原題は「Notorious」。しかしこの映画でどこが「Notorious」なのかということが、またよくわからない。ヒロインの父親がナチスのスパイだった、ということを指しているのだろうか。
前作『白い恐怖』ははっきりとプロデュースはデヴィッド・セルズニックで、この『汚名』もセルズニックのプロデュースとしてスタートしたらしいが、セルズニックは同じときに製作されていたキング・ヴィダー監督の『白昼の決闘』のことで頭を悩ませていたらしく、『汚名』に関しては途中で手を引いてしまったらしい(冒頭の字幕では「By arrangement with DAVID O. SELZNICK」とあらわされている)。実質、プロデュースはヒッチコック自身が行った。
ヒッチコックは新作をまたイングリッド・バーグマンでと考えていて、セルズニックは相手役にはジョセフ・コットンを推していたらしいが、ヒッチコックはケーリー・グラントで押し通した。ただ、敵役のスパイにはセルズニックの案のクロード・レインズで決定した。
ストーリーのもととなった短編小説はあったらしいけれども、映画のストーリーラインは基本ヒッチコックによるもので、脚本は前作に続いてベン・ヘクトが担当した。また、映画でのバーグマンの衣装はここで初めて、イーディス・ヘッドが担当することになった。
ストーリーはブラジルに潜伏するナチスの残党を捕えるため、父親がナチスのスパイだったという女性アリシア・ヒューバーマン(イングリッド・バーグマン)をアメリカ側のスパイとして、アメリカの諜報部員デブリン(ケーリー・グラント)が共にリオへと渡るのである。ヒッチコック映画であるから、この2人は早々に恋人関係にはなっている。
狙いはリオの富豪アレックス・セバスチャンで、実はアリシアは過去にアレックスと交際していたことがあったらしい(これが『汚名』ということなのか?)。アメリカの諜報部はアリシアとアレックスとの関係を利用して、アリシアにアレックスを誘惑させ、結婚もさせようとするわけだ。アリシアは「わたしはマタ・ハリになるのね」と言うが、これは冗談ではなくってリアルな話で、相手と性的な関係も持つことを前提としたスパイ活動で、相当にヤバい。
これはちょっとした「三角関係」ドラマでもあり、アリシアにせよデブリンにせよ、アメリカ諜報部の決定はショッキングなことで、それぞれに動揺する。デブリンは「上の決定だから」とあきらめて従い、そのことに多少憤慨したアリシアも「では」とばかりにアレックスにアタックして、すぐに婚約~結婚してしまう。
アレックスはアリシアがあらわれたときにデブリンといっしょだったことは承知しており、デブリンがアリシアを訪ねて訪問してくることは許しているが、それなりに嫉妬していることだろう。っていうか、デブリンの方の嫉妬もハンパなものではないだろう。けっこんしちゃったんだからね!
アリシアはアレックスが何かを隠していることは突き止めているのだが、それが何なのかはわからない。パーティに訪ねて来たデブリンの助けを借りてワインセラーへ入り込み、ワインの瓶の中に砂のようなものを隠しているのがわかるのだ。
これはデブリンが一部持ち帰り、なんと「ウラニウム鉱」だとわかる(これは広島・長崎に原子爆弾が使用されたことにインスパイアされたらしい)。
しかし、アレックスもアリシアがワインセラーに入り、ワインの瓶の中身を持ち出していたことに気づく。「自分の妻はスパイだったのか!」となるが、このままアリシアを片づけてしまうと、スパイ仲間に「自分がスパイと結婚していた」とバレてしまい、粛清されてしまう。アレックスは毎日徐々にアリシアに毒を飲ませ、「病死」に見せかけようとするのであった。
イングリッド・バーグマンは、前作『白い恐怖』では相手のグレゴリー・ペックが記憶喪失でもあたので、思いっきりのラブシーンも出来なかったわけだけれども、今回はもう思いっきりラブラブである。バーグマンとグラントは不倫こそしなかったようだけれども、グラントはしっかりバーグマンをサポートし、この2人の友情は長く続いたという。
アレックスを演じたクロード・レインズはしばらく前に『カサブランカ』にも出演していたし、ずっとあとには『アラビアのロレンス』とかにも出演していたそうだが、けっこういい味の俳優さんだ。「悪役」としてはソフトな紳士で、デブリンの恋のライヴァルとしてもお似合いであっただろう。
この映画では、そのアレックスのご母堂役でレオポルディーネ・コンスタンティンというオーストリアの女優が出演しているが、このご母堂の冷酷な感じが良く出ていておっかない。
前の『疑惑の影』ではテレサ・ライトがジョセフ・コットンから贈られた指輪がサスペンスを盛り上げたけれども、ここではアレックスが持っていた問題のワインセラーへの「鍵」をめぐってのサスペンスが、ひとつの見どころになっていた。