ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『山羊座のもとに』(1949) アルフレッド・ヒッチコック:監督

 この作品、Wikipediaをみると「イギリス映画」ということになっている。このとき、セルズニックとの契約を終えていたヒッチコックは、イギリスでの古い友人であったシドニーバーンスタインにイギリスに呼び戻され、2人で(短命に終わった)トランスアトランティック・ピクチャーズという映画製作会社を立ち上げる。この2人の最初の共同製作の作品は前作『ロープ』だけれども、ノンクレジットだった。正式に最初にトランスアトランティック・ピクチャーズで製作されたのが、この『山羊座のもとに』だった。
 主演はイングリッド・バーグマンとジョセフ・コットンで(この2人は『ガス燈』(1944)で共演していた)、当時イギリスで人気のあったマイケル・ワイルディングが共演している。『レベッカ』におけるダンヴァース夫人的な役どころで、マーガレット・レイトンという女優が出演しているが、彼女はあとになってマイケル・ワイルディングと結婚したという。
 また、この作品の撮影がジャック・カーディフだったことも、特筆モノだろうか。

 物語は1831年のオーストラリア、シドニーが舞台で、当時のオーストラリアというのはイギリスから犯罪者が送られる「流刑地」でもあったのだが、この地で囚人から富豪に成り上がったものも多かったという。そのシドニーへ新しい総督としてリチャード卿が到着、彼には甥の、野心たっぷりのチャールズ・アデア(マイケル・ワイルディング)が同行していた。
 チャールズは自身の金もうけのために、まず富豪の(元はイギリスから送られた犯罪人である)サム・フラスキー(ジョセフ・コットン)と知り合い、彼の邸宅に招かれるが、そこで出会ったサムの妻のヘンリエッタイングリッド・バーグマン)は、チャールズの幼なじみだった。
 イギリス時代、サムはヘンリエッタの邸宅の馬丁だったが、ヘンリエッタと愛し合うようになる。そのことに怒ったヘンリエッタの兄はサムに銃を向けるのだが、逆にサムに射殺されたということでサムは有罪になり、オーストラリアに流刑されていたのだった。ヘンリエッタはサムを追ってついて来て、サムと結婚したのだった。一念発起したサムはこの地で富豪となったのだった。

 チャールズが訪れたときヘンリエッタはかなりのアルコール依存症のようで、自室にこもりっきりでいることが多いようだった。
 サムはチャールズがいればヘンリエッタの精神状態も改善されるのではと、チャールズに屋敷にしばらく滞在するように勧める。しかしチャールズとヘンリエッタの仲は急速に進展するのだったが、ヘンリエッタは自分がいかにサムを愛しているかを語るのだった。チャールズはこの屋敷の侍女のミリー(マーガレット・レイトン)が密かにヘンリエッタに酒を提供していることを知る。
 ヘンリエッタの状態はみるみる回復して行き、チャールズはヘンリエッタに「サムと別れイギリスに戻るべきだ」と説くが、ヘンリエッタは「あなたは何も知らないのだ」と言い、長い長い独白でサムが兄を撃ったとされる事件の真相を語る。実は兄を撃ったのはヘンリエッタで、サムはヘンリエッタのために罪を被ったのだというのだった。

 ミリーはヘンリエッタとチャールズの仲をサムに注進し、そのことに怒ったサムはチャールズを屋敷から追い出そうとするが、そのときのいざこざからサムはチャールズの肩を銃で撃ってしまう。
 オーストラリアで罪を再び犯した罪人は、イギリスへ送り返されることになる。おそらくサムの場合は絞首刑になるだろう。
 その夜、寝ていたヘンリエッタが目を覚ますと、ミリーが睡眠薬を大量にワインに入れて、自分に飲ませようとしているのを目にする。ヘンリエッタは大声でサムを呼び、今まで自分に酒を飲ませていたのはミリーで、彼女は今、致死量の睡眠薬を自分に飲ませようとしていたことを訴える。
 真相を知ったサムはミリーを追い出すが、ミリーはヘンリエッタを亡きものにしてサムと暮らしたかったのだという。

 しかし総督の部下が屋敷にやって来て、サムを逮捕する。そこにチャールズがやって来て、「わたしはサムに撃たれたのではなく、もみ合って誤って自分で自分を撃ってしまったのだ」と言う。
 サムは釈放され、ヘンリエッタと2人で、イギリスへ帰るチャールズを見送るのだった。

 ほぼ「メロドラマ」というストーリーが続くのだけれども、あちこちに『レベッカ』(と『パラダイン夫人の恋』)からの反映が見られるようだ。もちろん誰がレベッカで誰がド・ウィンターというのではないが、豪華な屋敷を舞台に、過去のある事件(犯罪)が、サムとヘンリエッタにとって人に語れない「秘密」となっている。また、屋敷付きの使用人のミリーの「怪しさ」は、まさに『レベッカ』のダンヴァー夫人を思わせるものだ。また、ミステリーの謎が一気に解けるようなラストは、『レベッカ』、『パラダイン夫人の恋』に匹敵するだろう。

 演出面では、前の『ロープ』でのワンカット長回し撮影が継続し、例えば部屋がいくつもある建物を人物が通り抜けて行くとき、その人物の背後をカメラがついて行き、そのままドアを抜けて別の部屋へと入って行くシーンなど印象に残った。こういうのは今ならば「ステディカム」を使えば容易いことだろうか、そんなカメラなどなかった時代だ。ちなみに、この作品撮影中にヒッチコックは撮影カメラの車輪に足を踏まれ、つま先を骨折したとかいうが。
 そしてやはりこの映画いちばんの長回しは、イングリッド・バーグマンが過去の真実を告白する長い長いワンテイクのシーンなのだけれども、バーグマンはこのシーンの撮影にキレ、「11分間もカメラはわたしを追い回し、最初から最後まで喋りっぱなしだった。まるで悪夢だった」と、撮影中にヒッチコックに訴えたというが、そのときヒッチコックは「イングリッド、たかが映画じゃないか」と答えたという話は有名だ。

 ヒッチコックはこの映画の抒情性が気に入っていたらしいのだけれども、興行的には失敗だったし、批評家らの評判も良くなかった。
 ヒッチコックは当初イングリッド・バーグマンを迎えて撮れることを喜んでいたそうだが、のちには「ハリウッドナンバーワンの彼女を手に入れて、得意になって思い上がっていたことがまちがいだった。この映画は出発点から虚飾のカタマリだった」と語ったという(Wikipediaより)。
 また、当時イングリッド・バーグマンロベルト・ロッセリーニとの不倫問題で大バッシングを受けていたことも興行成績に響いたのでは、という見方もある。
 しかし今ではこの作品も「新しい眼」で再評価されるようになっているという。わたしも、この作品はけっこう好きである。