写真術は、その誕生のときに(シャッタースピードの問題ゆえ)「静止するもの」をこそ捉えることに本領があり、風景を撮ることからこそ、その歴史が始まっただろう。そこに自然風景を撮ることと同時に、建築物を撮るということがさかんに行われ、それはひとつの「時代の記録」にもなったわけだろう。そういう意味で、この展覧会でもその冒頭に、ダゲレオタイプによる寺院の写真などが展示されていた。この展覧会の第1章では、この写真美術館のコレクションから、1842年からの建築を撮った写真が展示されている。江戸時代から明治への変わり目の江戸のパノラマ写真とか、ウジェーヌ・アジェ、そしてウォーカー・エヴァンスがアメリカ南部を撮った作品など。
第2章が「建築写真の多様性」として、日本の11人の写真家による作品の展示。それぞれの写真家の、建築へ向ける視点はまさに「多様」で、すでに存在しない建築をそこにすむ人たちと共に捉えた作品、その建築のフォルムにこそ注目した写真などが並ぶ。
わたしは先日松濤美術館で観た「廃墟の美術史」との関連で観てしまったところもあり、朽ちかけた建築を捉えた作品にどうしても目が行ってしまい、奈良原一高の撮った「緑なき島ー軍艦島」の連作、そして宮本隆司の「九龍城砦」の連作を熱中して観ていた。写真作品としてのインパクトも強く感じ、「こういうインパクトというのは、どこから来るのだろう?」と考えたりするのだった。あとは、原直久の「イタリア山岳丘上都市」(この写真シリーズは、むかし美術雑誌「みずゑ」で観ていたと思う)、二川幸夫の日本の古い民家を記録した写真などが記憶に残った。