ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ゴジラ対メガロ』(1973) 中野昭慶:特技監督 福田純:監督

 「独立採算制」か何かわからないけれども、1970年に東宝撮影所美術部が「東宝美術」として独立、翌1971年には映像事業部が「東宝映像」として独立し、前作『ゴジラガイガン』は製作協力として「東宝映像」が名を連ねていたが、この『ゴジラ対メガロ』では「製作:東宝映像」となった(後年、この二つは「東宝映像美術」として統合されるが)。

 この作品は今までになく切迫した製作で、公開間近になって製作が決まり、製作期間は一ヶ月ほどしかなかったという。実はこの前にいくつか「新作ゴジラ映画」の企画があったらしいけれども、み~んなポシャッてしまったあげくのことだったらしい。脚本執筆も間に合わず、脚本の関沢新一は「海底人が核実験に怒り怪獣を派遣する」というアイディアだけを提供、監督の福田純が脚本を書いたらしい。
 「低予算化」、「短納期」という制約のもと、出演者も新人を中心に少人数になり、女性出演者は一人もいない。ただ「一点豪華主義」というか、メガロがダムを破壊するシーンはオープンセットででっかいミニチュアをつくり、この作品でも迫力ある場面である。そして今回の新作ゴジラスーツ、口の中にはっきりと大きな赤い舌があるのが見えた。ゴジラに舌が見られたというのは初めてのことであろう。
 ただ、この時期の通例で「過去作品映像の使いまわし」も顕著になってしまい、これまた観客に見放される原因にはなっただろう。
 困った製作者も「困ったときは宇宙人」というのも前回やったばかりだし、「それなら今回は地底人にしよう!」となったのだろう。怪獣も「困ったときはキングギドラ」もさすがにやめて、前作で評判が良かったらしいガイガンがまた呼び出されるのだった。
 今回登場する新怪獣は「メガロ」。まるでセミの幼虫みたいではあるが(あまり役立たない)羽根は持っていて、頭にはカブトムシのような角(つの)が生えている。「昆虫怪獣」というところである(「仮面ライダー」が想起されるか)。

 内容も、まるでテレビの「ウルトラマン」とか「ウルトラセブン」みたいな「ジェットジャガー」こそが主役で、ゴジラは終盤までなかなか登場しない(冒頭にちょこっと顔見せするが)。「わたしは何を見ているのだろうか」ってな感じにとらわれてしまう。これは登場人物の一人の科学者が開発した「人型(人間サイズ)ロボット」。こいつはなぜか危機的状況では人のコントロールから独立し、自分の意志で動くようになり、勝手に「怪獣サイズ」に巨大化し、メガロと戦うのだ。

 怪獣らにあまり頼れないだけ、「人間ドラマ」に力を入れようという考えもあったみたいだが、そこまでのものではなく、「カーチェイス」とかでお茶を濁すのだ。

 ゴジラは着ぐるみの中で操演する人が変わったようで、やたらフットワークが軽い。ジェットジャガーが人の姿と変わらないわけだし、そのメガロとガイガンとの対決シーンはもうすっかり「格闘技」なのであった。

 この作品はアメリカに渡り、ゴジラ映画では初めてゴールデンタイムに放映され、その後も何度も再放送されたらしい。そのことを日本のWikipediaは「アメリカでは繰り返しテレビ放映されていたため、本作品の熱狂的なファンが日本よりも多いとされる」などと書いているが、英語版wikipediaには「この映画は、ゴジラ映画が真剣に受け止めるべきではない安っぽい子供向け娯楽であるという、アメリカでの評価に貢献した」と書かれている。
 ただ、地底人が人類の「核実験」で被害を受け、その報復を行ったという設定には、久々に「反核」のメッセージを読み取れるだろうか。ラストに登場人物らも「平和な世界を望む」と語るけれども、ただ「人類の核実験の被害者である」地底人を悪として、メッセージはうやむやになってしまった感はある。