ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『マタンゴ』(1963) 円谷英二:特技監督 本多猪四郎:監督

 東宝ゴジラなどの登場する「怪獣映画シリーズ」と並行して、「変身人間シリーズ」という特撮モノを3本ほど撮っていたけれども、この『マタンゴ』はその番外編的作品。東宝の特撮映画には、この他に「SF宇宙シリーズ」もあった。
 原作(原案)はウィリアム・ホープ・ホジスンの『夜の声』という短編で、これを主に福島正実が翻案したのだった。

 この作品、アメリカではテレビで何回も放映されてけっこうカルトなファンがいて、そのあたりのことでWikipediaに面白い話がいろいろ書いてある。
 スティーヴン・ソダーバーグは幼い頃にこの映画をテレビで見て、その後キノコが食べられなくなったという(こういう人は多いみたいだ)。彼はこの作品を自分でリメイクする企画も立てていたのだ。
 出演者の水野久美は、自分の出演作でこの作品がいちばん好きだと語っているが、映画から数十年経っても海外からファンレターをもらうらしい。
 また、土屋嘉男はのちに海外へ行ったとき、乗ったタクシーの運転手に「あなたの出演した映画を見たことがある」と言われ、黒澤明監督の映画だろうと思ったら、この『マタンゴ』なのだったという。
 久保明もまた同じように、アメリカの進駐軍の兵士から「あんたの出てた『マタンゴ』を見たよ」と言われたそうだし、「こんな国から?」というような、東欧の国からのファンレターも複数受け取ったことがあるらしい。
 わたしも小学生のときこの映画を映画館で観たけれど、もともとキノコは食べなかったからそういう影響はないけれども、この映画のラストはまさに「戦慄」で、忘れられないものになっていた。のちに中学・高校とかでこの映画を見たというクラスメートと、映画のラストのことで盛り上がった記憶もある。

 この映画、富豪の男とその取りまきら7人が富豪の持つ豪華なヨットで沖に出るが、そこで嵐に遭遇したヨットがマストも折れて難破、漂流することから始まる。
 乗船メンバーは皆個性的で、ヨットのオーナーの笠井(土屋嘉男)、笠井の会社の社員で、ヨットの船長格の作田(小泉博)、推理小説作家の吉田(太刀川寛)、その恋人でクラブの歌手関口(水野久美)、心理学の助教授の村井(久保明)、その村井の教え子でフィアンセの相馬(八代美紀)、そして臨時雇いの男(漁師らしい)の小山(佐原健二)の7人である。この彼ら、彼女らが、極限状況でだんだんにエゴむき出しになって行く。

 漂流したヨットはやがて名もわからぬ無人島にたどり着く。島に動物もいず、鳥さえもその島を避けて飛んでいるようだ。7人はやがて、岸にうちあげられるように停泊している大きな難破船を見つける。そこには人の姿も死体もなく、見つけた日誌には「船員が次々に消えて行く」と書かれていて、なぜか船内の鏡はすべて外され捨てられていた(ただ使えるライフル銃が一丁あったが)。
 その難破船の中には各種動物標本などが保存されていて、どうやら核実験の影響を調べる調査船のようだった。そしてその標本の中に「マタンゴ」と書かれた巨大なキノコがあり、「決して食べてはいけない」とも書かれているのだった。
 難破船内に残されていた缶詰で皆ひといきつくのだが、すでに小山などはその缶詰を自分用に隠し持ったりもするのだった(彼はのちに海岸でウミガメの卵を多数見つけて独り占めし、笠井に1個1万円とかで売りつけるのだった。島では役に立たない大金を貯め込んだ小山は、「オレはこの金を<生き金>にしてみせる」と言う)。
 そして吉田と関口もまた、自分勝手な行動をはじめるし、まだリーダー風を吹かせる笠井に作田は猛烈に反発、以後いちばん理性的で皆をまとめられる作田が、全体のリーダー的存在になり、笠井は船の個室に引きこもってしまう。
 島の森の中にはたくさんのキノコが生えてはいたが、皆はそれは食べないようにしていた。

 そんなある夜、宿舎にしている難破船の中をさまよう人影があったが、それはとても人の顔ではないようだった。
 そしてその後、「全体のまとめ役」だった作田が、修理の終わったヨットでひとり、残っていた缶詰などの食糧を持ち出して海に逃げてしまう。
 これで残った6人はもはやバラバラになってしまい、諍いから吉田が小山をライフルで撃ち殺してしまう。笠井と村井は、吉田と関口を難破船から追放するのだった。島は雨期に入り、森ではキノコがニョキニョキと大きくなっていた。
 しばらくして、なんとか草の根などで食いつないできた残る3人の前に、まるで以前よりも妖艶に、そして美しくなったかのような関口が姿をあらわす。そして残った3人に、「キノコのおいしさ」を語るのであった‥‥。

 これはまさに、精神も腐敗した若者たちの「堕ちて行くさま」をとらえたドラマのようでもあり、それこそ「キノコ」はドラッグの象徴と考えられるだろう。そういう意味では、60年代、70年代のアメリカの一部でカルト的人気を得たということもうなづけるだろう。じっさい、ある登場人物がついにキノコを食べて「幻覚」(夜の東京の街と、女性ダンサーたち)を見るシーンもあるのだが、これはまさに「ドラッグ」という感じだろう。

 脚本もしっかり練られていて無駄もないし、肝心の「キノコ人間」の特撮造形もみごとなものだったと思う。その「キノコ」が原爆の「キノコ雲」を思わせること、難破船が「核実験の影響を調査する船」だったことから、「キノコ人間」は放射能を被ばくした人間を思わせられもする(じっさい、「キノコ人間」の初期段階の人間の容姿は、「ケロイド」を思わせられるものでもあった)、そういう意味で『ゴジラ』の延長線上にある「反核映画」というとらえ方も出来るのではないだろうか。
 わたしにとっても、この作品は「ホラー映画」のナンバー・ワンではないか、という感想ではある。DVDを買ってよかった!