ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『水族館の歴史 海が室内にやってきた』ベアント・ブルンナー:著 山川純子:訳

 著者のベアント・ブルンナーはドイツ人で、原著ももちろんドイツ語なのだけれども、この日本語訳の本は英語翻訳本からの重訳。でも翻訳者は著者と仲がいいらしく、その英語翻訳も著者自らによるものかもしれない。
 ドイツでのこの本のタイトルは「Wie das Meer nach Hause kam」で、「海はどのように家にやってきたか」という意味らしいが、英語翻訳本のタイトルは「The Ocean at Home」である。つまり、この本はわたしなどが考えるところの「水族館」というものの歴史だけを書いたものではない(もちろん、この本の終盤にはそういう「水族館」のことが集中して書かれてはいるが)。

 これは、英語などでいう「アクアリウム(Aquarium)」というものの考え方が、この日本と海外とでは差異があるためで、日本では「アクアリウム」といえばだいたい、個人で自宅に設置する、水槽を使った「水生生物の飼育装置」をいうわけで、「水族館」というのはそれとは別の、「動物園」の水生動物版、というところだけれども、海外ではこの「アクアリウム」という言葉で、大規模な水族館から個人宅の水槽まで、すべて言い表してしまう。そういうわけでこの『水族館の歴史』という本、「人が水生動物を飼育する」ということの通史的な本になっている。ある意味日本タイトルはまちがっているというか、ずれているとはいえると思う。

 しかしだからこそ、今ではひとつの産業にすらなっている「水生生物の飼育」ということの歴史、発展が読み取れて、この本の魅力になっている。そういう大きな魅力の一つに、カラー図版を含む豊富な図版の掲載ということがある。基本「水生生物の飼育」は19世紀中ごろから始まったわけで、図版も19世紀以降のものが中心になるのだが、中でも最初に「アクアリウム」という言葉を使い、淡水生物だけでなく海生生物の研究をしたイギリスの博物学者フィリップ・ヘンリー・ゴスの著作からの、ゴスの描いた美しい海生生物(無脊髄生物)の挿画が複数掲載されているのはうれしい。これはオーデュポンの「アメリカの鳥類」をも思わせる美しい博物画である。フィリップ・ヘンリー・ゴスは独学の博物学者ではあったし、敬虔なクリスチャンとしての「創造論者」でもあり、奇怪な生物誕生論を語った人でもあったけれども、それでも彼の描いた絵は美しい。

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 しかしこの本、全体でも200ページに満たない本でもある上に、そうした挿画が通常の書物よりたくさん掲載されてもいて、「水生生物の飼育」の通史を論じた本としてはいささか短かすぎると思う。
 まずは淡水の藻類や無脊髄動物の水槽内での飼育から始まり、水槽の水を循環させることを開発し、徐々に海生生物をも飼育するようになった過程はよくわかるのだが、おそらくは「これはうまく行かないな」という失敗、試行錯誤ということの歴史は山ほどあったことだろう。きっと最初のうちは「魚」だっていっしょに飼育したことだろうし、それはたいていはすぐに死んでしまうわけだ(その頃日本では金魚の養殖に成功していて、コレが西欧に輸出されたりもするわけだ)。そういう「失敗」の歴史も、ちょっとばかり読んでみたい気がする(だから当初のアクアリウムとは、藻類とかばかりだったらしいし、海水でのアクアリウムがある程度成功しても、飼育するのはやはり藻類、イソギンチャクやヒトデ、サンゴ、貝類、そしてエビぐらいのものだったらしい)。
 大規模な、それこそ「水族館」的な飼育装置が誕生して、ある程度海の魚も飼育できるようになってからも、サバやイワシとか回遊魚は飼育できなかったわけだろうし、タコは飼育できてもイカは飼育できないとか、いろんな問題が噴出したのではないかな(海の塩水を水槽の中で長期使用する苦労話は楽しく読んだ)。

 いわゆる「水族館」といえる大規模水生生物飼育施設は、世界に1000ヶ所ぐらいあるらしいが、なんとそのうちの200は日本に集中しているという。日本はそういう意味で「水族館天国」なのかもしれないが(ただし、世界最大規模の水族館は今はシンガポールにあり、その規模は日本の水族館とは比べ物にならない)、実は海外では今でも家庭での「アクアリウム」というのが普及していて、実はアメリカで家庭で飼育されている「動物(ペット)」は、1位はネコなのだけれども、2位はそういうアクアリウム(水槽)で飼われている魚なのだという(3位がイヌである)。日本で「水族館」の数が多いというのは、けっこう「家庭」で「アクアリウム」を持つことが困難だという家庭事情もあるのだろうか?(いや、でもウチなんかだって水槽を買って熱帯魚とか飼育しようと思えば出来ないこともないのだが)

 先に書いたように、現在ではそういった「家庭でのアクアリウム」のために東南アジアなどでまずは「サンゴ」が乱獲され、多くの無脊髄動物も乱獲されているという。この本の結びは、もはや今では環境に与える損害が大きすぎ、「家庭のレベル」では「海水アクアリウム」は個人が所有すべきでなく、「海水水族館」にまかせるべきではないか、としている。むむ、それはすでに日本がやっていることなのかな。

 たしかに短かい書物で、「通りいっぺん」という印象も持たないでもないけれども、この書物をきっかけに、いろいろなことを調べていく手がかりとして有効な本ではないかと思った(例えば、まずはwikipediaで「水族館」の項を読んでみるだけでも面白い)。とにかくまずはいちばんに、(ちょっと小さいとはいえ)掲載された挿画を眺めるだけでも楽しめる本だった(表紙の、狭い水槽に入れられたクジラのイラストが、皮肉が効いていていい)。