケンドールは敵方スパイ側の人間で、彼女は同じ列車に乗っていた「タウンゼント」を名乗っていたヴァンダム(ジェームズ・メイソン)と部下のレナード(マーティン・ランドー)と連絡を取っているのだった。
 また、実は「カプラン」という人物は、諜報機関が敵スパイの目くらましのために設定した「架空の人物」で、諜報機関もソーンヒルが敵スパイに誤認されていることは承知しているのだが、ここで下手にソーンヒルの手助けをすると、敵スパイ内に入りこんでいる「情報提供者」の正体がバレるおそれがあるため、ソーンヒルのことは放置することに決めたのだった。

 シカゴに着いたソーンヒルに代わってケンドールがカプランに連絡を取ったことにし、「カプランが会うと言っている」と、ソーンヒルをバスで郊外の広大な畑のど真ん中に行かせる。そこでソーンヒルは農薬散布機の攻撃を受けるが、危機一髪生き延びて、シカゴへ戻る。
 シカゴでカプランが宿泊していたはずのホテルへ行くと、そこにケンドールも宿泊していた。すでにケンドールを疑っていたソーンヒルが彼女を尾行すると、あるオークション会場でケンドールがヴァンダムとレナードと共にいるのを認め、ケンドールの正体を知る。
 ヴァンダムらに発見されて危険になったソーンヒルは会場で騒ぎ、呼ばれた警察の世話になって逃れることが出来た。

 ここでついに、諜報機関側の「教授」(レオ・G・キャロル)が姿をあらわしてソーンヒルに事情を説明し、明日ヴァンダムらが情報を持ち出すのを阻止するため、その架空の「カプラン」として行動してほしいと持ちかける。
 いちどは申し出を断るソーンヒルだが、教授から実は敵に潜入している「情報提供者」とはケンドールであり、今ヴァンダムはケンドールを疑い始めていると聞き、けっきょくケンドールを助けるために行動するのであった。

 たしかに今までにヒッチコック作品には似たような「巻き込まれ型」の作品はいろいろあったが、グイグイと真相を追って展開して行くストーリーに説得力があり、「カプラン」というのが「架空の存在」だったというあとも、「どういうこと?」と興味がつなげられる。
 ソーンヒルが「殺人犯」として追われるようになったあとの「寝台急行」と、見ていても「怪しい」と思うケンドールの登場、その次のなにもない畑の中での「農薬散布機」による攻撃、そしてラストのラシュモア山のモニュメントでの逃走劇と、見せ場が連続して飽きさせない。
 おそらくこういう作劇は、このあとのジェームズ・ボンド映画などのスパイ映画、そして近年~現代のサスペンス映画に影響を与えており、その影響は相当に大きなものがあると思うし、それでもたいていの作品はなお、この『北北西に進路を取れ』の後塵を拝しているのだ。一種、映画の「モダニズム」はここに始まっていると言ってもいいと思う。

 また、これは個人的な感想だろうが、登場するエヴァ・マリー・セイントの身振りや目線、その気だるいしゃべり方からかもし出される「クール・ビューティ」ぶりは、これまでのヒッチコック映画には見られなかったものだろうと思うし、それは前作『めまい』で、ああいうキム・ノヴァクを演出したことでヒッチコックが得たものなのかもしれない。
 それから、特に列車の中でのケーリー・グラントエヴァ・マリー・セイントとの会話が実に洗練されていたというか、わたしのつたない英語力でも、この日本語字幕はじっさいに語られる言葉の「意訳」に過ぎないな、と思ったところがいくつかあった。日本語にしにくい、こじゃれた会話ではあったのだが、そういうセリフが、エヴァ・マリー・セイントには実によく似合っていた。
 『めまい』に引き続いて、バーナード・ハーマンの音楽も、ロバート・バークスの撮影も、もはやヒッチコックの分身的な「名人芸」の域であろうか。