ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『海外特派員』(1940) アルフレッド・ヒッチコック:監督

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  • ジョエル・マクリー
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 『レベッカ』の完成後、セルズニックはしばらくプロデューサーとしての活動を停止し、契約した俳優や監督を他社に貸し出すという方針をとったため、ヒッチコックも1944年まで他社に貸し出されて映画を撮ることになり、セルズニックの下にいる時よりも映画作りの自由度が高まった。
 その結果最初に撮られたのがこの『海外特派員』で、まずはその脚本に、イギリス時代に常にいっしょに仕事をし、そのときすでにアメリカで仕事をしていたチャールズ・ベネットとも組むのだった(この『海外特派員』には、10人以上の脚本家が参加したようだが)。

 ここでヒッチコックはイギリス時代の後期に取り組んだ「スパイものサスペンス」に回帰したのだけれども、彼としてはそれまでにない多額の製作費となった。
 実はこの作品、今回のプロデューサーのウォルター・ワンガーが過去のジャーナリストの回想録を1935年に購入していたものが元になっているのだけれども、「第二次世界大戦」の危機がリアルなものとなった映画製作時、「現実」に合わせてストーリーを練り直しているのだ。

 物語は第二次世界大戦勃発直前の1939年、ニューヨークの新聞記者のジョニー・ジョーンズ(ジョエル・マクリー)が、特派員としてロンドンに派遣されることから始まる(彼は「ハントリー・ハバーストック」とのペンネームを与えられるのだが、そのことは映画の中でそこまでに意味を持つものでもなかったと思う)。
 「アメリカ映画」とはいえ、アメリカが舞台となるのはジョニー出発前とラストに帰国しての短かい時間だけだから、実質これまでのイギリス時代のヒッチコックの作品と変わることはない(ただ、今までにない予算を映画に注ぎ込めるのだ)。

 ジョニーの任務は、ヨーロッパの平和の鍵を握るオランダの政治家ヴァン・メアから、先ごろオランダとベルギーで締結された条約の内容を聴き出すことにある。
 ジョニーは平和団体の主宰者ステファン・フィッシャーの開催する、ヴァン・メアを招いての昼食会にも参加することになり、その昼食会の席でステファンの娘のキャロル(ラレイン・デイ)に出会うが、昼食会にヴァン・メアは欠席ということで、ジョニーはアムステルダムに移動してヴァン・メアと会おうとする。
 それで雨のアムステルダムへ行ってヴァン・メアに会おうとすると、建物の外の階段のところで、ジョニーの目の前でヴァン・メアは撃ち殺されてしまうのだ(実はここで殺されたのはヴァン・メアのそっくりさんで、ヴァン・メアはすでに何者かに誘拐されているのだった)。
 この、雨で皆が傘をさしている中で殺人が行われ、犯人は傘をさした群衆のあいだに入り込んで逃亡を図り、ジョニーがそれを追うのだけれども、このシーンは真上からの撮影で、傘の重なるところを犯人が逃げ、ジョニーが追うというシーンは実にスリリングではあった。

 ここでジョニーはキャロルと彼女の友人のスコット・フォリオット(ジョージ・サンダース)の乗った車に出会い、やはり車で逃げた犯人を追跡するのだった。
 スコット・フォリオットを演じたジョージ・サンダースというと、昨日観た『レベッカ』ではちょっとした「悪役」で、ローレンス・オリヴィエを脅迫するようなヤツを演じていたものだから、「今回も悪いヤツか?」と思ってしまったのだが。
 ジョニーらの車が追った犯人の車は大きな風車(さすがにオランダ)のところで姿を消し、ジョニーは風車の中を探すことにし、スコットとキャロルは警察へ知らせに行く。
 またも、この風車の中というのがこの映画のちょっとした見せ場で、ヒッチコックお得意の「階段」が上へと伸び、風車のメカニズムの大きな木製の歯車がぐるぐる廻っているのだ。
 ジョニーは風車の中でヴァン・メアが囚われているのを見つけるが、犯人らに見つかりそうになって間一髪逃げ出す。

 その後、実は平和団体の主宰者のフィッシャーこそが「ヴァン・メア誘拐」の首謀者だということがわかる。フィッシャーはドイツの利益となるように、ヴァン・メアがベルギーと締結した条約の内容を知ろうとしていたのだ。ジョニーやスコット、そしてキャロルの尽力でヴァン・メアは救出される。
 まだまだいろんなことが起きるのだが、この映画にはそ~んなデティールがたっぷり含まれており、こうやってあらすじを書いて行くとそれだけで文庫本一冊分にもなってしまいそうだ。

 ラストにフィッシャーとキャロルの親子はアメリカへ向かう軍用機に乗っているのだが、ジョニーとスコットも、アメリカに到着したらフィッシャーを逮捕する目論見で同じ飛行機に乗っている。ところが飛行機はドイツ軍の駆逐艦に攻撃されて海に墜落、数人の生存者だけが浮かんでいる飛行機の上で助けを待つが、逮捕されることを知ったフィッシャーは海に身を投げるのだった。
 この飛行機墜落シーンも、さすが予算をつぎ込めた作品だけあって、かなり迫力のある映像なのだけれども、わたしが気に留めたのはその前、カメラが空飛ぶ軍用機にズンズンと寄って行き、ワンカットで大写しになった飛行機の窓から機内のフィッシャー親子を捉え、そのまま機内を移動してジョニーとスコットのところまで行くという、まことにギミックなショットではあったのだが。

 ヒッチコック映画の通例に従って、ジョニーはキャロルと恋に落ちるわけだが、その「恋愛事情」の発展の描写はけっこうおざなりというか、「ヒッチコックからしょうがないよ」というところ。
 ジョニーはこの事件のあともヨーロッパから「ハバーストック」として多くのスクープ記事を送る。ラストにはロンドンのラジオ局からアメリカ向けの生放送に出演し、「今ヨーロッパは銃火の下で暗黒の日々です。世界で明るく輝くのは今やアメリカだけです。どうかその光を鋼鉄と銃で覆い、軍艦と爆撃機で守って下さい」と演説をぶち、な~んだかアメリカの参戦を促す、大プロパガンダ演説で終わるのだった。
 この映画が公開されたのが1940年8月で、まさにリアルタイムに進行中の世界情勢に対して何かを言いたいという力がはたらいたのだろうけれども、ちょっと「あらあら」というエンディングではあった。

 しかし、ヒッチコック監督としては、ふんだんな製作費を使ってプロデューサーの邪魔もなく、思うように撮れた作品なのではなかっただろうか。