ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『引き裂かれたカーテン』(1966) アルフレッド・ヒッチコック:監督

 この『引き裂かれたカーテン』を構想したとき、ヒッチコックはハリウッドで最も有名な映画監督になっていた。ヒッチコックは観客の大きな期待に答えるためにも、当時「007映画」のように流行していたスパイ・サスペンス映画に興味を示し、現実の東西冷戦の状況を織り込んだ作品を目指した。

 面白いことにヒッチコックはここで、キューブリック監督の1962年の『ロリータ』の成功を目にし、何とウラジーミル・ナボコフに映画脚本を依頼したのだという。ナボコフは興味をそそられたものの、「政治サスペンス」についてはほとんど知識がないと感じ、この依頼を断ったらしい(Mc Gilligan著「Alfred Hitchcock」による言及)。
 しかしナボコフは「小説は視覚イメージを想像させるだけだ」という特性を逆手にとって、『絶望』や『目』などのミステリーも書いており、ヒッチコックほどの演出家であればそれらのナボコフ作品を上手に料理して映画化も出来たのではないかとも思う(『絶望』は、ドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが1978年に映画化している)。ちなみに、ヒッチコックナボコフとは、同じ1899年生まれであった。
 けっきょく、脚本の第一稿はブライアン・ムーアという作家が書いたが、ヒッチコックは満足せず、改善のためにキース・ウォーターハウスとウィリス・ホールが雇われた。

 キャスティングでヒッチコックエヴァ・マリー・セイントとケーリー・グラントという『北北西に進路を取れ』のコンビを望んでいたらしいが、製作映画会社のユニヴァーサルは「有名スターを主演に」と主張、ポール・ニューマンジュリー・アンドリュースが押し付けられたという。
 このときジュリー・アンドリュースは『サウンド・オブ・ミュージック』と『メリー・ポピンズ』の大ヒットでハリウッド最大のスターになっていて、過密スケジュールで短期間しか撮影期間が取れず、ヒッチコックは納得しない脚本のままクランク・インしたらしい。

 ヒッチコックは主演の2人より、前年『その男ゾルバ』でアカデミー助演賞を獲たリラ・ケドロヴァの方が「お気に入り」で、彼女を自宅に招待して妻と共に夕食をとったりもした。作品がポスト・プロダクションで大幅にカットされたときにも、ヒッチコックは彼女が「クチンスカ伯爵夫人」を演じたシーンはすべて残したのだった。

 この映画の撮影は、最初からいつものロバート・バークスではなくって、それがなぜなのかはわからない。
 音楽は最初はいつものバーナード・ハーマンだったのだが、彼は映画会社とヒッチコックの「ジャズっぽく、ポップスみたいに」という要求に反発して、途中で抜けてしまったのだった。

 さてストーリー。物理学者のマイケル・アームストロング(ポール・ニューマン)は婚約者で同僚のサラ・シャーマン(ジュリー・アンドリュース)と共にコペンハーゲンへ向かうのだが、彼はサラにも告げずに一人で東ベルリン行きの飛行機に乗る。不審に思ったサラは同じ飛行機に乗って東ベルリンへ行くのだが、その地でマイケルは「西からの亡命科学者」として歓迎を受ける。マイケルはサラに「帰国しろ」と告げるだけ。
 しかし翌日マイケルは単独行動でベルリン郊外の農家を訪れる。その農家は実は西側のスパイで、マイケルは亡命のふりをして東側のロケット打ち上げ技術を盗もうとするスパイなのであった。
 マイケルはその農家まで尾行して来た東側の監視人を農家の夫人と協力して殺し、ベルリンへと戻る。帰ろうとしないサラに、ついに自分の秘密、使命を打ち明けて共に行動することにする。
 ついにマイケルは東側の大学教授と会い、自分の技術を与えるふりをして教授の知識を盗むことに成功する。しかしその頃にはマイケルの監視人が行方不明になっていることから東側の彼への疑惑は大きくなり、すぐにも西側へと脱出せねばならない状況になってしまったのだった‥‥。

 観終わって正直言って、ジュリー・アンドリュースの「見せ場」が何もないというか、ただポール・ニューマンにくっついて動いているだけに見える。そもそもまるで「科学者」にも見えないし、ここでポール・ニューマンがやったみたいに人前で自分の科学知識をひけらかし、皆をけむに巻くような場面でもあればよかったろうに。
 この映画が従来のスパイ・アクション映画でないだろうから、『北北西に進路を取れ』のような「主人公危機一髪」アクション・シーンがないことはわかる。しかしこの映画でがんばっているのはスパイだった農家のおかみさんの、ポール・ニューマンといっしょになっての「殺人」の場面だったり、「乗り合いバス」のふりをして運転士・乗客は全員スパイだったという、2人の逃走を手助けする人々だったりするわけで、やはり主人公2人の存在は弱い。

 あと、この映画で変なのは、先に書いたヒッチコックのお気に入り、主人公2人が逃走するときに郵便局で出会うポーランド人のクチンスカ伯爵夫人(リラ・ケドロヴァ)の存在で、彼女はやはり亡命を希求していて西側での「身元保証人」に2人になってもらいたがり、それゆえに2人を助けるのだが、この映画の中でこの伯爵夫人との場面だけ、まるでテイストが違うというか、ここだけ「ヒューマン・コメディ」ってな感じなのである。

 まあこんなことを書いても、観ているときはけっこう面白く、ヒッチコック作品らしくハラハラドキドキしながら観たのだけれども。