ひとことで言えば「荒唐無稽」、それだけで終わってしまう映画。
いちおう型通りに「観た感想」を書けば、まず「あれ?地球のエネルギー危機の問題はどこへ行っちゃったんだろう?」などと思ってしまう。そういう感想は『パシフィック・リム』みたいな映画を観ても思うことだけれども、『パシフィック・リム』なんかは「コミックとしての映画」ということがはっきりしてるから、そんなに気になるわけではない。でもそこにゴジラとかキングコングが出てくると、映画の性格は変わってしまうというか、「コミックだね」と突き放せないところが出てくる。それは今までの「ゴジラ映画」なり「コング映画」なりというものが「この現実世界に大怪獣が現れたら?」というところから映画がつくられていたからで、そういう意味で「リアルさ」が求められてきたのではないかと思う。
もちろんこの『ゴジラvsコング』はそういう映画じゃないんだよ、ということだけれども、そう考えるとこれは日本のゴジラ映画でいうと、「ゴジラ第6作」の『怪獣大戦争』以降の「お子さまメニュー」路線にそったものではないかと思う(だからこそ「メカゴジラ」も登場してくるのだろう)。
日本のそういった「ゴジラ映画」は、「お子さまメニュー」的になると同時に荒唐無稽さを増し、そして特殊撮影はどんどんチープになって行くのだったが、しかしこの『ゴジラvsコング』、基本設定は「お子さまメニュー」だが特殊撮影は最新のVFXでつくられ、その点では非常に「リアル」なのである。
そりゃあ『パシフィック・リム』でも「荒唐無稽なクセにVFX画像はリアルで、おんなじじゃないか」ということになるけれども、「ゴジラ」や「キングコング」のように過去の映画から引きずるものもなかったし、つまり見ながらそういう過去作品に引きずられることもなかった。
こういうことは見る側の問題ともいえるから、「そんなこと気にしないで観ればいいじゃん!」という観方こそ「正しい観方」なのだろう。
しかしながらこの映画、1本の映画としてあまりにつまらない。はっきり言ってわたしには登場人物らが何をやろうとしているのか、どうもよくわからなかったし、ドラマとして人間の登場する部分はちっとも面白くない。
だいたい香港の秘密基地に侵入する3人組は何をやろうとしていたのか。秘密基地のセキュリティはおそろしいほどに緩くって3人はどこもフリーパス状態だし、基地のコンピュータに酒をこぼしてコンピュータを止めるなんて、苦笑。
『メイスン&ディクスン』みたいに「地球空洞説」が出てきたのには驚いたが、「なぜ地球空洞がある程度明るいのか?」とかいろいろ説明不足。つじつまの合わないことはいっぱいある。
だいたいさいしょの方でタンカーみたいな巨大船で運ばれていたときのコングはせいぜい2~30メートルぐらいの身体に見えたが、これが香港で暴れるときには100メートルぐらいはあった(これはゴジラも同じだが)。
あまり出演していた俳優のこと、しかも子役の俳優のことは悪く言いたくないのだが、あのコングと手話で意思疎通ができるという少女、ただ棒立ちの演技ばかりだし、表情もいつもこわばっていた。なんだかこの子自身聴覚障害だったというけれども、そういうことで話題をつくりたかったのかしらないけれども、正直言うと「ちゃんと演技のできる子役」を使うべきだと思った。
とにかく、こ~んな映画を観てしまったことは早く忘れてしまおう(忘却はわたしの得意技だ)。