ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『月 人との豊かなかかわりの歴史』 べアント・ブルンナー:著 山川純子:訳

 人は空を見上げると昼間は太陽、夜にはいろいろな星の中でひときわ月こそが目につくだろう。太陽というのは人が直視することは出来ないのだけれども、月はしっかりと観察することが出来る。そういうところで、月は人類にもっとも身近な天体だと言えるだろう。
 古代・有史以前から人々は月を眺めていろいろなことを考え、想像して来た。そのことは人類の科学を発展させもしたし、神話・伝説を生みもしてさまざまな文学のイメージの源泉にもなった。

 例えばWikipediaで「月」を検索すると、科学的アプローチからの月の物理的特徴・視覚的特徴、そして月の起源、さらに人間との関係史などの項目が書かれている。この『月 人との豊かなかかわりの歴史』という本は、あまりに専門的に踏み込まない範囲での月へのアプローチ、月の起源なども書かれてはいるけれども、主に「人間との関係」について、いろいろな視点からアプローチをした書物で、「月に関する雑学集」とでもいうような側面を持っている。
 この「序」で著者は、「本書は、月が人間の想像力に与えてきた影響と、月が喚起した尽きない夢想についてのささやかな歴史である。月に関する私たちの認識を形づくったさまざまな文化、民族的伝統や科学的業績の貢献を讃えるものだ。私たちから発明の才能を引きだし、自己理解への欲求を育ててきた月のユニークな力をも讃えたい。」と書かれている。そのような書物である。
 ただ、あくまでも西欧中心での視点なので、月をめぐる民間伝承や神話などで、「もっと視野を広げてくれれば」とは思うことになるけれども、そうなるとこのページ数の書物では収まりきらなくなってしまうだろう。ただ、月を描いた美術作品として月岡芳年の浮世絵が掲載されて、日本人の月に抱く美意識が短かく書かれてはいた。「かぐや姫」などを期待してはいけないのだ。
 わたしは「科学的視点」からの記述にもいろいろ興味を持ってしまい、特に「月の誕生」についてのいくつかの仮説、そして現代において有力視されている説を知ることが出来たのは、うれしかった。

 通読して興味深いポイントがいくつもあるのだけれども、まずは「望遠鏡」の製造技術が発達して、月の表面をより精密に観察できるようになり、「月には人がいるのではないのか」と想像することになる(このことは望遠鏡の発達する前から裸眼視で想像されていたことだけれども)。「望遠鏡で月面を観察していると動くものが見えた」とかいう人もあらわれるし、月の人たちの文明についてあれこれと想像もされ、もうSFと現実との区別がつかないのだ。
 そのうちに「月面には空気はない」ということも明らかになるが、地球から決して見ることが出来ない「月の裏側」には空気があり、月人の都市があるのではないか、などということになる。このような空想がジュール・ヴェルヌなどの「空想科学小説」の源流ともなる。その流れは20世紀に入って「映画」という表現と結びつき、そんな映画作品の中ではやはり『2001年宇宙の旅』を頂点とするのだが、それ以降の映画作品では『月に囚われた男』を取り上げ、「不気味な外観はキューブリックの映像よりもさらに暗い裏面を示唆している」としている。

 月に人々が抱く「夢」は、アポロ計画でダメージを受けるわけでもあるけれども、そんな「アポロ計画陰謀論というのも、しっかりと紹介されているのが面白い。

 そのような感じで、さぁっと読み通しても「月にまつわるエトセトラ」として十分に楽しめる本ではあるし、この本をきっかけにして「もっと深く」へと沈潜する、その入り口にもなってくれる本だとは思う。この著者の前の本『水族館の歴史』のように、多くの古い図版、挿画が掲載されていることがうれしい本でもある。
 ただ、翻訳にはところどころ日本語としておかしいところがあったようだが、科学方面には疎い方が翻訳されたのではないかと思ってしまった。