ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『下宿人』(1927) アルフレッド・ヒッチコック:監督

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  • アイヴァ・ノヴェロ
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 ヒッチコックはまず当時のサイレント映画の「字幕デザイン」という仕事から映画界に入り、しばらく後に映画の助監督を任されるようにもなった。彼は映画監督になろうという気もちはさほど持ち合わせなかったらしいけど、人員の少なくなったスタジオで映画監督を任せられることになった。その映画は未完成に終わったというが、その後別の映画プロダクションに雇われて助監督や脚本、セットデザインなどを任され、ドイツとの共同製作映画を手伝うためにドイツへ行き、そこで初監督作品『快楽の園』をクランクアップさせた。もう一本中途半端な作品を監督したあとにイギリスへ戻り、そこで最初に監督したのがこの『下宿人(The Lodger: A Story of the London Fog)』だった。
 のちのヒッチコック作品を予感させるこの作品は評判になり、「この映画はこれまで製作された英国作品の中で最高のものである可能性がある」との批評も登場した。

 物語は「切り裂きジャック事件」を描いた小説を原作にし、当時先に「歌手、作曲家」として著名で、その後俳優に転身した二枚目スターのアイヴァー・ノヴェロが出演した(わたしはこのアイヴァー・ノヴェロの名を、音楽家として知っていた)。

 映画は叫び声をあげる若い女性の顔のアップから始まるけれど、このシーンは彼女が金髪の巻き毛であることがわかるよう、ガラス板の上に寝た女優の下側からライトを当て、金髪だとわかるようにしたらしい。彼女は、このところ毎週火曜日に若いブロンドの女性ばかりを狙う、「アベンジャー」という連続殺人鬼の7番目の犠牲者であった。
 目撃者の証言から犯人が鼻から下を黒いスカーフで隠していたとわかり、新聞社へ連絡が行き記事が印刷されるさまが描かれる。この新聞社へのテレグラフ通信とかの描写で、サイレント映画お決まりの「字幕での説明」というのが省かれてすんでいる。

 一方、この映画のヒロインであるデイジー(ジューン・トリップ)は下宿屋を営む両親と恋人で警察官であるジョーと事件のことを話している。
 そんな両親の下宿屋にある男(アイヴァー・ノヴェロ)が訪れ、部屋を借りる契約をする。母親が彼を2階の部屋に案内すると、彼は部屋に飾られていた「金髪娘の肖像画」を外してほしいと伝える。絵を外しに部屋に行ったデイジーは、そんな彼に悪印象は持たないのだった。
 連続殺人の起きている時期ではあるし、両親は新しい下宿人を疑う。両親らの居間からは、2階で下宿人が歩き回る音が不気味に響くのだった(サイレント映画だから音は聞こえないわけだが、吊るされた電燈が揺れることであらわしているし、床が透けて見えて下宿人の歩き回る靴の裏が見えるのだった)。

 また火曜日になり、また新しい犠牲者が出るのだが、その事件の起きた時間、下宿人が外に出かけて30分ほどで戻って来たことを母親は知っていた。警官のジョーも、連続する殺人事件のちょうど中央にこの下宿があることからも、男をあやしく思う。
 しかしデイジーは下宿人と親しくなり、次の火曜日に二人は外で会うのだった。ジョーは二人を追跡していて、令状を持って、別れたあと部屋に戻った下宿人を取り調べに行く。
 彼が持っていたバッグの中には拳銃と「金髪女性の写真」、連続殺人の犯行場所にマークした地図、新聞報道の切り抜きが入っていた。ジョーは下宿人に手錠をかけて連行しようとするけれども、彼はデイジーに「ガスライトの下で!」と言い残し、手錠のまま逃亡する。

 ガスライトの下でデイジーに会った下宿人は、「バッグの中の金髪の女性の写真は、連続殺人の最初の犠牲になった自分の妹で、母のためにも自分は復讐を誓ったのです」と話す。
 すっかり体が冷え切っていた男を、デイジーは近くのショットバーへ連れて行き、ブランデーを飲ませるのだが、そこで隠していた手錠を客に見られ、「逃げた連続殺人犯だ」と、群衆に追われることになる。
 乗り越えた柵に手錠が引っかかって宙づりになった男に、群衆らはリンチするように襲いかかる。しかしそのとき号外を持った少年が、「連続殺人鬼が捕まった」との知らせをもたらすのだった。
 危うく救われた下宿人は、デイジーと抱き合うのだった。

 「身に憶えのない殺人の犯人とされて追われる」という展開は、のちのヒッチコックの多くの作品で見られるものではあるし、その追われていた人物がさいごに恋人を得るというのも、毎回のことである。「金髪の女性」というのもヒッチコックが偏愛して登場させるわけでもあるし、つまりこの作品の中にはのちのヒッチコック作品のエッセンスが、すでに詰め込まれている。
 映画の完成度も高く、サイレント映画といえども(サイレント映画特有の字幕を極力減らしてあることもあって)ストレスもなく観ることが出来た。
 下宿屋の2階への階段の撮り方や「影」の活かし方、夜の街灯の下での逢瀬などに、やはり直前まで行っていたドイツの表現主義映画の影響が垣間見えると思った。
 ヒッチコックは、下宿人が「犯人」かどうか、あいまいなまま映画を終わらせたかったらしいけれども、アイヴァー・ノヴェロというスターが出演したもので、はっきり彼は「無罪」というラストにしたらしい。