ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『パリが愛したキリン』マイケル・アリン:著 椋田直子:訳

 この、「19世紀にエジプトからパリへと行ったキリン」については、前に読んでいた『物語 世界動物史』に書かれた「ちょっとしたエピソード」で知ったのだが、「これは面白い」と思ってその史実関係を調べていたら、この本を見つけたのだった。

 実はこの本に書かれていた「そのキリンがパリへと行くことになったいきさつ」と、『物語 世界動物史』に書かれていたそのいきさつとはけっこう違っている。
 『物語 世界動物史』では、エジプトの外交官が、当時カイロに滞在していたヨーロッパ各国の大使館員を集めて2頭の「キリン」をお披露目したところ、非常に評判が良かったので、そんな大使館員に「くじ引き」してもらい、くじに当たったフランスとイギリスとにキリンを贈呈することになったということだったが、この本では当時オスマン帝国の属州であったエジプトの王、ムハンマド・アリーがヨーロッパ諸国、とりわけフランスの関心を買おうと、フランス通の部下の助言を得て、「まずはフランスへ」とスーダンで捕獲したまだ幼い雌キリン2頭を贈ることにしたということ。イギリスにももう1頭は贈っているのだが、途中で1頭が元気がなくなり、「では元気のある方をフランスへ贈ろう」となったという。イギリスに贈られた1頭は、その後1年ほどで死んだらしい(この『パリが愛したキリン』に書かれていることの方が、きっと「史実」に近いことだろう)。

 先に書いておくと、そのフランスへ贈られた雌キリンは「ザラファ」と名付けられたが、そのザラファが誕生したのは1824年で、生まれてまもなく捕獲され、1826年にはパリに到着するのだが、そのパリの「ジャルダン・デュ・ロワ(のちにジャルダン・デ・プラント)」(まあ植物園~動物園のような施設だったのだろう)でザラファは余生を送り、なんと1845年に「21歳で」死亡する。これはWikipediaでみてもキリンの寿命は25年と書かれているので、おそらくは飼育方法も確立しないとき、よく長生きしたものだと思う。それはエジプトからパリへのそのキリンの「輸送」にもあらわれているのだけれども、まわりの人たちがどれだけ「ザラファ」のことを大事に育てたか、ということでもあると思う。それはどんだけ「ザラファ」がかわいらしかったか、ということでもあり、このザラファ、ずいぶんと人によく懐いたらしい。

 さてこの本、そのザラファをパリへ搬送する人々の、アレキサンドリアからまずはフランスのマルセイユ(ここまでは海路)、そのあとザラファも一行と共に延々と歩き、リヨン経由でパリへ至るまでの「道中記」という色彩が強い。ほんとうはマルセイユ到着時にそのまま海路で西に向かい、ぐるっとスペインをまわって大西洋に出て、ル・アーヴルからパリへ向かおうかという計画もあったらしいけれども、「それはキリンに負担が大きすぎる」と却下。そのあとも陸路をどう進むか、出来るだけ川を船で行くべきではないかとか、どこまでもキリンのザラファのことを第一に考えての行動になる。まあけっきょく、全旅程をザラファにも歩かせることになるのだけれども、まだ成長期にあったザラファには、この「旅」も成長に有益だったのではないかとも思える。

 さあその旅程がまずは大変で、「キリンが来るそうだ」という評判が旅程地それぞれに行きわたり、その道筋、宿泊地は「キリン見たさ」に集まった「野次馬」で埋まったという。なんと、しばらく滞在するを得なかったリヨンでは、「3万人」の人が集まったというのだからおどろく。
 この「キリンブーム」はかつての日本の「パンダブーム」みたいな(いや、それ以上の)ものだったようで、パリのジャルダンに到着したあとは、子どもたちは売られている「キリン型」のクッキーを買ってかじり、女性たちは「キリン風髪型」に結い上げ(まあどんなものか想像はつく)、男性もまた「キリン風」帽子、ネクタイを購入するのだった。キリンが通過した道では記念に「キリン」という名が付けられ、関係のない居酒屋とかも「キリン」を名乗るのだったという。

 書くのを忘れていたが、エジプトからは2人の少年が道中を共にしてキリンの付き添いでザラファの面倒をみて(途中には4人になるのだが)、うち1人はパリのジャルダンのザラファの住まいのそばにいっしょに住み、その後ずっとザラファの面倒をみたのだという(けっこうフランスの女性にモテたらしい)。

 最初にキリンを目にしたフランスの人たちは、その形態を見て「この動物はどこか<出来損ない>ではないのか?」とも言ったらしいが、そのうちに皆がザラファの優雅な容姿、身のこなしを見て、これは「異国の美女」だと讃えたらしい。
 西欧人は多くの動物たちを無意味に虐殺し、絶滅へと追い込んだ歴史を持っているわけだけれども、こうやって1匹のキリンに皆が惚れ、大事に大事に育てたという話を読むのはうれしいことだった。